蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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理想宮

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「いよいよ帝国軍が近づいてきた。戦いになるだろう」
 ガゼの言葉にホルンは顔を上げた。
 自宅に軟禁状態になって、もう十日以上になる。ホルンはガゼの、村の占領に対する協力を拒否した。ガゼはホルンのロロ村に対する影響力を考え、自宅に軟禁する処置を決めたのである。自宅の玄関には二十四時間共和国の兵士が見張りに立ち、銃を構え近づく村人を遠ざけていた。一日に三回、メイサが食事を持ってくるときだけドアを開けるだけで、あとは一切ホルンは村人の顔を見ることなく過ごしていた。
「ガゼ、もうやめろ」
 ホルンの言葉にガゼはきっとふり向いた。
「なあ、戦いはやめないか? 帝国は本気だぞ。前は逃げられたが、今回はそうはいかん。お前、死ぬぞ。メイサのためにも、生きろ!」
 ホルンは数日前の、総督府の方角から聞こえてきた砲撃の音を思い起こしていた。半日間、大砲と機銃の音が聞こえて、ぱたりと止んだ。あっけないほどだった。帝国軍は主力をこのあたりに集結させているのだろう。たった半日で共和国軍の反撃が終わったということは、それほど彼我の戦力が圧倒的な差を持っていることを示している。
「そうはいかない。おれは大統領と共に帝国を倒すまでやめない! メイサのことは……」
 ガゼはおおきく息を吸い込んだ。
「おれは死んだものと思ってくれと、昨日言っておいた。あれは判ってくれる」
「馬鹿な! ミリィはどうなる? あの娘は、一度もお前の顔を見たことがないのだぞ。お前だって娘の顔を見たことはないだろう?」
「判っている……。しかし、どうしようもないのだ……。すまん! ふたりのことを頼む」
 ホルンはかぶりをふった。
「おれにはわからん。お前がなぜ、そんなにも共和国に忠誠をつくすのか?」
 その言葉に、ガゼは無言だった。
 その時、ドアが開きひとりの共和国兵士が入室してきた。制服はよごれ、あちこち焼け焦げや、かぎ裂きができている。兵士の顔も泥と血でよごれ、ひどい有様だ。
「どうした?」
 ガゼが叫んだ。兵士はあえぎあえぎ報告した。
「総督府は陥落しました……わが方の損害は多大……大統領閣下は……」
 兵士はさっとガゼにちかづくと、なにごとかを耳打ちした。
 ガゼの顔色が変わった。
 よし、とうなずくと大股にドアにちかづき外に出ると叫ぶ。
「撤収だ! 全員、車両に乗り込め!」
 なにごとかとホルンが顔をあげると、ガゼはふりむき笑った。
「大統領は無事脱出した! おれたちはこれから南方に移動し、あらたな戦線を設定する。安心しろ、ロロ村はもう戦争から逃れることが出来るさ」
 立ち上がるホルンを尻目に、ガゼはさっさと歩き去った。
 ホルンの家の前に、巨大戦車が停まっている。
 その巨大さは、ほとんど陸の戦艦と言って良いほどである。
 高さは三階建て、いやもっとあるだろう。見上げるほどの巨体に四門の主砲があたりを睨んでいる。主砲は砲線が重ならないよう高さ、位置を工夫してある。したがって四門同時におなじ目標を狙うことも出来る。もっとも高いところにある主砲は、低い位置を狙うことが出来るよう、俯角がとれるよう工夫されている。
 その巨体を移動させるためのキャタピラも巨大だ。キャタピラ部分だけでも、大人ひとりぶんの高さはある。乗り込むためには車体後部からドアを開け、階段を引き出して乗り込む。
 ガゼは数人の兵士らに出迎えを受け、戦車に乗り込んだ。
 戦車には一度に五十名の乗員が乗り込むことが出来た。が、いまはその倍の百名近くが乗り込んでいる。撤退のためである。
 かつかつかつ……と、ブーツの足音高くガゼは最上階にある司令室に入った。
 司令室には共和国軍の参謀将校らが待っていた。
 ガゼが入室すると、全員起立した。
 司令官の席に着席すると、ガゼはマイクを引き寄せた。
 スイッチを入れると、ガゼの声が戦車のすみずみまで響く。
「わたしはガゼ司令官だ! これより共和国軍は南方へ撤退し、あらたな拠点を築きあげ帝国軍との戦いを続ける。そのため全軍の安全な撤退を支援するため、この戦車が殿軍となって主力を守ることとなる。戦いの目的は敵軍の打破ではなく、味方の安全な移動を支援するためである。したがって損害はなるべく少なく抑えたい。諸君の奮励を期待する!」
 がらがらがら……。
 巨大な軋り音のような響きを立て、キャタピラが動き出した。
 どすどすどす……。
 戦車の移動であたりの地面が津波のように揺れている。
 ホルンはあわてて家の外に飛び出した。
 ゆっくりと戦車が巨体を移動させていく。
「ガゼ……」
 ホルンはつぶやいた。
 その側にメイサがよりそった。
「あの人、死ぬつもりなんでしょうか?」
 ホルンは眉をよせた。
「判らん。だが、共和国のため命をささげるつもりなのは確かだ」
 メイサは手で顔をおおった。
「わたしに判りません。なんであの人あんなに……」
「おれにもわからんさ」
 ふたりはじっと戦車を見送っていた。
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