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荒れ地
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半日ほど歩き、あたりが暗くなって三人は休憩をとることにした。
かつては巨大な木陰をつくっていただろう巨木は、いまはすっかり枯れ木になり根もとにはおおきなうろが出来ていた。そのうろに、三人は今夜の宿をとることにしたのである。うろのなかには小さな泉がわいていて、三人の喉を潤した。
「〝旅人の樹〟だわ」
ケイはつぶやいた。
「なんなの〝旅人の樹〟って?」
「その昔、エルフがもっと沢山いて、人間の世界と親しく行き来していたころ、こういった〝旅人の樹〟を植えたの。葉陰で影を作り、うろには泉がわくよう魔法をかけてね。これはそのひとつだったに違いないわ。こんな枯れ木になっても、まだちいさな泉をつくるだけの魔法は残っていたのね……」
ケイは愛しげにうろの壁をなでた。壁にはかつてこの〝旅人の樹〟を利用しただれかのいたずら書きであろうか古代の文字でなにかが彫り込まれている。
「キルロイはここへ来た……だれかしら、このキルロイって?」
古代の文字を読めるケイはつぶやいた。
「これを食べて」
ケイは物入れから包みをとりだし、ミリィに差し出した。
「なあに、これ?」
「エルフの携帯食料よ。これひとつで、一日なにも食べなくてもいいの」
ふうん、とミリィは差し出された包みを開いてみた。
包みはおおきな葉でくるまれており、なかには固く焼き締められた焼き菓子のようなものがあった。棒のような形に固められており、ミリィはその先端をかじり取った。
「おいしい……」
もぐもぐと口を動かしていくと、ぱりぱりに乾いた食料は口の中でもっちりとした弾力を取り戻し、適度な歯ごたえを伝えてきた。味はねっとりとした甘みと、フルーツのさわやかさを併せ持ち、かすかな塩気が全体を引き締めている。
ケイもまた一本を口にし、噛みしめていた。
「おれには呉れないのか?」
不機嫌そうにヘロヘロがつぶやいた。
ケイは目を見開いた。
「あんたがエルフの食べ物を欲しがるの?」
「おれは二日、なにも食べていない」
ああ、そうかとミリィは思った。考えてみれば、ヘロヘロはロロ村で魔王として目覚めてからずっと食事をとっていないのだ。
「そんなに欲しいならあげる」
ケイはひとつを差し出した。
ヘロヘロはつつみを開き、エルフの食料を口に入れる。
もぐもぐと咀嚼し、ひとつうなずいた。
「うむ、悪くはない」
ぺろりと食べつくすと、手に残ったかけらを舐めた。
ケイの顔を見て不審そうな表情になる。
「どうした? 妙な顔をしている」
はっ、とケイは瞬きをした。
「いえ……あの、あんたがエルフの食べ物を平気で食べられるとは思っていなかったもので……」
「おれをなんだと思っている? もとはエルフの仲間だったのだぞ」
ケイは肩をすくめた。
「もう今夜は遅いわ。明日のため、そろそろ寝ましょう」
ミリィの提案にケイとヘロヘロはごろりとその場に横になった。館を出る前に三人にはエルフのマントが贈られていた。紙のように薄いが、身体をそれで覆うと寒さを遮断して、まるで羽毛の布団にくるまれているように暖かい。
すぐにヘロヘロはいびきをかき寝入ってしまう。
その横で、ミリィは夜空を見上げていた。
見上げた星空の星座は見慣れたものだったが、地平線ちかくの星座はほとんどが隠れて見えない。かなり北に来ている証拠だった。
彼女はまたパックの顔を思い返していた。
ふいに腹を立てていた。
なんでパックはあの時、さっさと帰ってしまったのだろう。まるで自分とヘロヘロに怒っていたみたいだった。もうすこし一緒にいてくれたら、ギャンにあんなことさせる羽目にはならなかったはずなのに……。
だがいつまでも腹を立ててはいられなかった。
見上げる星空がミリィの涙で曇っていた。
かつては巨大な木陰をつくっていただろう巨木は、いまはすっかり枯れ木になり根もとにはおおきなうろが出来ていた。そのうろに、三人は今夜の宿をとることにしたのである。うろのなかには小さな泉がわいていて、三人の喉を潤した。
「〝旅人の樹〟だわ」
ケイはつぶやいた。
「なんなの〝旅人の樹〟って?」
「その昔、エルフがもっと沢山いて、人間の世界と親しく行き来していたころ、こういった〝旅人の樹〟を植えたの。葉陰で影を作り、うろには泉がわくよう魔法をかけてね。これはそのひとつだったに違いないわ。こんな枯れ木になっても、まだちいさな泉をつくるだけの魔法は残っていたのね……」
ケイは愛しげにうろの壁をなでた。壁にはかつてこの〝旅人の樹〟を利用しただれかのいたずら書きであろうか古代の文字でなにかが彫り込まれている。
「キルロイはここへ来た……だれかしら、このキルロイって?」
古代の文字を読めるケイはつぶやいた。
「これを食べて」
ケイは物入れから包みをとりだし、ミリィに差し出した。
「なあに、これ?」
「エルフの携帯食料よ。これひとつで、一日なにも食べなくてもいいの」
ふうん、とミリィは差し出された包みを開いてみた。
包みはおおきな葉でくるまれており、なかには固く焼き締められた焼き菓子のようなものがあった。棒のような形に固められており、ミリィはその先端をかじり取った。
「おいしい……」
もぐもぐと口を動かしていくと、ぱりぱりに乾いた食料は口の中でもっちりとした弾力を取り戻し、適度な歯ごたえを伝えてきた。味はねっとりとした甘みと、フルーツのさわやかさを併せ持ち、かすかな塩気が全体を引き締めている。
ケイもまた一本を口にし、噛みしめていた。
「おれには呉れないのか?」
不機嫌そうにヘロヘロがつぶやいた。
ケイは目を見開いた。
「あんたがエルフの食べ物を欲しがるの?」
「おれは二日、なにも食べていない」
ああ、そうかとミリィは思った。考えてみれば、ヘロヘロはロロ村で魔王として目覚めてからずっと食事をとっていないのだ。
「そんなに欲しいならあげる」
ケイはひとつを差し出した。
ヘロヘロはつつみを開き、エルフの食料を口に入れる。
もぐもぐと咀嚼し、ひとつうなずいた。
「うむ、悪くはない」
ぺろりと食べつくすと、手に残ったかけらを舐めた。
ケイの顔を見て不審そうな表情になる。
「どうした? 妙な顔をしている」
はっ、とケイは瞬きをした。
「いえ……あの、あんたがエルフの食べ物を平気で食べられるとは思っていなかったもので……」
「おれをなんだと思っている? もとはエルフの仲間だったのだぞ」
ケイは肩をすくめた。
「もう今夜は遅いわ。明日のため、そろそろ寝ましょう」
ミリィの提案にケイとヘロヘロはごろりとその場に横になった。館を出る前に三人にはエルフのマントが贈られていた。紙のように薄いが、身体をそれで覆うと寒さを遮断して、まるで羽毛の布団にくるまれているように暖かい。
すぐにヘロヘロはいびきをかき寝入ってしまう。
その横で、ミリィは夜空を見上げていた。
見上げた星空の星座は見慣れたものだったが、地平線ちかくの星座はほとんどが隠れて見えない。かなり北に来ている証拠だった。
彼女はまたパックの顔を思い返していた。
ふいに腹を立てていた。
なんでパックはあの時、さっさと帰ってしまったのだろう。まるで自分とヘロヘロに怒っていたみたいだった。もうすこし一緒にいてくれたら、ギャンにあんなことさせる羽目にはならなかったはずなのに……。
だがいつまでも腹を立ててはいられなかった。
見上げる星空がミリィの涙で曇っていた。
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