蒸汽帝国~真鍮の乙女~

万卜人

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日常

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 歩いていると、いつしかパックの足はニコラ博士の家に向かっていた。
 そういえば、あれから顔を出していないな、と考え、パックは思い切って尋ねることにした。金色の少女、マリアのことも気になるし。
 博士の家はかなり修復されているようだった。
 壁のひび割れはまだ残っているし、屋根瓦も大部分落ちたままだ。だが窓ガラスには新しいガラスがはまっていて、無残な印象は薄れていた。
 玄関のドアの前に立つと、いきなりニコラ博士の声がした。
「パックか? よく来たな」
 声だけで姿はない。
 どこから聞こえているのか、パックはきょろきょろとあたりを見回した。
「なにをしておる。さっさと入って来い。ドアは開いているぞ」
 ドアのノブを掴み、開くと、ドアの上の方になにか望遠鏡の一部のようなものが見えた。レンズが動いて、パックを狙っている。
 いつものように地下室に行くと、博士は見慣れない機械の前に座っていた。
「こんにちわ、ニコラ博士、それ、新しい機械ですか?」
 パックがそう言うと、博士はくすぐったそうな顔になった。
 誰かに自慢したいときの表情であることを、パックはすぐわかった。
 机の上にダイヤルや、つまみが沢山ついたコンソールがあり、その上に窓のようなものがある。窓には、家の中から見た玄関前の景色が映っていた。
「これを操作していたら、お前の姿が見えたんでな。ちょっと声をかけたわけなんじゃ」
 そう言ってニコラ博士は、コンソールのつまみを動かした。窓の景色がゆっくりと横に動き、隣りの家の前庭が映し出される。
「わあ、すごいや……これ、どこでも映せるんですか?」
「カメラのレンズがあるところならな。今のところレンズがあるのは玄関前だけだから、そこしか映すことはできんが、もっとレンズを増やせば村中のことがわかるぞ」
「声は? 博士の声だけ聞こえたけど」
「こいつを使う」
 博士は、喇叭のようなものを見せた。
「これに向かって話せば、遠く離れたところへ声だけ送ることができるのじゃ。レンズにはこれとおなじものがついているから、会話もできるのじゃ」
 パックは素直に感心した。
「すごいや。まるで魔法ですね」
 この言葉を聞くと、博士は眉をしかめ指をふった。
「違うぞ、パック。これは科学じゃ! 魔法などという非科学的なものではない。第一、魔法なんてものは子供のお話しに出てくるだけのことで、実際には存在しないぞ」
「でもホルストさんは魔法を使えるんです」
 博士は目を丸くした。
「なんのことじゃ?」
 そこでパックは山でおきたことを説明した。
 ニコラは難しい顔になった。
「それはたぶん、なにかの奇術ではないのかな? その老人が、お前たちを驚かせるため手品かなんか、使ったのに違いないわい」
 博士は喋っているうち怒りがつのってきたらしく、興奮して腕をふりまわした。
「けしからん! 子供をそんな手品などで騙すとは! 一度、意見しなくてはならんな」
「へえ……、じゃそのホルストさんに頼んで、一度博士と会うよう話してみますよ。ホルストさんの魔法が本物かどうか、試してください」
 博士はうなずき、ホルストの魔法の真偽について科学的な立証をしてみせるとうけあった。
 面白いことになってきた。
 パックはその日が楽しみだと思った。
 実際にホルストの魔法を眼にしたとき、博士がどんなことを言うのだろう。
 パックは地下室を見渡し、すっかりかたずいていることに気づいた。
「きれいになったんですね」
「ああ、なんとか実験を再開できるまでにこぎつけた。そろそろ次の実験にとりかかってもいいころだ」
 そう言うと、ニコラ博士は台の上のマリアを見やった。
 相変わらず金色の人形は、台の上で静かに眠っている。
 真鍮でできた彼女の身体は、ぴかぴかに磨き上げられ、まわりのメーターや、ランプの光を受けて輝いていた。
 博士はパックの肩を叩いた。
「再開のときは、パック。お前にも手伝ってもらわんとな!」
 パックはうなずいた。
 すっかりヘロヘロのことは念頭からさっていた。
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