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第五章
妹たちの使命
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都心が近づくと、アイリスは窓ガラスに鼻を押し付けるように外の景色を眺めていた。バスが首都高を降り、一般道に入るとそれまで見えなかった細かな部分が目に入り、アイリスは度々「あれはなんや」とか「けったいなやっちゃなあ」などと嘆声を上げるのだった。
アイリスの視線をくぎ付けにしたのは、道路を走るバイクや、四輪車だった。どの車両もわざと走りづらくしているのではないか、と思われるような改造を施されている。バイクのハンドルはこれでまともに走れるのか? と疑われるような改造がされ、大きく曲がったハンドルや、極端に幅が狭まったハンドルが目についた。四輪車も同様で、車軸は正面から見ると「八」の字を描いているような形に曲げられ、車高は極端に低く、ちょっとの段差でも腹を擦りそうだった。どれもこれも極彩色のペイントで塗りたくられ、下手糞な字が書かれている。
乗車するドライバーもまともではなく、上下つなぎの特攻服や、羽飾りや薄手の革ジャンなどを身に着けていた。
一般道を走ると、建物の壁面にはどれもこれも一様に、スプレーによる落書きが目についた。
アイリスの笑いを誘ったのは、大抵アルファベットの落書きで、元々英語を母国語とするアイリスにとっては、訳の分からない英語の表記は面食らうものだった。
「まるでデトロイトの下町みたいやんか」
通り過ぎる景色を眺め、アイリスはぽつりと呟いた。
デトロイトは二十世紀末アメリカ不況の象徴のような都会だ。それまでデトロイトを支えた企業が次々と撤退し、企業に頼っていた個人商店が破産し、その後に大規模店が進出していった。
後に残されたのは年収一万ドル以下の貧困層で、下町は犯罪者の巣窟となっている。
「なあ、美登里はん。なんでこうなってん? 日本には何が起きたんや?」
美登里は大きく息を吸い込み、アイリスに説明すべく口を開いた。説明を始める美登里の一言一言が苦渋に満ちていた。
「すべては朝比奈総理のせいよ。総理は就任してすぐ憲法改正に着手し、反オタク法を成立させたの。理由は子供を狙うロリコンを社会から隔絶し、まともな人間に改造する目的の教育刑を施すためね。それと少子化を改善するため、ツッパリやヤンキー、不良が格好いい生き方だと社会の常識になるよう学校教育に手を付けた」
「ヤンキー?」
アメリカ人であるアイリスにとっては「ヤンキー」は北部アメリカ人を意味する。美登里は百も承知だったが、構わず説明を続けた。
「そういう人たちは、大抵子沢山なの。当時テレビ番組で大家族ものが人気だったけど、そんな大家族を構成する人たちの多くがツッパリ、ヤンキー出身者だった。少子化を解決するため、朝比奈総理はツッパリが正しい生き方だといろんな施策を打ち出した。そのためオタクはツッパリの正反対の存在として公式に差別されるようになった……。あたしもオタクの一人」
美登里の説明にアイリスは首をひねっていた。そんなアイリスの様子に、美登里は自嘲的に言葉を続けた。
「だって外国向けだけど、幼い美少女を主人公にしたマンガを描いているもの。今じゃ美少女を描くクリエイターは、全部オタクだし、ロリコン予備軍よ」
美登里はアイリスに向かって上半身をぐいっと捻り、向き直った。
「ねえ、どうしてアイリスは日本に来ようと考えたの? アメリカにいたって、日本のこんな状況は知ることはできたでしょう? アイリスの居場所は、今の日本にはないはずよ」
アイリスは美登里の瞳を覗きこみ、首を僅かに傾げて考え込んだ。そんなアイリスの様子はひどく可愛らしく美登里に映った。
「そうやなあ……。そりゃ、日本がオタクには居づらいっちゅうのは判ってまんねん。けど、どうしても日本に行かなあかん、と思うようになってん……使命感ちゅうのかな、そんな感じがしてしゃあない」
アイリスの言葉に、美登里はひそかに感動を覚えていた。アイリスの発した「使命感」という単語は美登里の深いところを揺さぶっていた。
「使命感、ねえ……。あたしたちにどんな使命があるのかしら」
アイリスは首を振った。
「ウチにも判らへん。けどいつか知る時がある……そんな気がしてならんのや」
二人を乗せたバスは走り続けた。
アイリスの視線をくぎ付けにしたのは、道路を走るバイクや、四輪車だった。どの車両もわざと走りづらくしているのではないか、と思われるような改造を施されている。バイクのハンドルはこれでまともに走れるのか? と疑われるような改造がされ、大きく曲がったハンドルや、極端に幅が狭まったハンドルが目についた。四輪車も同様で、車軸は正面から見ると「八」の字を描いているような形に曲げられ、車高は極端に低く、ちょっとの段差でも腹を擦りそうだった。どれもこれも極彩色のペイントで塗りたくられ、下手糞な字が書かれている。
乗車するドライバーもまともではなく、上下つなぎの特攻服や、羽飾りや薄手の革ジャンなどを身に着けていた。
一般道を走ると、建物の壁面にはどれもこれも一様に、スプレーによる落書きが目についた。
アイリスの笑いを誘ったのは、大抵アルファベットの落書きで、元々英語を母国語とするアイリスにとっては、訳の分からない英語の表記は面食らうものだった。
「まるでデトロイトの下町みたいやんか」
通り過ぎる景色を眺め、アイリスはぽつりと呟いた。
デトロイトは二十世紀末アメリカ不況の象徴のような都会だ。それまでデトロイトを支えた企業が次々と撤退し、企業に頼っていた個人商店が破産し、その後に大規模店が進出していった。
後に残されたのは年収一万ドル以下の貧困層で、下町は犯罪者の巣窟となっている。
「なあ、美登里はん。なんでこうなってん? 日本には何が起きたんや?」
美登里は大きく息を吸い込み、アイリスに説明すべく口を開いた。説明を始める美登里の一言一言が苦渋に満ちていた。
「すべては朝比奈総理のせいよ。総理は就任してすぐ憲法改正に着手し、反オタク法を成立させたの。理由は子供を狙うロリコンを社会から隔絶し、まともな人間に改造する目的の教育刑を施すためね。それと少子化を改善するため、ツッパリやヤンキー、不良が格好いい生き方だと社会の常識になるよう学校教育に手を付けた」
「ヤンキー?」
アメリカ人であるアイリスにとっては「ヤンキー」は北部アメリカ人を意味する。美登里は百も承知だったが、構わず説明を続けた。
「そういう人たちは、大抵子沢山なの。当時テレビ番組で大家族ものが人気だったけど、そんな大家族を構成する人たちの多くがツッパリ、ヤンキー出身者だった。少子化を解決するため、朝比奈総理はツッパリが正しい生き方だといろんな施策を打ち出した。そのためオタクはツッパリの正反対の存在として公式に差別されるようになった……。あたしもオタクの一人」
美登里の説明にアイリスは首をひねっていた。そんなアイリスの様子に、美登里は自嘲的に言葉を続けた。
「だって外国向けだけど、幼い美少女を主人公にしたマンガを描いているもの。今じゃ美少女を描くクリエイターは、全部オタクだし、ロリコン予備軍よ」
美登里はアイリスに向かって上半身をぐいっと捻り、向き直った。
「ねえ、どうしてアイリスは日本に来ようと考えたの? アメリカにいたって、日本のこんな状況は知ることはできたでしょう? アイリスの居場所は、今の日本にはないはずよ」
アイリスは美登里の瞳を覗きこみ、首を僅かに傾げて考え込んだ。そんなアイリスの様子はひどく可愛らしく美登里に映った。
「そうやなあ……。そりゃ、日本がオタクには居づらいっちゅうのは判ってまんねん。けど、どうしても日本に行かなあかん、と思うようになってん……使命感ちゅうのかな、そんな感じがしてしゃあない」
アイリスの言葉に、美登里はひそかに感動を覚えていた。アイリスの発した「使命感」という単語は美登里の深いところを揺さぶっていた。
「使命感、ねえ……。あたしたちにどんな使命があるのかしら」
アイリスは首を振った。
「ウチにも判らへん。けどいつか知る時がある……そんな気がしてならんのや」
二人を乗せたバスは走り続けた。
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