蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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逃亡

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「旦那さん……」
 一階に姿を現したサックに、使用人が驚いたような顔で叫んだ。
 サックは無言で帳場に近づくと、レジの金を洗いざらい攫ってポケットにねじ込んだ。
「あ、それは今日の売り上げ……」
「うるさいっ!」
 怒鳴ると、サックは真っ赤な顔で家を飛び出していった。
 外に飛び出したサックは、その足でダルトの家へ向かっていた。
 ダルトの家は村のはずれにあり、粗末な掘っ立て小屋だった。農地ももたず、また村人の多くが羊や山羊を飼っているのに対し、ダルトは家畜も持たない。そのため、ダルトはサックの小作人として過ごしてきたのである。
 ダルトは家の前で薪を割っていた。
 上半身裸になり、たくましい腕で斧を握り振り下ろす。かつん、と乾いた音がして薪がふたつに割れた。
 そこへサックがやってきた。
 ダルトは汗をふき、斧を杖によりかかるとサックを待ち構える格好になった。
「やあ、旦那。どうしましたんで?」
「大変なことになった……」
 サックの顔は青ざめていた。
 なにかあったな、とダルトはぴんときた。
「じつは……」
 サックの告白に、ダルトは仰天した。
「旦那、まさかそんな……本当にホルンを殺すつもりだったんで?」
 いいや、とサックはかぶりをふった。
「そんなことするもんか! ただ脅しになればと思っただけだ! しかしこうなったらおれたちは村を出なくてはならん」
 ダルトはきょとんとした顔になった。
「おれたち……って、おれも入っているんで?」
「当たり前だ! 村の連中の借金のとりたてに、お前もおれについて回ったのを忘れたのか? やつらはおれとお前を一緒に見ているんだぞ」
 あ……、とダルトは口を開けた。
 かれが納得したのを確信したのか、サックはにやりと笑った。
「なあ、もうおれとお前は一蓮托生なんだ。わかるな? この村にいては、いずれ帝国軍に逮捕される。そして裁判だ。お前はおれの従犯として罪は軽くなるだろうが、それでも罪名はつく。悪ければラーフ島の強制収用で徴用になる。軽くても数年はくらいこむだろう」
 ラーフ島という呼称にダルトは震え上がった。凶悪犯が収容される島で、そこでは強制労働が犯罪者に課せられるのだ。
「旦那、ど、どうすればいいんですか?」
 ダルトはサックになきついた。
 サックは顎をあげた。
「だから逃げるんだ! すぐこの村を捨て、帝国軍のいない地方を目指すんだ。おれは商売ができる。お前は腕っ節がたつ。ふたりで旅すればなに、どうにでも稼げるだろう。やるか?」
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