蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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サーカス

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 ふたりのピエロがこけつまろびつ、会場のすみからすみまで追いかけっこをしている。いっぽうのやせたひょろ長い身体つきをしたピエロが、もうひとりの太ったピエロの頭から帽子を奪い取りこっちへおいでとからかいつつ逃げている。太ったピエロはよたよたとした動きで、必死になっておいかけている。途中、わざとらしく床に落ちたバナナの皮ですべり、大げさな動きでずっでんどうとひっくりかえる。
 そのたびに観客はわっと湧き、笑い声をあげる。観客の中にニコラ博士もいた。博士だけは出演しなくてすむので、観客席に気楽に座っている。
 ひとしきりピエロの演技が終わると、つぎは動物たちの演技である。数頭の犬が行列をつくって登場すると、自転車にのったり、輪くぐりをしてみせる。犬たちの演技のつぎはライオンと虎の登場だ。会場に鉄の檻が組み立てられ、猛獣使いがライオンと虎を鞭の動きで演技させる。象、熊なども登場し、猛獣使いのたくみな誘導で、あきれるほど従順に演技をする。
 その間、オーケストラが軽快なポルカや、ジンタを演奏し、雰囲気を盛り上げた。
 数分間の休憩のあと、会場が暗くなり、スポットライトを浴びてキオ団長が現れ演説をはじめた。
「さて、ここにお集まりのみなさま! 大変お楽しみになられたことを思い、わがサーカス欣快のいたりでございます! つぎにお目にかかりますのは神秘の技を身につけた隠者ホルストによりますイルージョン! 誰も見たことのない、奇跡の技をぜひご覧ください!」
 もうもうと蒸気の白煙がたちのぼり、オーケストラが音楽を盛り上げる。トランペットの奏列が会場に甲高いテーマを響き渡らせる。その中を、パックの運転するムカデがのしのしと現れた。ムカデに乗るのはパックのほか、マリア、サンディ、そしてホルスト。
 マリアの身体は全身、金色に光り輝いている。会場に出演する直前、サーカスの団員たちによって入念に磨き上げたてられたのだ。
 ムカデは会場をぐるりと進んで、喚声があがるなかホルストが両手をふって応えている。ホルストの皺ぶかい顔はほころび、その目は輝いていた。
 こんなホルストははじめて見る、とパックは思っていた。
 会場からニコラ博士が手を振った。それにパックたちサンディとマリアも応える。
 会場のまんなかにムカデが停まり、ホルストはひらりと地上へ降り立った。
 ながいローブの袖をひらめかせ、ホルストは両手を高々とあげる。
 わあわあという会場の喚声がじょじょに静まっていく。
 そのままホルストは会場が静かになるのを待っていた。
 ついに会場は、しわぶきひとつもれない、完全な沈黙につつまれた。
 観客の期待が高まっている。
 ホルストの口が開いた。
「みなさん、わたしはホルストといい、長年魔法について研究をしてきましたじゃ! この世界には魔法が存在します! それをわしは、証明しましょう」
 さっと、ホルストが合図をすると、会場のかたすみからもうもうと蒸気が噴きあがった。蒸気の噴き出し口を持つのはサンディとマリアだ。その蒸気の前にたち、ホルストは両手を動かした。
 と、噴き出した蒸気が徐々にかたちをとりはじめ、テントの天井近くの空間に固まっていく。蒸気の雲はひとのかたちをとりはじめた。
 おお……、と観客がいっせいに驚きの声をあげる。
 蒸気の巨人はゆっくりと歩き出した。
 ふわり……ふわり……。
 音もなく、しろい巨人が歩いている。目鼻立ちははっきりしないが、たしかにひとのかたちをしているのが見てとれる。
 ホルストはふたたび蒸気の雲をあやつりはじめた。
 もうひとつ、しろい雲がかたちをとりはじめる。
 今度は竜だ!
 雲の中からあらわれたのは、翼をひろげた竜であった。
 竜はながい身体をくねらせるようにして、巨人にちかづいていく。巨人ははっと驚き、待ち受ける。
 さっ、とホルストが指先をあげた。
 なんと! 巨人の手には剣が握られていた。
 楽団が、この対決を盛り上げるべく、演奏を続けている。音もなく動く二体の雲の怪物の足音、咆哮を音楽で表現している。巨人が歩くと、その足音のかわりに太鼓がリズムを刻み、竜がその口を大きくひろげ、咆哮するときはトランペットが甲高い音をたてる。
 ついに竜が巨人に迫った!
 巨人は手にした剣をかまえ、立ち向かう。空中を漂うように迫る竜に、手にした剣をふりおろす。ぎゃああ……と竜の咆哮を弦楽器が表現する。剣が竜の身体を断ち切り、ふたつにわれた竜の身体が水蒸気になって散っていく。巨人もまた、ゆっくりと蒸気に戻り消えていった。
 わあわあと観客が拍手をおくり、絶賛する。ホルストの顔は得意そうに輝いていた。両隣にサンディとマリアがたち、手をふっていた。
 観客の中で、そのサンディをじっと見つめる一団の男たちがいた。みなそろいの黒いスーツで、黒いサングラスをかけていた。男たちはまわりの観客たちとはまるで違い、陰気な表情のままじっと彼女を見つめていた。ショーが終わると、おたがいうなずきあい立ち上がる。
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