蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

文字の大きさ
上 下
58 / 279
駐屯地

4

しおりを挟む
「そこまで行ったんだけど、ムカデが動かなくなってあとは歩いて帰った。博士、すみませんでした。勝手に機械を動かして」
 パックの説明にニコラは首をふった。
「いいのさ。あとで取りに行こう。たぶん、燃料切れだ」
 メイサの顔を見てパックはすまなそうな顔になった。
「叔母さん、ごめん。ミリィは見つけられなかった」
 おお! と、メイサは顔を手で覆った。その肩がふるえている。
 ホルンは顔をおおきな手の平でぬぐった。
「帝国軍の連中に相談したというが、信じてはもらえなかったというのか?」
 パックはうん、とうなずいた。
「あいつら、てんで信じてくれなかった……」
 おれだって信じられん、とホルンはつぶやいた。
 パックが見上げると、ホルンは肩をすくめた。
「すまん、なにしろおれが外に出たあとはすべてが終わっていたからな」
「なにがあったのか、わしには判らんよ。いまでもそうだ」
 そう言って、ニコラは頭をなんどもふった。
 ホルストは噛み付くように叫んだ。
「魔王が復活したのじゃ! あんたはそれをじぶんの目で見たのじゃないのかね?」
 のろのろと目を上げ、ニコラはホルストを見た。
「魔王?」
「そうじゃ! おそれていたことがおきた。あのヘロヘロは魔王のなれのはてじゃ。千年間、封魔の剣に封じ込まれていたのじゃが、その封印をパックが解いてしまった……。千年の眠りは魔王をただの赤ん坊にしてしまったが、ギャンの悪の精神にふれ、本来の魔王が復活したのじゃろう」
「おれのせいで……」
 パックは拳を握り締めた。
 ホルストは首をふり、やさしく声をかけた。
「違うな、パック。お前の責任ではない。魔王を復活させたのは、人間の中にある邪悪さなのじゃよ。思うに、わしらがいかにヘロヘロを悪に触れさせないよう気をつけても、いずれ邪悪に染まることはわかっておったことじゃった……」
「でもあいつの封印を解いたのはおれなんです」
「そこじゃ。問題は」
 ホルストはぐっとパックに指をつきつけた。
「なぜ、お前がヘロヘロを剣から解放させることになったのか? お前が剣に触れたとき、なにがおきた? パック、その時のこと覚えているか?」
 パックは眉をひそめ、考え込む表情になった。全員がパックの言葉を待っている。
「あのとき……剣に触れたとき、なんだか懐かしい気分になった……変なこと言うようだけど、あの剣がおれのもののような気がして……」
 ホルストは腕をくんだ。
「やはりそうか。お前は伝説の勇者の生まれ変わりなのじゃ」
 全員、ホルストの言葉にあっけにとられた。
 ホルンがつぶやいた。
「パックが勇者の生まれ変わり?」
「そうじゃ。勇者はこのロロ村に骨をうずめた。いずれ魔王が復活することを予測しておったのじゃろう。
 魔王は封魔の剣で封印されたが、滅ぼしたわけではなかった。いずれ魔王を真に滅ぼすための機会を待ったのじゃ。
 勇者の子孫はその使命をうけ、剣に触れる儀式をつくりだした。
 やがてその儀式は勇者に感謝するということに変わったが……しかし勇者の血は脈々とこの村に流れておった。おそらくパックは勇者の血をもっとも濃く受け継いでおるのじゃろう。そのため、封魔の剣は魔王を解放したのじゃ。勇者の子孫によって、こんどは完全に魔王を滅ぼすためにな。
 パック、お前は魔王を滅ぼすための使命を享けたのじゃよ」
「そんな、おれ……まさか……!」
 全員の注目をあび、パックは真っ赤になった。
 ホルストはふたたび口を開いた。
「気の毒にな、パック。しかし魔王を解放してしまったことは事実じゃ。そのことに正面から向き合うべきじゃ」
「でも、どうすればいいんです。どうすれば、おれが魔王を滅ぼせるんです?」
「封魔の剣じゃ! あれは勇者が魔王を滅ぼすため鍛えあげた剣じゃ。おそらく、あれが鍵となる」
「しかし剣は折れてしまった」
 ホルンが壁にかけられた剣を見てつぶやいた。
 ホルストはうなずいた。
「そうじゃ、剣は折れてしもうておる。しかし、剣をふたたび鍛えなおす方法があるはずじゃ。パック、お前はそれを見つけなくてはならん」
「パックにそんな責任が?」
 ホルンはホルストを見つめ、怒ったようにささやいた。
 ホルストは肩をすくめた。
「しかたがない。すべては宿命なのじゃよ」
 全員、黙りこんだ。みなの想いは伝説の勇者におよんでいるようだった。
 やがてパックは顔をあげ、口を開いた。
「父さん、メイサ叔母さん。おれ、その責任を果たすよ。おれ、魔王を滅ぼして見せる!」
「パック……」
 なにか言いかけたが、ホルンは口を閉ざした。
 パックはメイサを見て言葉を重ねた。
「そしてミリィを連れ戻してあげる。叔母さん、おれ、なんとしてもミリィを取り戻すよ!」
 メイサの目に涙があふれた。
「ありがとう、パック……」
 ホルンが立ち上がった。
「今夜はもう、遅い。これからのことは、明日また話し合おう。良い知恵も、こんな暗いなかでは浮かばんからな」
 メイサはうなずき、ホルンにうながされ家へ帰っていった。
 ニコラも立ち上がり、ホルストにむかって話しかけた。
「それがいい。わしはホルストさんに少々聞きたいことがあるんじゃ」
「わしに?」
「そうじゃ。いまでもわしは魔王とか、魔法とか信じられないが、今日起きたことは起きたことで事実を検証する必要がある。あんたには悪いが、それを確かめるため協力してもらいたい。それがパックのためになるからな」
「わかった。協力しよう」
 立ち上がったニコラ博士は、奇妙な笑い顔になった。
「しかしあのテスラが帝国の科学省長官だとはな……今日、最大の驚きじゃよ!」
 ふたりして出て行くとき、ホルストはパックをふり返った。
「パック。早まった行動をしてはならんぞ。すぐにミリィを探しに行こう、など考えてはおらんじゃろうな?」
 ホルストの言葉は図星だった。
 その顔を見て、ホルストはうなずいた。
「お前の気持ちもわかるが、少し待っておくれ。良い考えが浮かんだら、知らせるから、それまで待つのじゃ。よいな!」
 パックはうなずいた。
 全員出て行ったあとで、パックはずしりと肩にのしかかった責任の重さに打ちひがれる想いだった。
 魔王を滅ぼす?
 このおれが……?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

帝国の王子は無能だからと追放されたので僕はチートスキル【建築】で勝手に最強の国を作る!

黒猫
ファンタジー
帝国の第二王子として生まれたノルは15才を迎えた時、この世界では必ず『ギフト授与式』を教会で受けなくてはいけない。 ギフトは神からの祝福で様々な能力を与えてくれる。 観衆や皇帝の父、母、兄が見守る中… ノルは祝福を受けるのだが…手にしたのはハズレと言われているギフト…【建築】だった。 それを見た皇帝は激怒してノルを国外追放処分してしまう。 帝国から南西の最果ての森林地帯をノルは仲間と共に開拓していく… さぁ〜て今日も一日、街作りの始まりだ!!

異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました

ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。 会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。 タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。

無能とされた双子の姉は、妹から逃げようと思う~追放はこれまでで一番素敵な贈り物

ゆうぎり
ファンタジー
私リディアーヌの不幸は双子の姉として生まれてしまった事だろう。 妹のマリアーヌは王太子の婚約者。 我が公爵家は妹を中心に回る。 何をするにも妹優先。 勿論淑女教育も勉強も魔術もだ。 そして、面倒事は全て私に回ってくる。 勉強も魔術も課題の提出は全て代わりに私が片付けた。 両親に訴えても、将来公爵家を継ぎ妹を支える立場だと聞き入れて貰えない。 気がつけば私は勉強に関してだけは、王太子妃教育も次期公爵家教育も修了していた。 そう勉強だけは…… 魔術の実技に関しては無能扱い。 この魔術に頼っている国では私は何をしても無能扱いだった。 だから突然罪を着せられ国を追放された時には喜んで従った。 さあ、どこに行こうか。 ※ゆるゆる設定です。 ※2021.9.9 HOTランキング入りしました。ありがとうございます。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

処理中です...