197 / 279
理想宮
2
しおりを挟む
「いよいよ帝国軍が近づいてきた。戦いになるだろう」
ガゼの言葉にホルンは顔を上げた。
自宅に軟禁状態になって、もう十日以上になる。ホルンはガゼの、村の占領に対する協力を拒否した。ガゼはホルンのロロ村に対する影響力を考え、自宅に軟禁する処置を決めたのである。自宅の玄関には二十四時間共和国の兵士が見張りに立ち、銃を構え近づく村人を遠ざけていた。一日に三回、メイサが食事を持ってくるときだけドアを開けるだけで、あとは一切ホルンは村人の顔を見ることなく過ごしていた。
「ガゼ、もうやめろ」
ホルンの言葉にガゼはきっとふり向いた。
「なあ、戦いはやめないか? 帝国は本気だぞ。前は逃げられたが、今回はそうはいかん。お前、死ぬぞ。メイサのためにも、生きろ!」
ホルンは数日前の、総督府の方角から聞こえてきた砲撃の音を思い起こしていた。半日間、大砲と機銃の音が聞こえて、ぱたりと止んだ。あっけないほどだった。帝国軍は主力をこのあたりに集結させているのだろう。たった半日で共和国軍の反撃が終わったということは、それほど彼我の戦力が圧倒的な差を持っていることを示している。
「そうはいかない。おれは大統領と共に帝国を倒すまでやめない! メイサのことは……」
ガゼはおおきく息を吸い込んだ。
「おれは死んだものと思ってくれと、昨日言っておいた。あれは判ってくれる」
「馬鹿な! ミリィはどうなる? あの娘は、一度もお前の顔を見たことがないのだぞ。お前だって娘の顔を見たことはないだろう?」
「判っている……。しかし、どうしようもないのだ……。すまん! ふたりのことを頼む」
ホルンはかぶりをふった。
「おれにはわからん。お前がなぜ、そんなにも共和国に忠誠をつくすのか?」
その言葉に、ガゼは無言だった。
その時、ドアが開きひとりの共和国兵士が入室してきた。制服はよごれ、あちこち焼け焦げや、かぎ裂きができている。兵士の顔も泥と血でよごれ、ひどい有様だ。
「どうした?」
ガゼが叫んだ。兵士はあえぎあえぎ報告した。
「総督府は陥落しました……わが方の損害は多大……大統領閣下は……」
兵士はさっとガゼにちかづくと、なにごとかを耳打ちした。
ガゼの顔色が変わった。
よし、とうなずくと大股にドアにちかづき外に出ると叫ぶ。
「撤収だ! 全員、車両に乗り込め!」
なにごとかとホルンが顔をあげると、ガゼはふりむき笑った。
「大統領は無事脱出した! おれたちはこれから南方に移動し、あらたな戦線を設定する。安心しろ、ロロ村はもう戦争から逃れることが出来るさ」
立ち上がるホルンを尻目に、ガゼはさっさと歩き去った。
ホルンの家の前に、巨大戦車が停まっている。
その巨大さは、ほとんど陸の戦艦と言って良いほどである。
高さは三階建て、いやもっとあるだろう。見上げるほどの巨体に四門の主砲があたりを睨んでいる。主砲は砲線が重ならないよう高さ、位置を工夫してある。したがって四門同時におなじ目標を狙うことも出来る。もっとも高いところにある主砲は、低い位置を狙うことが出来るよう、俯角がとれるよう工夫されている。
その巨体を移動させるためのキャタピラも巨大だ。キャタピラ部分だけでも、大人ひとりぶんの高さはある。乗り込むためには車体後部からドアを開け、階段を引き出して乗り込む。
ガゼは数人の兵士らに出迎えを受け、戦車に乗り込んだ。
戦車には一度に五十名の乗員が乗り込むことが出来た。が、いまはその倍の百名近くが乗り込んでいる。撤退のためである。
かつかつかつ……と、ブーツの足音高くガゼは最上階にある司令室に入った。
司令室には共和国軍の参謀将校らが待っていた。
ガゼが入室すると、全員起立した。
司令官の席に着席すると、ガゼはマイクを引き寄せた。
スイッチを入れると、ガゼの声が戦車のすみずみまで響く。
「わたしはガゼ司令官だ! これより共和国軍は南方へ撤退し、あらたな拠点を築きあげ帝国軍との戦いを続ける。そのため全軍の安全な撤退を支援するため、この戦車が殿軍となって主力を守ることとなる。戦いの目的は敵軍の打破ではなく、味方の安全な移動を支援するためである。したがって損害はなるべく少なく抑えたい。諸君の奮励を期待する!」
がらがらがら……。
巨大な軋り音のような響きを立て、キャタピラが動き出した。
どすどすどす……。
戦車の移動であたりの地面が津波のように揺れている。
ホルンはあわてて家の外に飛び出した。
ゆっくりと戦車が巨体を移動させていく。
「ガゼ……」
ホルンはつぶやいた。
その側にメイサがよりそった。
「あの人、死ぬつもりなんでしょうか?」
ホルンは眉をよせた。
「判らん。だが、共和国のため命をささげるつもりなのは確かだ」
メイサは手で顔をおおった。
「わたしに判りません。なんであの人あんなに……」
「おれにもわからんさ」
ふたりはじっと戦車を見送っていた。
ガゼの言葉にホルンは顔を上げた。
自宅に軟禁状態になって、もう十日以上になる。ホルンはガゼの、村の占領に対する協力を拒否した。ガゼはホルンのロロ村に対する影響力を考え、自宅に軟禁する処置を決めたのである。自宅の玄関には二十四時間共和国の兵士が見張りに立ち、銃を構え近づく村人を遠ざけていた。一日に三回、メイサが食事を持ってくるときだけドアを開けるだけで、あとは一切ホルンは村人の顔を見ることなく過ごしていた。
「ガゼ、もうやめろ」
ホルンの言葉にガゼはきっとふり向いた。
「なあ、戦いはやめないか? 帝国は本気だぞ。前は逃げられたが、今回はそうはいかん。お前、死ぬぞ。メイサのためにも、生きろ!」
ホルンは数日前の、総督府の方角から聞こえてきた砲撃の音を思い起こしていた。半日間、大砲と機銃の音が聞こえて、ぱたりと止んだ。あっけないほどだった。帝国軍は主力をこのあたりに集結させているのだろう。たった半日で共和国軍の反撃が終わったということは、それほど彼我の戦力が圧倒的な差を持っていることを示している。
「そうはいかない。おれは大統領と共に帝国を倒すまでやめない! メイサのことは……」
ガゼはおおきく息を吸い込んだ。
「おれは死んだものと思ってくれと、昨日言っておいた。あれは判ってくれる」
「馬鹿な! ミリィはどうなる? あの娘は、一度もお前の顔を見たことがないのだぞ。お前だって娘の顔を見たことはないだろう?」
「判っている……。しかし、どうしようもないのだ……。すまん! ふたりのことを頼む」
ホルンはかぶりをふった。
「おれにはわからん。お前がなぜ、そんなにも共和国に忠誠をつくすのか?」
その言葉に、ガゼは無言だった。
その時、ドアが開きひとりの共和国兵士が入室してきた。制服はよごれ、あちこち焼け焦げや、かぎ裂きができている。兵士の顔も泥と血でよごれ、ひどい有様だ。
「どうした?」
ガゼが叫んだ。兵士はあえぎあえぎ報告した。
「総督府は陥落しました……わが方の損害は多大……大統領閣下は……」
兵士はさっとガゼにちかづくと、なにごとかを耳打ちした。
ガゼの顔色が変わった。
よし、とうなずくと大股にドアにちかづき外に出ると叫ぶ。
「撤収だ! 全員、車両に乗り込め!」
なにごとかとホルンが顔をあげると、ガゼはふりむき笑った。
「大統領は無事脱出した! おれたちはこれから南方に移動し、あらたな戦線を設定する。安心しろ、ロロ村はもう戦争から逃れることが出来るさ」
立ち上がるホルンを尻目に、ガゼはさっさと歩き去った。
ホルンの家の前に、巨大戦車が停まっている。
その巨大さは、ほとんど陸の戦艦と言って良いほどである。
高さは三階建て、いやもっとあるだろう。見上げるほどの巨体に四門の主砲があたりを睨んでいる。主砲は砲線が重ならないよう高さ、位置を工夫してある。したがって四門同時におなじ目標を狙うことも出来る。もっとも高いところにある主砲は、低い位置を狙うことが出来るよう、俯角がとれるよう工夫されている。
その巨体を移動させるためのキャタピラも巨大だ。キャタピラ部分だけでも、大人ひとりぶんの高さはある。乗り込むためには車体後部からドアを開け、階段を引き出して乗り込む。
ガゼは数人の兵士らに出迎えを受け、戦車に乗り込んだ。
戦車には一度に五十名の乗員が乗り込むことが出来た。が、いまはその倍の百名近くが乗り込んでいる。撤退のためである。
かつかつかつ……と、ブーツの足音高くガゼは最上階にある司令室に入った。
司令室には共和国軍の参謀将校らが待っていた。
ガゼが入室すると、全員起立した。
司令官の席に着席すると、ガゼはマイクを引き寄せた。
スイッチを入れると、ガゼの声が戦車のすみずみまで響く。
「わたしはガゼ司令官だ! これより共和国軍は南方へ撤退し、あらたな拠点を築きあげ帝国軍との戦いを続ける。そのため全軍の安全な撤退を支援するため、この戦車が殿軍となって主力を守ることとなる。戦いの目的は敵軍の打破ではなく、味方の安全な移動を支援するためである。したがって損害はなるべく少なく抑えたい。諸君の奮励を期待する!」
がらがらがら……。
巨大な軋り音のような響きを立て、キャタピラが動き出した。
どすどすどす……。
戦車の移動であたりの地面が津波のように揺れている。
ホルンはあわてて家の外に飛び出した。
ゆっくりと戦車が巨体を移動させていく。
「ガゼ……」
ホルンはつぶやいた。
その側にメイサがよりそった。
「あの人、死ぬつもりなんでしょうか?」
ホルンは眉をよせた。
「判らん。だが、共和国のため命をささげるつもりなのは確かだ」
メイサは手で顔をおおった。
「わたしに判りません。なんであの人あんなに……」
「おれにもわからんさ」
ふたりはじっと戦車を見送っていた。
0
あなたにおすすめの小説
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる