74 / 103
第八章
鍵
しおりを挟む
しかしエアコンは停止する様子を見せない。
相変わらず重々しいコンプレッサーの音を響かせ、送風口からは容赦ない冷風が室内を凍り付かせていた。
僕は朱美に顔を捻じ曲げ、叫んだ。
「朱美! エアコンが停まらない! このままじゃ、二人とも氷漬けだぞ!」
だが朱美は床にうずくまったまま、返答をしなかった。
僕は大急ぎで朱美の側に近づき、跪いて顔を覗きこんだ。
今まで見たことのないような青白い顔色だ。
朱美の目の前で手をひらひらさせたが、反応がない。
完全に意識を喪失している。
「朱美、しっかりしてくれ!」
僕は朱美の両肩を掴み、揺さぶった。
チャリン……、と金属質の音が鳴り響いた。
見ると床に、小さな鍵が転がっている。
多分、研究室の鍵だ。
僕は鍵を拾い上げ、ついでに朱美の身体を担ぎ上げた。
以前の朱美だったら、こんな真似は絶対に不可能だろう。今の朱美なら、体重は四十キロ以下なので軽々と担ぎ上げることが出来た。
僕は朱美を肩に担ぎつつ、一歩一歩、研究室のドアに近づいた。
もう全身が冷凍マグロのようになっていて、一歩前へ足を踏み出すのさえ、全身の力を振り絞る必要があった。
喘ぎ声を上げ、僕は遥か彼方に存在するようなドアを霞む目を擦りつつ前進した。この時の努力はほとんど、急峻な崖路を登攀するのと同じほどの力が必要だった。
びしっ!
ぱしんっ!
奇妙な音に天井を振り仰ぐと、研究室の照明から周囲に紫電が放たれていた。
後で聞いたが、あまりの低温に、温度はほとんど絶対零度近くに下がり、局地的に超電導が起きていたのだそうだ。そのため超電導状態の大電流が流れ、スパークが起きていたらしい。
ようやくドアの前へ辿り着いた……。
僕は震える指先で朱美の鍵を握りしめ、ドアの鍵穴を必死に探っていた。寒さが僕の指先を勝手に踊り出させ、苛立たしい思いで僕は鍵穴に鍵を突っ込んだ。
がちっ!
鍵穴は僕の鍵を拒否した!
目を近づけると、鍵穴自体が凍り付き、氷の蓋になっていた。
「何でだよお……」
僕は鼻水をすすり上げ、半泣きになっていた。
次に僕の取った行動は、馬鹿としか言いようがなかった。
僕は素手で凍り付いたドアノブを握りしめていたのである。
「うぎゃああっ!」
苦痛が手のひらから伝わり、僕はもぎ取るようにしてドアノブから手を離した。
ばりっ!
嫌な音が僕の手のひらから伝わった。
何だろうと僕は目の前に手のひらを広げると、皮膚が一面ベロンと剥けて真っ赤な真皮が剥き出しになっていた。
氷点下の金属に素手で触れるという、一切言い訳ができない阿呆な真似を僕は仕出かしたのである。一瞬で皮膚は凍り付き、無理やりはがした途端、皮下脂肪ごと持っていかれたのだ。
「もう駄目だ……僕らはここで死ぬんだ……」
真っ暗な絶望感が、僕を押しつぶした。
相変わらず重々しいコンプレッサーの音を響かせ、送風口からは容赦ない冷風が室内を凍り付かせていた。
僕は朱美に顔を捻じ曲げ、叫んだ。
「朱美! エアコンが停まらない! このままじゃ、二人とも氷漬けだぞ!」
だが朱美は床にうずくまったまま、返答をしなかった。
僕は大急ぎで朱美の側に近づき、跪いて顔を覗きこんだ。
今まで見たことのないような青白い顔色だ。
朱美の目の前で手をひらひらさせたが、反応がない。
完全に意識を喪失している。
「朱美、しっかりしてくれ!」
僕は朱美の両肩を掴み、揺さぶった。
チャリン……、と金属質の音が鳴り響いた。
見ると床に、小さな鍵が転がっている。
多分、研究室の鍵だ。
僕は鍵を拾い上げ、ついでに朱美の身体を担ぎ上げた。
以前の朱美だったら、こんな真似は絶対に不可能だろう。今の朱美なら、体重は四十キロ以下なので軽々と担ぎ上げることが出来た。
僕は朱美を肩に担ぎつつ、一歩一歩、研究室のドアに近づいた。
もう全身が冷凍マグロのようになっていて、一歩前へ足を踏み出すのさえ、全身の力を振り絞る必要があった。
喘ぎ声を上げ、僕は遥か彼方に存在するようなドアを霞む目を擦りつつ前進した。この時の努力はほとんど、急峻な崖路を登攀するのと同じほどの力が必要だった。
びしっ!
ぱしんっ!
奇妙な音に天井を振り仰ぐと、研究室の照明から周囲に紫電が放たれていた。
後で聞いたが、あまりの低温に、温度はほとんど絶対零度近くに下がり、局地的に超電導が起きていたのだそうだ。そのため超電導状態の大電流が流れ、スパークが起きていたらしい。
ようやくドアの前へ辿り着いた……。
僕は震える指先で朱美の鍵を握りしめ、ドアの鍵穴を必死に探っていた。寒さが僕の指先を勝手に踊り出させ、苛立たしい思いで僕は鍵穴に鍵を突っ込んだ。
がちっ!
鍵穴は僕の鍵を拒否した!
目を近づけると、鍵穴自体が凍り付き、氷の蓋になっていた。
「何でだよお……」
僕は鼻水をすすり上げ、半泣きになっていた。
次に僕の取った行動は、馬鹿としか言いようがなかった。
僕は素手で凍り付いたドアノブを握りしめていたのである。
「うぎゃああっ!」
苦痛が手のひらから伝わり、僕はもぎ取るようにしてドアノブから手を離した。
ばりっ!
嫌な音が僕の手のひらから伝わった。
何だろうと僕は目の前に手のひらを広げると、皮膚が一面ベロンと剥けて真っ赤な真皮が剥き出しになっていた。
氷点下の金属に素手で触れるという、一切言い訳ができない阿呆な真似を僕は仕出かしたのである。一瞬で皮膚は凍り付き、無理やりはがした途端、皮下脂肪ごと持っていかれたのだ。
「もう駄目だ……僕らはここで死ぬんだ……」
真っ暗な絶望感が、僕を押しつぶした。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。
ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。
ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」
ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」
ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」
聞こえてくる声は今日もあの方のお話。
「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16)
自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる