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帝国
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ネリーが承知して、怒涛のごとく物事は進んだ。ネリーは急流に漂う木の葉のように運ばれるだけだった。
宮廷付きのメーク係が呼ばれ、ネリーの髪の毛を金髪に染めさせられた。やや青白いネリーの顔色に、頬紅が施され生き生きとした肌色に変えさせられた。そしてサンディの服を着せられたネリーの姿に、タビア女史はすこし首をかしげた。
「問題は目の色でございますね。レディ・サンドラの目はブルーでございましたが、この娘の目は茶色です。どういたしましょう」
大臣はちょっと思案したが、なにか考え付いたのか、指を立てた。
「レディ・サンドラは近視ではなかったかな?」
大臣の言葉に女史は眉を吊り上げた。
「そんなこと! いいえ、レディ・サンドラは近視ではございませんでした。視力は並みの娘よりよいくらいでしたわ」
「だが、そういうことにすればなんとかなるんだが……」
「大臣閣下、いったいなにを仰りたいのですか?」
「こういうことだ」
大臣はそう言うと、ポケットから一組の眼鏡を取り出した。ふとい黒ぶちの、ややクラシックなデザインである。レンズは入っていない、伊達めがねであった。
それをネリーにかけさせる。
大臣はにんまりと笑った。
「どうだね、眼鏡をかけると、ひとはその人の目の色が茶色か、青かなんてことはあまり気にしなくなる。眼鏡をかけた娘、という印象だけが先に来るもんだ。これなら遠目でなら、なんとかなるさ」
「その眼鏡、いつも持ち歩いているのでございますか?」
その言葉に、大臣は悪戯っぽい表情を浮かべた。
「そうさ。わたしはちょくちょくこの手で変装をして、新聞記者をまいているんだ。ほかにも靴のなかに小石をいれたりする。そんなことで姿勢が変わり、歩き方も変わるもんだ。ま、心理的な変装というわけだ」
まあ、と女史が口を開けた。
さて、と大臣は背を伸ばした。
「これで宮廷内はごまかせるとして、問題はレディ・サンドラの行方だ。なあ、ネリー。きみはレディ・サンドラと一番の親友だ。なにか、彼女から聞いてはいないかね。王宮の外へ出て、なにか見たいとか、あるいは行きたい場所について……」
ネリーは思い出しつつ答える。
「そういえば、先だってボーラン市にサーカス団がやってきたとき、とても見たいと仰っていたようです。あの日は一日中、サンディ……レディ・サンドラは落ち着かなくて」
それまで黙ってかれらのやりとりを聞いていた皇帝はうなずいた。
「そうだろうな。あれの母親もにぎやかなことには目がなかった。しかしこの時期、サーカス団などボーラン市には来ていないから、そこで探すのは無理だろうな」
皇帝の諦め顔に、大臣は首を振り、答えた。
「いいえ、そんなことはございません。それならサーカス団を呼べば良いのでございます。サーカス団に限らず、巡回のカーニバル、遊園地、そういったものは数限りなくございます。それらを招待すれば、レディ・サンドラの気を引くに充分でしょう」
皇帝の顔が晴れやかなものになった。
「なるほど。むやみやたらと探し回るより、ずっと確かであろう。フーシェよ、そちに命ずる。その……サーカスであったかな? とにかく、サンドラが引き寄せられるようなものならなんでもよい、すぐに手配いたせ!」
ははあ……、と大臣が叩頭する。
ネリーはそんなんで大丈夫かしらと、心配になった。
宮廷付きのメーク係が呼ばれ、ネリーの髪の毛を金髪に染めさせられた。やや青白いネリーの顔色に、頬紅が施され生き生きとした肌色に変えさせられた。そしてサンディの服を着せられたネリーの姿に、タビア女史はすこし首をかしげた。
「問題は目の色でございますね。レディ・サンドラの目はブルーでございましたが、この娘の目は茶色です。どういたしましょう」
大臣はちょっと思案したが、なにか考え付いたのか、指を立てた。
「レディ・サンドラは近視ではなかったかな?」
大臣の言葉に女史は眉を吊り上げた。
「そんなこと! いいえ、レディ・サンドラは近視ではございませんでした。視力は並みの娘よりよいくらいでしたわ」
「だが、そういうことにすればなんとかなるんだが……」
「大臣閣下、いったいなにを仰りたいのですか?」
「こういうことだ」
大臣はそう言うと、ポケットから一組の眼鏡を取り出した。ふとい黒ぶちの、ややクラシックなデザインである。レンズは入っていない、伊達めがねであった。
それをネリーにかけさせる。
大臣はにんまりと笑った。
「どうだね、眼鏡をかけると、ひとはその人の目の色が茶色か、青かなんてことはあまり気にしなくなる。眼鏡をかけた娘、という印象だけが先に来るもんだ。これなら遠目でなら、なんとかなるさ」
「その眼鏡、いつも持ち歩いているのでございますか?」
その言葉に、大臣は悪戯っぽい表情を浮かべた。
「そうさ。わたしはちょくちょくこの手で変装をして、新聞記者をまいているんだ。ほかにも靴のなかに小石をいれたりする。そんなことで姿勢が変わり、歩き方も変わるもんだ。ま、心理的な変装というわけだ」
まあ、と女史が口を開けた。
さて、と大臣は背を伸ばした。
「これで宮廷内はごまかせるとして、問題はレディ・サンドラの行方だ。なあ、ネリー。きみはレディ・サンドラと一番の親友だ。なにか、彼女から聞いてはいないかね。王宮の外へ出て、なにか見たいとか、あるいは行きたい場所について……」
ネリーは思い出しつつ答える。
「そういえば、先だってボーラン市にサーカス団がやってきたとき、とても見たいと仰っていたようです。あの日は一日中、サンディ……レディ・サンドラは落ち着かなくて」
それまで黙ってかれらのやりとりを聞いていた皇帝はうなずいた。
「そうだろうな。あれの母親もにぎやかなことには目がなかった。しかしこの時期、サーカス団などボーラン市には来ていないから、そこで探すのは無理だろうな」
皇帝の諦め顔に、大臣は首を振り、答えた。
「いいえ、そんなことはございません。それならサーカス団を呼べば良いのでございます。サーカス団に限らず、巡回のカーニバル、遊園地、そういったものは数限りなくございます。それらを招待すれば、レディ・サンドラの気を引くに充分でしょう」
皇帝の顔が晴れやかなものになった。
「なるほど。むやみやたらと探し回るより、ずっと確かであろう。フーシェよ、そちに命ずる。その……サーカスであったかな? とにかく、サンドラが引き寄せられるようなものならなんでもよい、すぐに手配いたせ!」
ははあ……、と大臣が叩頭する。
ネリーはそんなんで大丈夫かしらと、心配になった。
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