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真鍮のマリア
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「これは……もう、魔法としか言いようがない……!」
博士の顔は苦渋そのものだった。
「こんなこと言うのは科学者として断腸のきわみじゃよ! なんと、わしの口から魔法などという言葉が出るとはな!」
ホルンが口を開いた。
「どうしてです、博士。魔法がどう、この件に関わってくるんです?」
「この空中には魔法があふれておる! パックが封魔の剣にふれ、あのヘロヘロと言う魔王を解放した瞬間から、魔法が蘇ったのじゃよ! それしか考えられん。マリアの身におきたのはその結果なんじゃ!
パック、ヘロヘロが現れてからホルストの魔法が急に強くなったと言っておったな。あのときから世界には魔法があふれたのじゃろう。おそらく、ヘロヘロは魔法のちからの源なのかもしれん」
ぼくが……と、パックはじぶんの顔を指差した。そうだ、そう考えるとホルスト老人の魔法のちからが増したのも説明がつく。
「マリアを設計したとき、わしは意図的に人間の臓器を模した器官を、その内部に配置した。まあ将来の設計のための雛形としてのものじゃが、偶然にも、本物の器官として働きはじめることになったのじゃ。
魔法の中に相似の法則というのがある。つまり似たものはおなじ働きをする、というものじゃな。
たとえば心臓の形に似た野菜は、人の心臓の働きを強める薬草になるという言い伝えじゃよ。
マリアの中にあるものは、人間の臓器に似せた器官じゃ。したがって似たものは同じ働きをするという法則から、人間とおなじように考え、行動するちからが吹き込まれたのじゃろう。わしはそういった魔法のちからの源を〝魔素〟と呼ぶことにした」
ホルンはあたりを見回した。
「このなにもないところにも〝魔素〟というのがあるんですか?」
博士はうなずいた。
「そうじゃ。しかもどうやらこの〝魔素〟のちからは、蒸気が加わることによって増加するらしい。わしはちょっとした実験でそれを確かめてみた。
マリアの中に吹き込まれた蒸気のちからによって増加した〝魔素〟のちからで、彼女は人間と同じように行動できるようになったかもしれんな。
なあ、マリア」
と、博士はマリアに向け優しく話しかけた。
マリアは博士を見た。
「お前、パックに仕えると言ったな。なぜだい」
マリアはちょっと小首をかしげた。
「わかりません。ただそうしなければならないと思っただけです」
ふうむ、と博士は腕を組んだ。
じろりとパックを見る。
パックは首をすくめた。
「わしが気絶している間に、パックがマリアに話しかけた……そうじゃな?」
はい、とパックはうなずいた。
「それが原因なのじゃろう。おそらく、雛鳥が最初に見たものを親と思うように、最初に話しかけられた人間にしたがうようになっているのかもしれん」
「それじゃマリアは……?」
パックはマリアを見た。マリアはパックをじっと見つめている。
「そうじゃ! マリアは動き出したその時からパックに従うよう運命付けられているのじゃ」
「そんなの……」
パックは困惑した。
これからミリィを探す旅に出なくてはならないというのに、こんなの連れては行けない!
マリアの存在は、どう考えても重荷としか思えなかった。
くすり……と博士は笑った。
「あきらめろ。わしをさしおいて、話しかけたからこうなったのじゃ。マリアはもう、お前の責任のもとにある。彼女を頼むぞ。それに彼女は厄介だけではないかもしれん。もしかしたら、お前を助けてくれることになるかもしれんしな」
そうかなあ、とパックは天井をあおいだ。
ニコラ博士はホルンを向いた。
「ホルンさん。ところで明日、ボーラン市に出かけるそうじゃな?」
「ええ、まあ」
「わしも一緒に行くよ」
「あなたが?」
ホルンは居住まいを正した。
ニコラはうなずいた。
「ああ、こうなったらマリアはパックについてゆくじゃろうし、わしも彼女については観察の機会を無駄にしたくはない。ボーラン市へ行く途中でのマリアの行動を観察することによって、これからの研究の道筋が判るかもしれんしな。
パック、いいな? わしも一緒に行くぞ」
へっ、とパックはうなずいた。しかたない。博士がこうと言い出したときは決して後には引かないことを知っていた。
ホルンは困ったように顎をかいていた。
博士の顔は苦渋そのものだった。
「こんなこと言うのは科学者として断腸のきわみじゃよ! なんと、わしの口から魔法などという言葉が出るとはな!」
ホルンが口を開いた。
「どうしてです、博士。魔法がどう、この件に関わってくるんです?」
「この空中には魔法があふれておる! パックが封魔の剣にふれ、あのヘロヘロと言う魔王を解放した瞬間から、魔法が蘇ったのじゃよ! それしか考えられん。マリアの身におきたのはその結果なんじゃ!
パック、ヘロヘロが現れてからホルストの魔法が急に強くなったと言っておったな。あのときから世界には魔法があふれたのじゃろう。おそらく、ヘロヘロは魔法のちからの源なのかもしれん」
ぼくが……と、パックはじぶんの顔を指差した。そうだ、そう考えるとホルスト老人の魔法のちからが増したのも説明がつく。
「マリアを設計したとき、わしは意図的に人間の臓器を模した器官を、その内部に配置した。まあ将来の設計のための雛形としてのものじゃが、偶然にも、本物の器官として働きはじめることになったのじゃ。
魔法の中に相似の法則というのがある。つまり似たものはおなじ働きをする、というものじゃな。
たとえば心臓の形に似た野菜は、人の心臓の働きを強める薬草になるという言い伝えじゃよ。
マリアの中にあるものは、人間の臓器に似せた器官じゃ。したがって似たものは同じ働きをするという法則から、人間とおなじように考え、行動するちからが吹き込まれたのじゃろう。わしはそういった魔法のちからの源を〝魔素〟と呼ぶことにした」
ホルンはあたりを見回した。
「このなにもないところにも〝魔素〟というのがあるんですか?」
博士はうなずいた。
「そうじゃ。しかもどうやらこの〝魔素〟のちからは、蒸気が加わることによって増加するらしい。わしはちょっとした実験でそれを確かめてみた。
マリアの中に吹き込まれた蒸気のちからによって増加した〝魔素〟のちからで、彼女は人間と同じように行動できるようになったかもしれんな。
なあ、マリア」
と、博士はマリアに向け優しく話しかけた。
マリアは博士を見た。
「お前、パックに仕えると言ったな。なぜだい」
マリアはちょっと小首をかしげた。
「わかりません。ただそうしなければならないと思っただけです」
ふうむ、と博士は腕を組んだ。
じろりとパックを見る。
パックは首をすくめた。
「わしが気絶している間に、パックがマリアに話しかけた……そうじゃな?」
はい、とパックはうなずいた。
「それが原因なのじゃろう。おそらく、雛鳥が最初に見たものを親と思うように、最初に話しかけられた人間にしたがうようになっているのかもしれん」
「それじゃマリアは……?」
パックはマリアを見た。マリアはパックをじっと見つめている。
「そうじゃ! マリアは動き出したその時からパックに従うよう運命付けられているのじゃ」
「そんなの……」
パックは困惑した。
これからミリィを探す旅に出なくてはならないというのに、こんなの連れては行けない!
マリアの存在は、どう考えても重荷としか思えなかった。
くすり……と博士は笑った。
「あきらめろ。わしをさしおいて、話しかけたからこうなったのじゃ。マリアはもう、お前の責任のもとにある。彼女を頼むぞ。それに彼女は厄介だけではないかもしれん。もしかしたら、お前を助けてくれることになるかもしれんしな」
そうかなあ、とパックは天井をあおいだ。
ニコラ博士はホルンを向いた。
「ホルンさん。ところで明日、ボーラン市に出かけるそうじゃな?」
「ええ、まあ」
「わしも一緒に行くよ」
「あなたが?」
ホルンは居住まいを正した。
ニコラはうなずいた。
「ああ、こうなったらマリアはパックについてゆくじゃろうし、わしも彼女については観察の機会を無駄にしたくはない。ボーラン市へ行く途中でのマリアの行動を観察することによって、これからの研究の道筋が判るかもしれんしな。
パック、いいな? わしも一緒に行くぞ」
へっ、とパックはうなずいた。しかたない。博士がこうと言い出したときは決して後には引かないことを知っていた。
ホルンは困ったように顎をかいていた。
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