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第十二話 開戦! 編集作業
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何も起きなかった。
魔法使いたちの振り上げた杖の先からは、微かな煙や、ぱちぱちと静電気のような音がするだけである。恐ろしげな電光や、燃え盛る火球など、一切、何一つ出てこない。
魔法使いたちは、見るからに狼狽し、それまで深く被っていたフードを勢いよく撥ね上げていた。
フードから出現した魔法使いたちの顔は、奇妙に同じように見える。まるで同じ鋳型から造られた、同じ顔に見えた。
禁欲的な表情、げっそりと痩けた頬。頭はつるつるに剃り上げていて、両目は狂的な光を湛えている。
「ば、馬鹿なっ!」
一人の魔法使いが呻いた。剃り上げた頭頂部から、べっとりと大量の汗が噴き出していた。
背後のバートル軍の兵士たちが、そろりと魔法使いたちに迫ってきた。視線は魔法使いたちが構えている杖に注がれている。
「どうしたのけ? あんたら、いつもの力は、どうしたんだあ?」
兵士の一人が、わざとらしいのんびりとした口調で声を掛けた。顔には嘲りの表情が浮かんでいる。
魔法使いの一人が、満面を朱に染め、怒りの形相も物凄く、兵士たちを睨み据えた。蟀谷には、ぴくぴくと太い血管が浮いている。
兵士たちは、魔法使いの怒りの視線に、僅かに浮き足立った。
「くわ──っ!」
魔法使いは絶叫し、杖を味方の兵士たちに向けた。
ぽ……!
目に見えるか、見えないか、判らないほど微かな煙が、杖の先から立ち上がる。魔法使いは焦り、何度も杖を振るが、効果は一切なかった。
これが市川の考えた「最終兵器」だ!
バートル軍の兵士に、物欲を生じさせた結果、魔法使いたちへの忠誠心が揺らいだ。欲望がバートル軍兵士たちを堕落させ、精神への支配から脱しさせたのだ。
「あんたら、力がなくなったんだ! もう、魔法使いでも何でもねえ!」
嬉しげな歓声が、兵士たちから上がる。兵士たちの視線には、憎しみが浮かんでいた。
「今まで散々、あんたらには色々と世話になっただ……本当っに、お前ら、おらたちを絞り上げてくれただよ!」
ずい、と兵士たちは足並みを揃え、魔法使いたちとの距離を詰めた。魔法使いたちの顔に、一瞬の怯みが見えた。
しかし、すぐ、支配者としての誇りが頭をもたげる。
「何を貴様ら……平民のくせに……」
「偉そうな口、利くんじゃねえっ!」
兵士たちの間に殺気が走った。
「やっちまえ! こいつら、今まで、おらたちを馬鹿にしてきたんだ! 魔法が使えねえ奴らなんか、怖くねえどっ!」
おうっ! と全員が気を揃え、どどっと足音を立て、魔法使いたちを取り囲んだ。
「わわわっ!」
魔法使いたちは、おろおろと悲鳴を上げる。もはや、兵士たちを威伏させていた権威の衣は、すっかり剥げ落ちている。
「たっ、助けてくれーっ!」
腰が砕けた、見っともない格好で、ばたばたと逃げ出す。兵士たちは、顔中に殺意の喜びを浮かべ、一斉に掴みかかった。
その時、ステージで成り行きを見守っていたトミーが動き出した。
ぱん、ぱん、ぱんと両手を頭の上でゆっくりと叩いて、一同の注目を集める。
「皆さ──んっ! 暴力はいけません。お平らに、お平らに!」
兵士たちは何事かと顔を上げる。
「ええ、皆さん。お疲れではありませんか? お怒りはごもっとも思いますが、暴力はいけませんよ。それより、お疲れでしょう。こんなのは、いかがでげしょう?」
さっとトミーが合図すると、バニーガールのアシスタントが、舞台の下手から、何やら幾つもの樽を台車に載せて運んできた。
兵士たちの表情が一変する。
「酒だ……」
兵士たちの間から「おう!」と歓声が上がる。
トミーは頷く。
「はい、皆さんのために、宴会の準備を整えてまいりました。戦いは一時中断して、陽気にやりましょうや!」
再度トミーが合図すると、演台で待ち構えていたバンドが、楽器を手に、演奏を開始した。
演奏しているのは、いかにも田舎風の音楽である。兵士たちの顔に、開けっ広げな笑みが浮かぶ。
トミーは、ドーデン軍にも声を掛ける。
「そちらの皆さんも一緒にどうでげす?」
ドーデン軍は、おずおずと立ち上がり、お互いの顔を盗み見合った。
兵士の視線は、部隊を指揮する、部隊長に向かっている。ドーデン軍の部隊長や、その上の指揮官たちは、上空に停泊している空中空母を見上げていた。
通信士官が顔を上げ、指揮官に叫んだ。
「空母御座乗のアラン王子殿下より入電! もはや、戦闘の理由はなくなった! ゆえに、これより一同に休暇を命ず……です!」
ドーデン軍の緊張が、一瞬にして解けた。指揮官たちは軽く頷き、部隊長に顎をしゃくって参加するよう指示する。兵士たちの間から、嬉しげな嬌声が上がる。
ドーデン軍と、バートル軍の兵士たちは、ステージに駆け上がり、並べられた酒樽を仲良く、えっちらおっちらと地面に運ぶ。栓が抜かれ、各々手にしたコップに、なみなみと液体が注がれた。
誰ともなく乾杯の音頭が上がり、戦場はあっという間に宴会場に様変わりする。
魔法使いたちは手早くバートル軍の兵士たちによって縛り上げられ、宴会の薄暗がりに放って置かれている。
誰かが故郷の歌を歌い出し、手拍子が加わり、気の利いた兵士が空き地に薪を運び上げ、焚き火が燃え上がった。
まさに、呉越同舟である。
魔法使いたちの振り上げた杖の先からは、微かな煙や、ぱちぱちと静電気のような音がするだけである。恐ろしげな電光や、燃え盛る火球など、一切、何一つ出てこない。
魔法使いたちは、見るからに狼狽し、それまで深く被っていたフードを勢いよく撥ね上げていた。
フードから出現した魔法使いたちの顔は、奇妙に同じように見える。まるで同じ鋳型から造られた、同じ顔に見えた。
禁欲的な表情、げっそりと痩けた頬。頭はつるつるに剃り上げていて、両目は狂的な光を湛えている。
「ば、馬鹿なっ!」
一人の魔法使いが呻いた。剃り上げた頭頂部から、べっとりと大量の汗が噴き出していた。
背後のバートル軍の兵士たちが、そろりと魔法使いたちに迫ってきた。視線は魔法使いたちが構えている杖に注がれている。
「どうしたのけ? あんたら、いつもの力は、どうしたんだあ?」
兵士の一人が、わざとらしいのんびりとした口調で声を掛けた。顔には嘲りの表情が浮かんでいる。
魔法使いの一人が、満面を朱に染め、怒りの形相も物凄く、兵士たちを睨み据えた。蟀谷には、ぴくぴくと太い血管が浮いている。
兵士たちは、魔法使いの怒りの視線に、僅かに浮き足立った。
「くわ──っ!」
魔法使いは絶叫し、杖を味方の兵士たちに向けた。
ぽ……!
目に見えるか、見えないか、判らないほど微かな煙が、杖の先から立ち上がる。魔法使いは焦り、何度も杖を振るが、効果は一切なかった。
これが市川の考えた「最終兵器」だ!
バートル軍の兵士に、物欲を生じさせた結果、魔法使いたちへの忠誠心が揺らいだ。欲望がバートル軍兵士たちを堕落させ、精神への支配から脱しさせたのだ。
「あんたら、力がなくなったんだ! もう、魔法使いでも何でもねえ!」
嬉しげな歓声が、兵士たちから上がる。兵士たちの視線には、憎しみが浮かんでいた。
「今まで散々、あんたらには色々と世話になっただ……本当っに、お前ら、おらたちを絞り上げてくれただよ!」
ずい、と兵士たちは足並みを揃え、魔法使いたちとの距離を詰めた。魔法使いたちの顔に、一瞬の怯みが見えた。
しかし、すぐ、支配者としての誇りが頭をもたげる。
「何を貴様ら……平民のくせに……」
「偉そうな口、利くんじゃねえっ!」
兵士たちの間に殺気が走った。
「やっちまえ! こいつら、今まで、おらたちを馬鹿にしてきたんだ! 魔法が使えねえ奴らなんか、怖くねえどっ!」
おうっ! と全員が気を揃え、どどっと足音を立て、魔法使いたちを取り囲んだ。
「わわわっ!」
魔法使いたちは、おろおろと悲鳴を上げる。もはや、兵士たちを威伏させていた権威の衣は、すっかり剥げ落ちている。
「たっ、助けてくれーっ!」
腰が砕けた、見っともない格好で、ばたばたと逃げ出す。兵士たちは、顔中に殺意の喜びを浮かべ、一斉に掴みかかった。
その時、ステージで成り行きを見守っていたトミーが動き出した。
ぱん、ぱん、ぱんと両手を頭の上でゆっくりと叩いて、一同の注目を集める。
「皆さ──んっ! 暴力はいけません。お平らに、お平らに!」
兵士たちは何事かと顔を上げる。
「ええ、皆さん。お疲れではありませんか? お怒りはごもっとも思いますが、暴力はいけませんよ。それより、お疲れでしょう。こんなのは、いかがでげしょう?」
さっとトミーが合図すると、バニーガールのアシスタントが、舞台の下手から、何やら幾つもの樽を台車に載せて運んできた。
兵士たちの表情が一変する。
「酒だ……」
兵士たちの間から「おう!」と歓声が上がる。
トミーは頷く。
「はい、皆さんのために、宴会の準備を整えてまいりました。戦いは一時中断して、陽気にやりましょうや!」
再度トミーが合図すると、演台で待ち構えていたバンドが、楽器を手に、演奏を開始した。
演奏しているのは、いかにも田舎風の音楽である。兵士たちの顔に、開けっ広げな笑みが浮かぶ。
トミーは、ドーデン軍にも声を掛ける。
「そちらの皆さんも一緒にどうでげす?」
ドーデン軍は、おずおずと立ち上がり、お互いの顔を盗み見合った。
兵士の視線は、部隊を指揮する、部隊長に向かっている。ドーデン軍の部隊長や、その上の指揮官たちは、上空に停泊している空中空母を見上げていた。
通信士官が顔を上げ、指揮官に叫んだ。
「空母御座乗のアラン王子殿下より入電! もはや、戦闘の理由はなくなった! ゆえに、これより一同に休暇を命ず……です!」
ドーデン軍の緊張が、一瞬にして解けた。指揮官たちは軽く頷き、部隊長に顎をしゃくって参加するよう指示する。兵士たちの間から、嬉しげな嬌声が上がる。
ドーデン軍と、バートル軍の兵士たちは、ステージに駆け上がり、並べられた酒樽を仲良く、えっちらおっちらと地面に運ぶ。栓が抜かれ、各々手にしたコップに、なみなみと液体が注がれた。
誰ともなく乾杯の音頭が上がり、戦場はあっという間に宴会場に様変わりする。
魔法使いたちは手早くバートル軍の兵士たちによって縛り上げられ、宴会の薄暗がりに放って置かれている。
誰かが故郷の歌を歌い出し、手拍子が加わり、気の利いた兵士が空き地に薪を運び上げ、焚き火が燃え上がった。
まさに、呉越同舟である。
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