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首都
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しゅっ、しゅっと蒸気の音を立て、ニコラ博士のムカデは街道をすべるように進んでいる。
陽射しは暖かで、片側が山肌、もう片側には草原が広がっていた。
ムカデに乗るのはパック、ホルン、ニコラ博士とホルスト老人、そして真鍮のボディをきらめかせているマリアである。
目指すは帝国の首都、ボーラン市。
ここにやって来る前、一行は総督府に立ち寄り、サックの仕出かしたことを訴えた。総督を務めるあの中佐はその訴えに驚き、ホルンに調書を作るため協力するよう命令した。それを受け、かれらは総督府のある町に数日滞在し、協力していたのである。その間、中佐はロロ村に兵士を派遣し、ホルンの訴えの裏づけをとった。そしてそれに間違いないとなると、さっそくサックを全国指名手配すると確約した。
ようやく解放され、かれらは博士のムカデに乗り、首都を目指す旅を再開することになったのだ。
ぷかりとパイプの煙草をふかし、ホルストはしげしげとマリアを見つめつぶやいた。
「まこと驚くべき発明ですな、あなたのマリアは。これがただの金属の人形であるとは、いまでも信じられませんな」
運転しているニコラ博士は上機嫌だった。自分の発明を誉められるのが、かれにとっては至福の悦びである。
「いや、わたしもこのマリアがこのように意識を持ち、自分の意思で動くことになるとは予想外でしてな」
ほう、とホルストはパイプを口から離し、火皿をひっくりかえしぽんと叩いて灰をすて、もう一度一掴み煙草を詰めなおした。口の中でむにゃむにゃと唱えると、その指先にぽっ、とちいさな炎があがる。その炎をパイプにつけ一服吸い込む。もうもうと煙草の煙を吐き出し、ニコラ博士に向き直った。
「予想外と言えば、わしの魔法のちからも日々強まっているようですな。それに火の魔法だけでなくほかの魔法も使えるようになってきました」
ニコラ博士の目がきらめいた。
「ふむ。魔法のちからが強まったということは興味深い。それはどう考えるべきですか? ひとつ、あなた自身の魔法のちからが強くなった。ふたつ、空中に満ちている〝魔素〟の量が増えている。考えられるのはそのふたつですが、あなたはどうお考えですか」
「両方でしょう。あの封魔の剣が引き抜かれてから、わしは日々魔法の練習に励んできました。あなたの言う〝魔素〟ですかな? そのちからも強まっているのを感じますし、またわし自身の魔法に対する感度も強まっているのを感じますわい。おそらく、こういったことはわし以外にも起きている可能性はある」
「というと、ほかにも魔法を使える人間がいると?」
「当然でしょうな。千年間魔法はこの世から消えておりましたが、その記憶はまだ人々に生きております。ほかにもわしのように魔法を研究してきた人間がいるに違いないとわしは思います」
ふたりの話を聞いていたホルンは尋ねた。
「いったい魔法とはなんでしょう? なぜ、人は魔法を使えるのでしょう」
ニコラ博士は肩をすくめた。
「それが判れば苦労はないのですがな……ただ、わしは〝魔素〟の存在に気づいていらい、少々研究を重ねてきました。その結果、魔法は〝魔素〟だけで使えるのではないということがわかってきたのです。つまり魔法を使うには〝魔素〟だけでなくエネルギーが必要だということですな」
「話しがよく判りませんが」
「ふむ……かなり曖昧な話であることは承知の上です。たとえばこのムカデを考えてください。このムカデは蒸気の力で動きます。蒸気は火の熱で水をあたため、水が蒸気になるとそのちからをシリンダーに送ってピストンを動かします。蒸気を作るには大量の熱エネルギーを必要とします。魔法もおなじことで、魔法を使用するということはまわりのエネルギーを奪うのです。ですから蒸気で動くマリアが魔法のちからで意思を持ち、自分で考え行動するのも〝魔素〟に蒸気のエネルギーが加わることによる結果なのです」
「熱のエネルギーが魔法には必要なのですか?」
「いいや、熱だけではありません。エネルギーの形はさまざまですな。ホルストさんの火の魔法の場合、奪われたエネルギーはすぐ熱エネルギーになって空中に放出されますから損失はありません。しかし別の魔法を、大量に、そして持続的に使った場合の影響はどうでしょう? 多分、自然になんらかの影響をあたえずにはすまんでしょう。最悪の場合、生き物のすまない荒れ地がひろがることになるのではないかと思っています」
ホルンの眉がせばめられた。
「となると、魔法を使うことは考え物ということですか?」
ホルストはうなずいた。
「そうです。それにはまったく、わしも同意します。わしは魔法の研究を長年続けてきましたが、古代の魔法使いたちの記録を読むと、みな魔法の濫用をいましめております。きっと、古代の人々は魔法を使うことによる副作用について心得ているのだと思います」
陽射しは暖かで、片側が山肌、もう片側には草原が広がっていた。
ムカデに乗るのはパック、ホルン、ニコラ博士とホルスト老人、そして真鍮のボディをきらめかせているマリアである。
目指すは帝国の首都、ボーラン市。
ここにやって来る前、一行は総督府に立ち寄り、サックの仕出かしたことを訴えた。総督を務めるあの中佐はその訴えに驚き、ホルンに調書を作るため協力するよう命令した。それを受け、かれらは総督府のある町に数日滞在し、協力していたのである。その間、中佐はロロ村に兵士を派遣し、ホルンの訴えの裏づけをとった。そしてそれに間違いないとなると、さっそくサックを全国指名手配すると確約した。
ようやく解放され、かれらは博士のムカデに乗り、首都を目指す旅を再開することになったのだ。
ぷかりとパイプの煙草をふかし、ホルストはしげしげとマリアを見つめつぶやいた。
「まこと驚くべき発明ですな、あなたのマリアは。これがただの金属の人形であるとは、いまでも信じられませんな」
運転しているニコラ博士は上機嫌だった。自分の発明を誉められるのが、かれにとっては至福の悦びである。
「いや、わたしもこのマリアがこのように意識を持ち、自分の意思で動くことになるとは予想外でしてな」
ほう、とホルストはパイプを口から離し、火皿をひっくりかえしぽんと叩いて灰をすて、もう一度一掴み煙草を詰めなおした。口の中でむにゃむにゃと唱えると、その指先にぽっ、とちいさな炎があがる。その炎をパイプにつけ一服吸い込む。もうもうと煙草の煙を吐き出し、ニコラ博士に向き直った。
「予想外と言えば、わしの魔法のちからも日々強まっているようですな。それに火の魔法だけでなくほかの魔法も使えるようになってきました」
ニコラ博士の目がきらめいた。
「ふむ。魔法のちからが強まったということは興味深い。それはどう考えるべきですか? ひとつ、あなた自身の魔法のちからが強くなった。ふたつ、空中に満ちている〝魔素〟の量が増えている。考えられるのはそのふたつですが、あなたはどうお考えですか」
「両方でしょう。あの封魔の剣が引き抜かれてから、わしは日々魔法の練習に励んできました。あなたの言う〝魔素〟ですかな? そのちからも強まっているのを感じますし、またわし自身の魔法に対する感度も強まっているのを感じますわい。おそらく、こういったことはわし以外にも起きている可能性はある」
「というと、ほかにも魔法を使える人間がいると?」
「当然でしょうな。千年間魔法はこの世から消えておりましたが、その記憶はまだ人々に生きております。ほかにもわしのように魔法を研究してきた人間がいるに違いないとわしは思います」
ふたりの話を聞いていたホルンは尋ねた。
「いったい魔法とはなんでしょう? なぜ、人は魔法を使えるのでしょう」
ニコラ博士は肩をすくめた。
「それが判れば苦労はないのですがな……ただ、わしは〝魔素〟の存在に気づいていらい、少々研究を重ねてきました。その結果、魔法は〝魔素〟だけで使えるのではないということがわかってきたのです。つまり魔法を使うには〝魔素〟だけでなくエネルギーが必要だということですな」
「話しがよく判りませんが」
「ふむ……かなり曖昧な話であることは承知の上です。たとえばこのムカデを考えてください。このムカデは蒸気の力で動きます。蒸気は火の熱で水をあたため、水が蒸気になるとそのちからをシリンダーに送ってピストンを動かします。蒸気を作るには大量の熱エネルギーを必要とします。魔法もおなじことで、魔法を使用するということはまわりのエネルギーを奪うのです。ですから蒸気で動くマリアが魔法のちからで意思を持ち、自分で考え行動するのも〝魔素〟に蒸気のエネルギーが加わることによる結果なのです」
「熱のエネルギーが魔法には必要なのですか?」
「いいや、熱だけではありません。エネルギーの形はさまざまですな。ホルストさんの火の魔法の場合、奪われたエネルギーはすぐ熱エネルギーになって空中に放出されますから損失はありません。しかし別の魔法を、大量に、そして持続的に使った場合の影響はどうでしょう? 多分、自然になんらかの影響をあたえずにはすまんでしょう。最悪の場合、生き物のすまない荒れ地がひろがることになるのではないかと思っています」
ホルンの眉がせばめられた。
「となると、魔法を使うことは考え物ということですか?」
ホルストはうなずいた。
「そうです。それにはまったく、わしも同意します。わしは魔法の研究を長年続けてきましたが、古代の魔法使いたちの記録を読むと、みな魔法の濫用をいましめております。きっと、古代の人々は魔法を使うことによる副作用について心得ているのだと思います」
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