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プリンセスの逃走
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実を言うと、サンディはいつでも王宮から逃げ出すための準備を進めていた。
王宮は山の斜面に建てられ、最初の建物が建てられてから数世紀が過ぎ去っている。その間、帝国の拡大にあわせるように新たな望楼や、塔が増築され、皇族の家族が増えるにつれ部屋も建て増しされてきた。もっとも古い部分は中心部にあって、その周りにあらたな施設が取り囲むように建て増しされたのである。
ゆえに王宮内部には思いがけないところに廊下や、階段があり、その内部はちょっとした迷宮になっている。
生まれてからずっと王宮に暮らしてきたサンディは、王宮を守る衛兵よりずっと詳しくその内部に通じていた。
ある日のこと、サンディは地下に通じる秘密の通路を発見したのである。
おそらく帝国の成立以前の、コラル王国のころ、まだ周囲の同盟都市との関係が不安定だった時点で、非常事態に備えるための脱出路なのだろう。その通路をたどったサンディは、そのさきが王宮の外に繋がっていることに気づいた。
何度も通路を行き来して、その先がボーラン市内に通じていることを確かめたサンディは、ひそかに脱出の準備を進めていた。
変装のための服や靴、数日分の食料や金にかえるための宝石(サンディは王族の常として現金などは持ち歩いたことはなかった)などを部屋に隠し、いつの日か王宮を抜け出す日を待っていたのである。
こうしていつでも王宮を抜け出せる態勢を造ってはいたが、いざとなると気がくじけた。
それはそうだろう。生まれてからずっと王宮で暮らし、生活してきたのだから。外の世界についてはなにも知らないし、体験したこともない。せいぜい窓辺から、ボーラン市の市街を眺めるくらいである。
いつでも抜け出せる……。
そうなると、それはいつ、という問題だ。それが今日なのか、それとも明日なのか、ひたすらサンディは自分の中でこの時、というのを待っていた。
授業が終わり、いつものように窓辺に座ったサンディは、ボーラン市からきらきらとした光がまたたくのを目にして、なんだろうと思った。
ちょっと考え、部屋から望遠鏡を取り出す。
サンディはお姫様であるから、たいていの望みは叶えられた。外に出る以外は。そこで望遠鏡が欲しい、と教師の一人にねだったのである。
翌日届けられた望遠鏡に、サンディは夢中になった。それでボーラン市のあちこちを覗き、市民の生活を目の当たりにするのが、彼女のちかごろの楽しみでもあった。
望遠鏡を覗くサンディの目が驚きに見開かれた。
金色の輝きをまとった少女が見える。
最初、ブロンズ像かなにかと思ったが、人と同じように動き回っているのを見て考えを変えた。
なにかしら? なかに人が入っているのかしら? もし、中に人が入っているのなら、そうとう痩せた人間にちがいない。その金色の少女は、目にする限りふつうの女の子のように見える。その中に人が入るなら、骨と皮のようにやせていなければならないだろう。
サンディの好奇心は強く刺激された。
待っていたきっかけ──。
彼女は、今日こそその日だと確信した。
ベッドの下に潜り込むと、小箱を引き出す。中には、王宮を脱出する日のための、用意の品が詰め込まれている。
ワンピースを脱ぎ捨て、下着だけになる。
黒いタイツを履き、膝までおおう柔らかな革靴に足を滑り込ませる。
その上から茶色のキルトをまき、濃い緑色の上着に、青いチョッキを身につけた。髪の毛は臙脂色のリボンで結び、狩猟用の帽子をかぶる。そして裏地が赤、表が黒地のマントをはおる。
腰にはふとい飾りつきのベルトを巻き、それには小物入れを取り付ける。身を守る短剣は、ベルトと革靴に鞘をとりつけ、二本用意する。
帽子には飾り羽をあしらい、手首には小粋なブレスレットをはめると、とても王宮のプリンセスとは思えない、どこかのお転婆な女の子に変身した。
その自身の姿を姿見で確認して、サンディはちょっと得意げに笑みを浮かべた。
そっとドアから通路を見て、誰もいないことを確認すると、そろそろと足音を忍ばせ階下へと移動する。
数階分階段を下り、彼女はある部屋へ向かっていた。
王宮は山の斜面に建てられ、最初の建物が建てられてから数世紀が過ぎ去っている。その間、帝国の拡大にあわせるように新たな望楼や、塔が増築され、皇族の家族が増えるにつれ部屋も建て増しされてきた。もっとも古い部分は中心部にあって、その周りにあらたな施設が取り囲むように建て増しされたのである。
ゆえに王宮内部には思いがけないところに廊下や、階段があり、その内部はちょっとした迷宮になっている。
生まれてからずっと王宮に暮らしてきたサンディは、王宮を守る衛兵よりずっと詳しくその内部に通じていた。
ある日のこと、サンディは地下に通じる秘密の通路を発見したのである。
おそらく帝国の成立以前の、コラル王国のころ、まだ周囲の同盟都市との関係が不安定だった時点で、非常事態に備えるための脱出路なのだろう。その通路をたどったサンディは、そのさきが王宮の外に繋がっていることに気づいた。
何度も通路を行き来して、その先がボーラン市内に通じていることを確かめたサンディは、ひそかに脱出の準備を進めていた。
変装のための服や靴、数日分の食料や金にかえるための宝石(サンディは王族の常として現金などは持ち歩いたことはなかった)などを部屋に隠し、いつの日か王宮を抜け出す日を待っていたのである。
こうしていつでも王宮を抜け出せる態勢を造ってはいたが、いざとなると気がくじけた。
それはそうだろう。生まれてからずっと王宮で暮らし、生活してきたのだから。外の世界についてはなにも知らないし、体験したこともない。せいぜい窓辺から、ボーラン市の市街を眺めるくらいである。
いつでも抜け出せる……。
そうなると、それはいつ、という問題だ。それが今日なのか、それとも明日なのか、ひたすらサンディは自分の中でこの時、というのを待っていた。
授業が終わり、いつものように窓辺に座ったサンディは、ボーラン市からきらきらとした光がまたたくのを目にして、なんだろうと思った。
ちょっと考え、部屋から望遠鏡を取り出す。
サンディはお姫様であるから、たいていの望みは叶えられた。外に出る以外は。そこで望遠鏡が欲しい、と教師の一人にねだったのである。
翌日届けられた望遠鏡に、サンディは夢中になった。それでボーラン市のあちこちを覗き、市民の生活を目の当たりにするのが、彼女のちかごろの楽しみでもあった。
望遠鏡を覗くサンディの目が驚きに見開かれた。
金色の輝きをまとった少女が見える。
最初、ブロンズ像かなにかと思ったが、人と同じように動き回っているのを見て考えを変えた。
なにかしら? なかに人が入っているのかしら? もし、中に人が入っているのなら、そうとう痩せた人間にちがいない。その金色の少女は、目にする限りふつうの女の子のように見える。その中に人が入るなら、骨と皮のようにやせていなければならないだろう。
サンディの好奇心は強く刺激された。
待っていたきっかけ──。
彼女は、今日こそその日だと確信した。
ベッドの下に潜り込むと、小箱を引き出す。中には、王宮を脱出する日のための、用意の品が詰め込まれている。
ワンピースを脱ぎ捨て、下着だけになる。
黒いタイツを履き、膝までおおう柔らかな革靴に足を滑り込ませる。
その上から茶色のキルトをまき、濃い緑色の上着に、青いチョッキを身につけた。髪の毛は臙脂色のリボンで結び、狩猟用の帽子をかぶる。そして裏地が赤、表が黒地のマントをはおる。
腰にはふとい飾りつきのベルトを巻き、それには小物入れを取り付ける。身を守る短剣は、ベルトと革靴に鞘をとりつけ、二本用意する。
帽子には飾り羽をあしらい、手首には小粋なブレスレットをはめると、とても王宮のプリンセスとは思えない、どこかのお転婆な女の子に変身した。
その自身の姿を姿見で確認して、サンディはちょっと得意げに笑みを浮かべた。
そっとドアから通路を見て、誰もいないことを確認すると、そろそろと足音を忍ばせ階下へと移動する。
数階分階段を下り、彼女はある部屋へ向かっていた。
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