上 下
91 / 103
第九章

アイディア

しおりを挟む
 釜飯屋は白い歯を見せた。びっしりと小さめの歯が並んだその口は、まるで鮫を思わせた。
「コミケでは無理でも、SF大会ならどうだ? 表看板に大会を利用して、オタクたちを集める。同時にその大会で自警団結成を呼び掛ける。一石二鳥だ!」
 牧野は顔をしかめた。
「会場はどうするの? SF大会、なんて看板を掲げたら、どこの会場だって貸してくれないに決まってるわ!」
「現実世界ではね」
 良太がぼそりと呟いた。
 牧野はギョッとした表情になって、中学生の少年を見詰めた。
「あんた、何言っているの?」
「仮想現実なら、どんな広い会場でも可能だって言ってるんだ!」
 良太は立ち上がり、興奮した様子で口早に説明を始めた。
「〝蒸汽帝国〟って仮想現実ゲームがある! あれには多くのオタクが接続して、プレイしているんだ。フィギアや同人誌も、電子データとなって取引されて、いわば毎日がコミケやワンフェスみたいなもんだ! あのゲームの中に会場を用意して、みんなを集めればいい。ゲームの中の出来事だから、突撃隊にも気づかれないし」
 中学生の熱弁に、一同は呆気に取られていた。いや、釜飯屋だけはニヤニヤ笑いを絶やさず悠然と構えていた。
「面白い……そのアイデアは、実に面白い……」
 萩野谷は釜飯屋に向き直った。
「実現できる、というのか?」
 釜飯屋はうなずいた。
「多分な」
 釜飯屋の答えに、桃華はハッとなった。
「でも釜飯屋さんは……」
 牧野がポカンと口を開き呟いた。
「そうよ。仮想現実に繋がるにはHMDヘッドマウントディスプレイがいるし……それに……」
 目が見えないし、という言葉を牧野は呑み込んだように慌てて俯いた。
 くっくっくっくっ……と釜飯屋は乾いた笑い声を上げた。
「それなら心配いらないよ。現に俺は、ずーっと前から〝蒸汽帝国〟ではプレイヤーの一人として参加しているからな」
「あんたが?」
 萩野谷が心底仰天した、といった口調で叫んだ。
 釜飯屋は良太に向かって話し掛けた。
「坊や、君のアイディアはいただきだ! それじゃ祝杯代わりに、一つサービスしてやろう!」
 釜飯屋は素早い動きでソファから立ち上がり、一方の端にあるデスクに歩み寄った。デスクの上のスイッチを操作すると、出し抜けに部屋の中に、大きな音で勇壮な音楽が鳴り響いた。
 桃華は知らなかったが、これはバリー・グレイ作曲によるサンダーバードのテーマだった。
 良太が窓を向いて叫んだ。
「プールが!」
 ディスプレイの映像に映し出されるプールが、静々と動き始めていた。プール全体が横に滑り、その後に空洞が現れた。
 どどどどど……と腹に響く重低音が部屋を満たし、プールの下から白い煙が立ちのぼり始めた。
 その煙の中から、銀色に輝く流線型の物体がゆっくりと持ち上がってきた。それはほっそりとしたロケットで、尾部からオレンジ色の炎を吐き出し、力強く上昇していった。上昇していくとき、桃華は横腹に「1」という番号をちらっと確認していた。
「サンダーバード1号の発射シーンだ……」
 良太は感動した様子で、茫然と呟いていた。
 なるほど……このために巨大なディスプレイを窓の代わりにしているのか、と桃華は納得していた。
 まったく金持ちのオタクのやることには、際限がない!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...