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第十二話 開戦! 編集作業
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会合地点から反転し、ドーデン軍は勇躍、バートル国との戦闘が予想される会戦地を目指して進軍を続けていた。
偵察機を先行させ、バートル国はドーデン帝国との国境付近に集結しつつあるのを確認する。おそらく国境地帯の山岳部を掩蔽として布陣するのだろう。
偵察機は空中から、バートル国の進軍の様子を克明に撮影して、無線で送信してきた。
泥縄ではあるが、市川と山田は、ドーデン帝国の設定を、の社会風俗は十九世紀末で、科学技術は二十世紀始めという設定から、もう少し進んだ、二十世紀中葉頃に設定し直していた。
いや、もしかしたら、もっと進んでいるかもしれない。
二人がいる空中空母の艦橋は、完全な閉鎖式で、外部の眺めは、空母に何箇所も設置されている、テレビ・カメラが撮影した映像を、巨大な平面スクリーンに投影する方式を採用している。
しかもカラーだ! スクリーンのテクノロジーだけ見れば、明らかに二十世紀末の液晶モニター技術が不可欠である。科学考証に突っ込みを入れたがるマニアの「ほほお……平面スクリーンですか!」という嘲りの声が、市川には聞こえてくるが、目を瞑る。
周りの計器は、わざと一九五〇年代のSF映画から脱け出たような、丸い針式で、クラシックな趣きを演出している。しかし艦橋の大部分を占める巨大モニターには、無数の数値や、グラフが外部の景色に同時に表示されていて、そこだけはいかにも、今風のSFアニメである。
山田はあくまで十九世紀風の、帆船の内部のような艦橋にすべきだと主張したのだが、やはり、このほうが、実際にアニメになった場合、見栄えがいい。さらにぶっちゃけて内情を曝すと、このような巨大スクリーンを設定しておけば、レイアウトを兼用して、作画枚数を節約できる。
「バートル軍、確認! 国境山岳地帯を、縦走しつつあり! 三方向から集結中! 国境警備軍と、遭遇の報告!」
画面が切り替わり、地上の眺望となった。
場面は、国境を守る警備隊の様子を映し出している。地面に長々と塹壕が掘られ、丘の頂上には、所々に監視台が設けられて、数人の兵士が手に双眼鏡を持って、不安そうな顔付きで遠くを眺めている。
空はどんよりと曇り、景色は寒々としていた。
スクリーンを眺めながら市川は、いつも思うのだが、「戦場をモニターする画面を撮影するのは、誰なのだろう?」と考える。送信してくるからには、誰かが危険を犯して、カメラを操作しなければならない。無人カメラであっても、こちらかの指示でパンしたり、ズームする要員が必要である。
空中からの映像では判然としなかった、バートル軍の詳細が映し出される。
ぴょんぴょんと地面を跳ねるように、骨と皮だらけの竜が接近してくる。足はなく、真っ直ぐな尻尾で地面を打って、跳ねている。
竜そっくりだったが、実は巨大なタツノオトシゴだった。タツノオトシゴの背中には鞍があり、手に槍を抱えた兵士が乗っている。
竜騎兵だ! 以前見た重装騎兵ほど分厚い装甲はなく、動きは軽快である。
ずしんずしんと地面が震動し、遠くから巨人が近づいてくる。手にはごつごつと瘤のついた棍棒を握っている。身体は岩でできた、岩の巨人である。顔付きは魯鈍で、身動きも鈍重だが、無敵の力を誇るバートル国の攻撃の中核だ。
空の彼方からは、透明な四枚の羽根を持った、細長い生き物が接近してくる。巨大な複眼……。蜻蛉だ! 蜻蛉の背中にも、兵士が跨っている。蜻蛉は各々、脚の指に何か、石の固まりのような物を握っていた。
蜻蛉は握っていた石を、ぽとりと落とした。
石はひゅーっ、とまっしぐらに地面に落下した。落下したのは、警備隊の真ん中だった。
ぱかりと石は二つに割れ、中からわんわんと五月蠅く羽音を立て、何かが飛び出した。
わあーっ、と悲鳴を上げ、周りの兵士がばたばたと手足を打ち振り、踊るような足取りになって懸命に何かを払いのける。
石は蜂の巣だったのだ。飛び出したのは、熊蜂、雀蜂、足高蜂など、猛毒を持つ危険な種類の蜂ばかりである。
バートル軍の前衛が、ドーデン帝国の国境警備軍と衝突し、戦闘が始まる。丘陵の向こうからは、馬に乗った重装騎兵が、津波のように襲い掛かり、さらに後方には魔法使いたちが控えていた。
どかどかと地面を震わせ、岩の巨人が飛び込んできた。手にした棍棒を、唸りを上げて振り回す。棍棒の当たった先は、瞬時に粉々に砕け散る。
ドーデン軍は応戦を開始したが、帝国の誇る近代兵器は、バートル軍の奇妙な軍勢にはまったく効果がなかった。
銃弾を撃ち込んでも、岩の巨人の身体には、まったく効果はなく、跳ね返されるだけだ。
タツノオトシゴの竜騎兵は、ぴょんぴょんと地面を飛び跳ね、銃口の狙いがつけられない。数騎の竜騎兵が塹壕に飛び込み、タツノオトシゴに跨った兵士は、手にした湾曲した刀を滅茶苦茶に振り回す。たちまち、辺りに血飛沫が跳ね飛んだ!
絶叫が、画面の向こうから聞こえる。
ボルト提督は、画面を睨んで歯噛みした。
「糞! 生意気な……!」
提督の近くの司令長官席には、三村がゆったりと座っている。椅子の肘掛けに置いた三村の腕に、寄り添うエリカ姫がそっと手を重ねていた。ボルト提督は、二人の姿を眼にし、慌てて言い直す。
「いや! 敵とはいえ、中々に奮闘しておりますな! 感心、感心……!」
無理矢理どうにか、笑顔を作る。
ボルトは三村に向かい、訊ねかけた。
「アラン王子殿下……。司令長官として、総攻撃のご命令を賜りたく存じます」
三村はボルト提督に顔を向け、頷いた。
「よろしくお願いします。提督」
ボルトの顔が、興奮に赤らんだ。
さっと艦橋に向き直り、全身の力を振り絞って声を張り上げる。
「全軍、総攻撃を開始せよ!」
提督の号令により、艦橋全体にぴん、と緊張が張り詰めた。一斉に要員が手元の送話装置を取り上げ、あらかじめ打ち合わせしておいた命令を次々と部隊に伝達する。艦橋は一時に騒然となり、今までの静けさは、まるで、この時のために溜めていたかのようだ。
市川は艦橋の真ん中に立ち、息を呑んでいた。
いよいよだ……。
いよいよ、本格的な戦いが始まる。
偵察機を先行させ、バートル国はドーデン帝国との国境付近に集結しつつあるのを確認する。おそらく国境地帯の山岳部を掩蔽として布陣するのだろう。
偵察機は空中から、バートル国の進軍の様子を克明に撮影して、無線で送信してきた。
泥縄ではあるが、市川と山田は、ドーデン帝国の設定を、の社会風俗は十九世紀末で、科学技術は二十世紀始めという設定から、もう少し進んだ、二十世紀中葉頃に設定し直していた。
いや、もしかしたら、もっと進んでいるかもしれない。
二人がいる空中空母の艦橋は、完全な閉鎖式で、外部の眺めは、空母に何箇所も設置されている、テレビ・カメラが撮影した映像を、巨大な平面スクリーンに投影する方式を採用している。
しかもカラーだ! スクリーンのテクノロジーだけ見れば、明らかに二十世紀末の液晶モニター技術が不可欠である。科学考証に突っ込みを入れたがるマニアの「ほほお……平面スクリーンですか!」という嘲りの声が、市川には聞こえてくるが、目を瞑る。
周りの計器は、わざと一九五〇年代のSF映画から脱け出たような、丸い針式で、クラシックな趣きを演出している。しかし艦橋の大部分を占める巨大モニターには、無数の数値や、グラフが外部の景色に同時に表示されていて、そこだけはいかにも、今風のSFアニメである。
山田はあくまで十九世紀風の、帆船の内部のような艦橋にすべきだと主張したのだが、やはり、このほうが、実際にアニメになった場合、見栄えがいい。さらにぶっちゃけて内情を曝すと、このような巨大スクリーンを設定しておけば、レイアウトを兼用して、作画枚数を節約できる。
「バートル軍、確認! 国境山岳地帯を、縦走しつつあり! 三方向から集結中! 国境警備軍と、遭遇の報告!」
画面が切り替わり、地上の眺望となった。
場面は、国境を守る警備隊の様子を映し出している。地面に長々と塹壕が掘られ、丘の頂上には、所々に監視台が設けられて、数人の兵士が手に双眼鏡を持って、不安そうな顔付きで遠くを眺めている。
空はどんよりと曇り、景色は寒々としていた。
スクリーンを眺めながら市川は、いつも思うのだが、「戦場をモニターする画面を撮影するのは、誰なのだろう?」と考える。送信してくるからには、誰かが危険を犯して、カメラを操作しなければならない。無人カメラであっても、こちらかの指示でパンしたり、ズームする要員が必要である。
空中からの映像では判然としなかった、バートル軍の詳細が映し出される。
ぴょんぴょんと地面を跳ねるように、骨と皮だらけの竜が接近してくる。足はなく、真っ直ぐな尻尾で地面を打って、跳ねている。
竜そっくりだったが、実は巨大なタツノオトシゴだった。タツノオトシゴの背中には鞍があり、手に槍を抱えた兵士が乗っている。
竜騎兵だ! 以前見た重装騎兵ほど分厚い装甲はなく、動きは軽快である。
ずしんずしんと地面が震動し、遠くから巨人が近づいてくる。手にはごつごつと瘤のついた棍棒を握っている。身体は岩でできた、岩の巨人である。顔付きは魯鈍で、身動きも鈍重だが、無敵の力を誇るバートル国の攻撃の中核だ。
空の彼方からは、透明な四枚の羽根を持った、細長い生き物が接近してくる。巨大な複眼……。蜻蛉だ! 蜻蛉の背中にも、兵士が跨っている。蜻蛉は各々、脚の指に何か、石の固まりのような物を握っていた。
蜻蛉は握っていた石を、ぽとりと落とした。
石はひゅーっ、とまっしぐらに地面に落下した。落下したのは、警備隊の真ん中だった。
ぱかりと石は二つに割れ、中からわんわんと五月蠅く羽音を立て、何かが飛び出した。
わあーっ、と悲鳴を上げ、周りの兵士がばたばたと手足を打ち振り、踊るような足取りになって懸命に何かを払いのける。
石は蜂の巣だったのだ。飛び出したのは、熊蜂、雀蜂、足高蜂など、猛毒を持つ危険な種類の蜂ばかりである。
バートル軍の前衛が、ドーデン帝国の国境警備軍と衝突し、戦闘が始まる。丘陵の向こうからは、馬に乗った重装騎兵が、津波のように襲い掛かり、さらに後方には魔法使いたちが控えていた。
どかどかと地面を震わせ、岩の巨人が飛び込んできた。手にした棍棒を、唸りを上げて振り回す。棍棒の当たった先は、瞬時に粉々に砕け散る。
ドーデン軍は応戦を開始したが、帝国の誇る近代兵器は、バートル軍の奇妙な軍勢にはまったく効果がなかった。
銃弾を撃ち込んでも、岩の巨人の身体には、まったく効果はなく、跳ね返されるだけだ。
タツノオトシゴの竜騎兵は、ぴょんぴょんと地面を飛び跳ね、銃口の狙いがつけられない。数騎の竜騎兵が塹壕に飛び込み、タツノオトシゴに跨った兵士は、手にした湾曲した刀を滅茶苦茶に振り回す。たちまち、辺りに血飛沫が跳ね飛んだ!
絶叫が、画面の向こうから聞こえる。
ボルト提督は、画面を睨んで歯噛みした。
「糞! 生意気な……!」
提督の近くの司令長官席には、三村がゆったりと座っている。椅子の肘掛けに置いた三村の腕に、寄り添うエリカ姫がそっと手を重ねていた。ボルト提督は、二人の姿を眼にし、慌てて言い直す。
「いや! 敵とはいえ、中々に奮闘しておりますな! 感心、感心……!」
無理矢理どうにか、笑顔を作る。
ボルトは三村に向かい、訊ねかけた。
「アラン王子殿下……。司令長官として、総攻撃のご命令を賜りたく存じます」
三村はボルト提督に顔を向け、頷いた。
「よろしくお願いします。提督」
ボルトの顔が、興奮に赤らんだ。
さっと艦橋に向き直り、全身の力を振り絞って声を張り上げる。
「全軍、総攻撃を開始せよ!」
提督の号令により、艦橋全体にぴん、と緊張が張り詰めた。一斉に要員が手元の送話装置を取り上げ、あらかじめ打ち合わせしておいた命令を次々と部隊に伝達する。艦橋は一時に騒然となり、今までの静けさは、まるで、この時のために溜めていたかのようだ。
市川は艦橋の真ん中に立ち、息を呑んでいた。
いよいよだ……。
いよいよ、本格的な戦いが始まる。
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