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報せ
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ニコラ博士のもとを辞して、サンディは城へ向かった。
近づくにつれ、王宮の異様な光景の細部が見えてくる。
城のあちこちに太い蒸気のパイプがのたくるように這い、前庭には巨大なボイラーが鎮座している。ボイラーからは巨大な煙突が数本つきだし、もくもくと黒煙が噴き上げていた。
目が痛い。煤煙がたなびき、あたりを薄暗くしている。見回すと、通行人たちはみな鼻と口をおおう大きなマスクと、目を守るためのゴーグルをかけていた。サンディは近くの商店でそれらを売り出していることに気づき、自分用にそれを買い求めた。それを身につけると、ようやく人心地がついた。
商店の親爺は、サンディに手渡しながらぼやいた。
「まったく、王宮の連中はなにを考えているんだろうねえ? 毎日、ひどいこの煤煙と臭いで、昼間の間は息もできやしねえ」
そういう親爺もまたマスクとゴーグルをつけている。
サンディは城の裏側へとまわった。
城の裏側にはふかい堀が取り囲み、水がたたえられている。
その堀をのぞきこみ、サンディは愕然となった。
サンディのおぼえている城の堀は、澄んだ水面の美しいところだった。冬には白鳥が翼を休め、夏にはカワセミの姿が見られるところだった。しかしいま目の前にひろがるのは、どんよりと濁り、ひどい臭いをはなっているどぶ川であった。水はどろりとたゆたい、表面には日の光をうけてぎらぎらと光る油膜がはっている。
ひどい……!
なんてことをするの。
あまりの変貌に、彼女は拳を握り締めた。
裏側には深い森がひろがっている。もともとは狩猟場で、春と秋の二回、狐狩りをおこなう王族専用の森である。しかし狐狩りにたいする市民の批判の声の高まりと共に、いまはそれも行われることもなくなり、公園となっている。森の梢を見上げたサンディは、木の緑がくすんでいることに気づいた。王宮から流れてくる汚染した空気にやられたのだろう。
森の中に進むと、かつて狐狩りをしていたころ、王族たちの休憩所として設けられた四阿(あずまや)が見えてくる。白い大理石の柱にささえられた丸天井に、精緻な木彫の長椅子がしつらえてあった。
サンディはふきんに誰もいないことを確認してその四阿にはいった。
床には寄木細工のような模様のタイルが敷き詰められていた。さまざまな色模様の石版を組み合わせたもので、四阿が作られて百年以上たつが、いまでも鮮やかな色調を見せている。
彼女はその床に跪いた。
タイルのひとつに手を置き、横にずらす。
ごとり、と音がしてタイルの一枚が動いた。持ち上げると、隠し階段が現れる。
これが彼女が王宮から脱出するさいに使った、秘密の通路なのだ。
するりと隠し階段に降りると、サンディはタイルを元に戻した。とたんにあたりは真っ暗になる。手さぐりで壁を触りつつ、彼女は歩き出した。
道は一本道で迷うことはない。
この隠し通路は何の目的で設けられたのだろう。おそらく古い時代、コラル帝国が絶対君主制のもとにあったころ、陰謀で王族が王宮を逃げ出すときの用意に作られたに違いない。やがて帝国は絶対君主から、議会制に制度が変わり、その必要はなくなったのだが。
足元の感覚から道は下り坂になる。サンディの想像では、たぶんこの通路は城をかこむ堀の下をくりぬいて通じているのだ。やがて下り坂は終わり、道は平坦になった。
爪先にのぼり階段が触れた。
それをとんとんと登っていくと、突き当りのドアに手が触れた。
ノブを探ると、それを廻した。
出たところは城の地下室である。ドアは壁の模様に隠され、そこに隠し通路に通じるドアがあることが判っていないと、容易に発見されることはなかった。
近づくにつれ、王宮の異様な光景の細部が見えてくる。
城のあちこちに太い蒸気のパイプがのたくるように這い、前庭には巨大なボイラーが鎮座している。ボイラーからは巨大な煙突が数本つきだし、もくもくと黒煙が噴き上げていた。
目が痛い。煤煙がたなびき、あたりを薄暗くしている。見回すと、通行人たちはみな鼻と口をおおう大きなマスクと、目を守るためのゴーグルをかけていた。サンディは近くの商店でそれらを売り出していることに気づき、自分用にそれを買い求めた。それを身につけると、ようやく人心地がついた。
商店の親爺は、サンディに手渡しながらぼやいた。
「まったく、王宮の連中はなにを考えているんだろうねえ? 毎日、ひどいこの煤煙と臭いで、昼間の間は息もできやしねえ」
そういう親爺もまたマスクとゴーグルをつけている。
サンディは城の裏側へとまわった。
城の裏側にはふかい堀が取り囲み、水がたたえられている。
その堀をのぞきこみ、サンディは愕然となった。
サンディのおぼえている城の堀は、澄んだ水面の美しいところだった。冬には白鳥が翼を休め、夏にはカワセミの姿が見られるところだった。しかしいま目の前にひろがるのは、どんよりと濁り、ひどい臭いをはなっているどぶ川であった。水はどろりとたゆたい、表面には日の光をうけてぎらぎらと光る油膜がはっている。
ひどい……!
なんてことをするの。
あまりの変貌に、彼女は拳を握り締めた。
裏側には深い森がひろがっている。もともとは狩猟場で、春と秋の二回、狐狩りをおこなう王族専用の森である。しかし狐狩りにたいする市民の批判の声の高まりと共に、いまはそれも行われることもなくなり、公園となっている。森の梢を見上げたサンディは、木の緑がくすんでいることに気づいた。王宮から流れてくる汚染した空気にやられたのだろう。
森の中に進むと、かつて狐狩りをしていたころ、王族たちの休憩所として設けられた四阿(あずまや)が見えてくる。白い大理石の柱にささえられた丸天井に、精緻な木彫の長椅子がしつらえてあった。
サンディはふきんに誰もいないことを確認してその四阿にはいった。
床には寄木細工のような模様のタイルが敷き詰められていた。さまざまな色模様の石版を組み合わせたもので、四阿が作られて百年以上たつが、いまでも鮮やかな色調を見せている。
彼女はその床に跪いた。
タイルのひとつに手を置き、横にずらす。
ごとり、と音がしてタイルの一枚が動いた。持ち上げると、隠し階段が現れる。
これが彼女が王宮から脱出するさいに使った、秘密の通路なのだ。
するりと隠し階段に降りると、サンディはタイルを元に戻した。とたんにあたりは真っ暗になる。手さぐりで壁を触りつつ、彼女は歩き出した。
道は一本道で迷うことはない。
この隠し通路は何の目的で設けられたのだろう。おそらく古い時代、コラル帝国が絶対君主制のもとにあったころ、陰謀で王族が王宮を逃げ出すときの用意に作られたに違いない。やがて帝国は絶対君主から、議会制に制度が変わり、その必要はなくなったのだが。
足元の感覚から道は下り坂になる。サンディの想像では、たぶんこの通路は城をかこむ堀の下をくりぬいて通じているのだ。やがて下り坂は終わり、道は平坦になった。
爪先にのぼり階段が触れた。
それをとんとんと登っていくと、突き当りのドアに手が触れた。
ノブを探ると、それを廻した。
出たところは城の地下室である。ドアは壁の模様に隠され、そこに隠し通路に通じるドアがあることが判っていないと、容易に発見されることはなかった。
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