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第八章
鍵
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しかしエアコンは停止する様子を見せない。
相変わらず重々しいコンプレッサーの音を響かせ、送風口からは容赦ない冷風が室内を凍り付かせていた。
僕は朱美に顔を捻じ曲げ、叫んだ。
「朱美! エアコンが停まらない! このままじゃ、二人とも氷漬けだぞ!」
だが朱美は床にうずくまったまま、返答をしなかった。
僕は大急ぎで朱美の側に近づき、跪いて顔を覗きこんだ。
今まで見たことのないような青白い顔色だ。
朱美の目の前で手をひらひらさせたが、反応がない。
完全に意識を喪失している。
「朱美、しっかりしてくれ!」
僕は朱美の両肩を掴み、揺さぶった。
チャリン……、と金属質の音が鳴り響いた。
見ると床に、小さな鍵が転がっている。
多分、研究室の鍵だ。
僕は鍵を拾い上げ、ついでに朱美の身体を担ぎ上げた。
以前の朱美だったら、こんな真似は絶対に不可能だろう。今の朱美なら、体重は四十キロ以下なので軽々と担ぎ上げることが出来た。
僕は朱美を肩に担ぎつつ、一歩一歩、研究室のドアに近づいた。
もう全身が冷凍マグロのようになっていて、一歩前へ足を踏み出すのさえ、全身の力を振り絞る必要があった。
喘ぎ声を上げ、僕は遥か彼方に存在するようなドアを霞む目を擦りつつ前進した。この時の努力はほとんど、急峻な崖路を登攀するのと同じほどの力が必要だった。
びしっ!
ぱしんっ!
奇妙な音に天井を振り仰ぐと、研究室の照明から周囲に紫電が放たれていた。
後で聞いたが、あまりの低温に、温度はほとんど絶対零度近くに下がり、局地的に超電導が起きていたのだそうだ。そのため超電導状態の大電流が流れ、スパークが起きていたらしい。
ようやくドアの前へ辿り着いた……。
僕は震える指先で朱美の鍵を握りしめ、ドアの鍵穴を必死に探っていた。寒さが僕の指先を勝手に踊り出させ、苛立たしい思いで僕は鍵穴に鍵を突っ込んだ。
がちっ!
鍵穴は僕の鍵を拒否した!
目を近づけると、鍵穴自体が凍り付き、氷の蓋になっていた。
「何でだよお……」
僕は鼻水をすすり上げ、半泣きになっていた。
次に僕の取った行動は、馬鹿としか言いようがなかった。
僕は素手で凍り付いたドアノブを握りしめていたのである。
「うぎゃああっ!」
苦痛が手のひらから伝わり、僕はもぎ取るようにしてドアノブから手を離した。
ばりっ!
嫌な音が僕の手のひらから伝わった。
何だろうと僕は目の前に手のひらを広げると、皮膚が一面ベロンと剥けて真っ赤な真皮が剥き出しになっていた。
氷点下の金属に素手で触れるという、一切言い訳ができない阿呆な真似を僕は仕出かしたのである。一瞬で皮膚は凍り付き、無理やりはがした途端、皮下脂肪ごと持っていかれたのだ。
「もう駄目だ……僕らはここで死ぬんだ……」
真っ暗な絶望感が、僕を押しつぶした。
相変わらず重々しいコンプレッサーの音を響かせ、送風口からは容赦ない冷風が室内を凍り付かせていた。
僕は朱美に顔を捻じ曲げ、叫んだ。
「朱美! エアコンが停まらない! このままじゃ、二人とも氷漬けだぞ!」
だが朱美は床にうずくまったまま、返答をしなかった。
僕は大急ぎで朱美の側に近づき、跪いて顔を覗きこんだ。
今まで見たことのないような青白い顔色だ。
朱美の目の前で手をひらひらさせたが、反応がない。
完全に意識を喪失している。
「朱美、しっかりしてくれ!」
僕は朱美の両肩を掴み、揺さぶった。
チャリン……、と金属質の音が鳴り響いた。
見ると床に、小さな鍵が転がっている。
多分、研究室の鍵だ。
僕は鍵を拾い上げ、ついでに朱美の身体を担ぎ上げた。
以前の朱美だったら、こんな真似は絶対に不可能だろう。今の朱美なら、体重は四十キロ以下なので軽々と担ぎ上げることが出来た。
僕は朱美を肩に担ぎつつ、一歩一歩、研究室のドアに近づいた。
もう全身が冷凍マグロのようになっていて、一歩前へ足を踏み出すのさえ、全身の力を振り絞る必要があった。
喘ぎ声を上げ、僕は遥か彼方に存在するようなドアを霞む目を擦りつつ前進した。この時の努力はほとんど、急峻な崖路を登攀するのと同じほどの力が必要だった。
びしっ!
ぱしんっ!
奇妙な音に天井を振り仰ぐと、研究室の照明から周囲に紫電が放たれていた。
後で聞いたが、あまりの低温に、温度はほとんど絶対零度近くに下がり、局地的に超電導が起きていたのだそうだ。そのため超電導状態の大電流が流れ、スパークが起きていたらしい。
ようやくドアの前へ辿り着いた……。
僕は震える指先で朱美の鍵を握りしめ、ドアの鍵穴を必死に探っていた。寒さが僕の指先を勝手に踊り出させ、苛立たしい思いで僕は鍵穴に鍵を突っ込んだ。
がちっ!
鍵穴は僕の鍵を拒否した!
目を近づけると、鍵穴自体が凍り付き、氷の蓋になっていた。
「何でだよお……」
僕は鼻水をすすり上げ、半泣きになっていた。
次に僕の取った行動は、馬鹿としか言いようがなかった。
僕は素手で凍り付いたドアノブを握りしめていたのである。
「うぎゃああっ!」
苦痛が手のひらから伝わり、僕はもぎ取るようにしてドアノブから手を離した。
ばりっ!
嫌な音が僕の手のひらから伝わった。
何だろうと僕は目の前に手のひらを広げると、皮膚が一面ベロンと剥けて真っ赤な真皮が剥き出しになっていた。
氷点下の金属に素手で触れるという、一切言い訳ができない阿呆な真似を僕は仕出かしたのである。一瞬で皮膚は凍り付き、無理やりはがした途端、皮下脂肪ごと持っていかれたのだ。
「もう駄目だ……僕らはここで死ぬんだ……」
真っ暗な絶望感が、僕を押しつぶした。
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