蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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荒れ地

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 夜明けと共に、三人は身動きをして起き上がった。
 荒れ地でも夜明けの空は美しい。
 かん、と叩けば響きそうな青空が広がり、太陽が顔を出すとあたりには金色のひかりが満ちた。
 ケイは水筒に泉の水をつめ、方角を確かめた。
「南はこっちよ」
 指を上げしめす。
 ふたたび旅は開始された。
 
 じりじりと太陽は宙天高くのぼり、影は短くなっていく。
 それなのに気温はほとんど上がらない。冷たい風が、三人を押し戻すように吹きすさぶ。
 土ぼこりが盛大に舞い上がり、目をまもるようにミリィは手をかざしながら歩いた。
 乾燥した空気が唇をかさかさに乾かした。
 ミリィはケイの水筒をうらめしげに眺めた。
 ケイはがんとして水を飲むことを禁じていた。なるべく水は節約しなくてはならないというのだ。
 ふと思いついてミリィはエルフのマントで顔を覆った。
 これは大正解だった。
 エルフのマントは薄く、目を覆っても視界は完全に確保される。しかも襲い掛かる埃から目を守ることができた。
 それを見て、ケイとヘロヘロも同じように顔をぐるぐるに覆った。
 なんであたしはこんな辛い旅をしているんだろうとミリィは思った。
 あのヘロヘロを善良にするためだ!
 だが肝心のヘロヘロがあんな調子で、そんなことができるのだろうか?
 と、ミリィの傍に、ケイが近寄って、囁いた。
「ねえ、ヘロヘロのことだけど……」
 ミリィはケイを見た。顔をマントでぐるぐる巻きにした隙間から、ケイの大きな両目が真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「なに?」
「あたし、一晩、考えたんだ。どうして、ヘロヘロが、ミリィの命令をきくんだろう、って」
「なにか、思いついたの?」
 ケイは「うん!」と強く頷いた。
「ヘロヘロの魔法の〝オーラ〟は、エルフと同じだって、知っているよね?」
「ええ。あんたと、ヘロヘロの会話を耳にしたから……」
「あたしたち、エルフは、他人に害をなす魔法は使えない。あくまで善をなす魔法でなくては、使えないの。でも、この弓矢や、ミリィの魔法の鞭はべつよ。武器や、道具に魔法のちからをこめることは、エルフが直接、他人に害をなすこととは、べつだから」
 ケイの長広舌に、ミリィは黙り込んだ。ここはひとつ、口を挟みこまず、ケイの好きなように、話させるべきだと、思ったからだ。
「ヘロヘロはあんたを思い通りに操るための、催眠の魔法を使ったの。だけど、それはエルフに許されない、他人を害する魔法だった。だから魔法をミリィにかけた瞬間、性質が変わってしまった」
「あ!」とミリィは小さく叫んでいた。
 ケイの話のさきがわかってきた……。
 ミリィの顔色を読んだケイは、うなずいた。
「そう、あんたを思い通りに操る魔法が、あんたの命令をきかざるを得なくする、魔法に変化してしまったんだ、とあたしは思う。ヘロヘロはじぶんの魔法で、じぶんに、ミリィの命令に従うよう、魔法をかけてしまったんだ!」
「おい! それは本当の話か?」
 背後から、ヘロヘロの焦ったような声が聞こえた。
 小走りになると、ミリィとケイの間に割り込んでくる。
「おれは、じぶんに対して、ミリィの命令をきくようになる魔法をかけちまったのか……?」
 ケイの顔を覆っているマントの間からのぞく目が、笑いに細くなった。

 単調な荒れ地の様子に変化があったのは、三日後のことだった。
 足元の大地が盛り上がり、三人はあえぎながら丘をのぼっていく。平坦な場所はかぞえるほどで、いくつもの丘をのぼり、そして下がっていく。徐々に高度はあがって、空気が薄くなるのを感じていた。
 気温はさらに下がり、地面は岩がちになっていく。でこぼこの地面は歩きづらく、ミリィは何度も足をとられ転んだ。
 エルフのケイはこんな状態でも軽やかな足取りに変化はなく、またヘロヘロも鈍重そうな身体つきをしているくせに一度も転ぶことはなかった。
 結局、一番優雅さから遠いのは人間のミリィひとり、ということだ。
 先頭を歩くケイが叫んだ。
「館があるわ!」
 え、とミリィは顔を上げた。
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