60 / 80
第十一話 混乱の撮影出し
4
しおりを挟む
部屋から外へ出て、市川は気分を変えるために飛行船の食堂を目指した。飛行船は空飛ぶホテルとして設計されていて、豪華な食堂も完備されている。
真っ赤なお仕着せを身につけた給仕に、市川は珈琲を頼んだ。珈琲、紅茶など、嗜好品は『蒸汽帝国』の世界では何でもある。現実の世界と、どう歴史が違うのか判らないが、嗜好品に関しては、同じ歴史を歩んでいるようだった。
珈琲が運ばれ、市川は腕を組んだ。頭の中には、これから設定しなければならない、ドーデン帝国の兵器、装備品のアイディアが渦巻いている。
まだ、頭の中で、はっきりと纏まっていない。とはいえ、こうしてぼんやりと窓の外を眺めながら、ひと時を過ごすのも、アイディアを練る方法だ。テレビのワイド・ショーなんかを頭を空っぽにして見るのが、一番アイディアが出るのだが。
しかし、『蒸汽帝国』の世界ではテレビは存在しない。我慢しなければならない……。
待てよ?
市川は首を捻った。
もし『蒸汽帝国』の世界に、テレビが存在するという設定にすれば、この瞬間からテレビが出現するのだろうか?
と、市川の鼻に、香水の甘い香りが漂ってきた。
気付くと、エリカ姫が側に立っている。
「お邪魔でしょうか?」
エリカ姫は真剣な眼差しで、じっと市川の顔を見詰めている。身につけているのは、洋子が見繕ったらしい、薄緑色のワンピースであった。
襟ぐりが深く、エリカの胸元からは、谷間がもろ見えになっている。洋子の趣味だろうが、ちょっと色っぽすぎる!
市川は、なぜかうろたえていた。視線が、エリカの胸元に行きそうになると、無理矢理やっとの思いで引き剥がす。
視線を引き剥がすとき「べりべりばりばり」と、音が響きそうだ!
「え、ええ……どうぞ!」
エリカ姫は、流れるような動作で、市川の真向かいの椅子に腰を降ろす。
市川は、この世界では、女性が座るとき、椅子を後ろから引くのが礼儀であるのを思い出していた。だが、すでにエリカ姫は座っているので、手遅れである。
エリカ姫は真っ直ぐ背を伸ばし、大きな瞳を、じっと市川の顔に向けている。市川は落ち着きをなくしていた。
「あのう……おれに、いや、僕に何か、用ですか?」
「あなたがた、ドーデン帝国の武器を設定するのでしょう?」
いきなり、ズバリと切り出され、市川は大いに動揺した。全身が化石となったかのように、指一本たりとも動けない。
「ど、ど、どうして……つまり、あんたは……?」
掠れ声で、やっと言葉を押し出す。
気がつくと、市川は両拳を、ぎゅっと握りしめていた。
エリカは頷いた。
「聞いたのです。あなたがたの相談を。あなたがたが、設定を描くと、それが現実になるのでしょう? 違いますか?」
市川は言葉もなく、エリカ姫の顔を見詰めているだけだった。浅黒い、といっていいエリカ姫の肌は滑らかで、大きな瞳と、きゅっと窄まった顎。どことなく、小栗鼠を思わせる、野性的な表情をしている。
エリカが艶やかな笑みを浮かべた。その場に、ぱああっ、と光が差したように、市川は感じていた。
「わたしは、田中絵里香としての記憶もあるんですよ! それで、あなたがたの相談を盗み聞きして、すべて納得しました。あなたがた、アニメのスタッフなんですね! 平ちゃん……つまり、新庄さんに事情は聞きましたが、その時は判らなかったんです。でも、今は理解できます。あなたがたの設定で、この世界は変化します。となると、あなたがたは、神に等しい力を持つのではないでしょうか?」
吃驚仰天! 驚天動地! 奇怪痛快、奇天烈壮絶! 驚き桃の木、山椒の木だ!
エリカの指摘は、市川に新たな地平を啓いて見せてくれた!
「つ、つ、つまり、おれたちが……?」
エリカは静かに頷いた。
「そうです。あなたがたの設定次第で、ドーデン帝国も、バートル国も命運が決まります! ですから、あなたに是非とも頼みたいお願いがあるのです!」
「お、おれに……?」
市川は、もう「僕に」なんてお行儀のいい返事をする気も喪失していた。
エリカは何を言い出すつもりだろう?
「バートル国の設定も、して欲しいのです!」
エリカは身体を傾かせ、顔を市川に向け、近々と寄せてきた。ほんのりと甘い、エリカの香水が市川の鼻をくすぐる。
市川はエリカの香水に包まれ、ぼうっとなっていた。
「わたしは、バートル国の姫君として設定されました。当然、バートル国への愛着が生じます。わたしは、バートル国を救いたい! ドーデン帝国との戦争で、一方的にバートル国が負けるような展開は望みません」
エリカは囁くように話しかけていた。市川の耳もとに口を近づけ、恋人が囁くかのような口調で話しかけてくる。
「前にもお話ししましたが、わたしは『導師』と呼ばれるバートル国を支配する者に、アラン王子を殺害するよう暗示を掛けられていました。バートル国は『導師』の精神的支配に、雁字搦めになっています! ですから、『導師』の軛を、わたしは解き放ちたい! それには、あなたがたの設定が必要なんです!」
市川の視界一杯を、エリカの瞳が占領していた。市川はエリカの瞳に麻痺されたかのようで、身動きもできなかった。
と、出し抜けにエリカが身を引いた。
金縛りに掛かっていた市川は、ぶるぶるっと頭を振って息を吸い込んだ。
「お願いします。どうか、わたしの願いを叶えて下さいませ」
一礼して、エリカは足音もなく、その場を立ち去っていく。見送った市川は、凍りついた。
食堂出口に、腕を組んで、市川を、じいっ、と睨んでいる洋子の視線があった。遠ざかるエリカの背中を、洋子は意味ありげに見送る。
「へえ! そうなんだ!」
洋子は、嘲るような口調で言い放つ。
「な、何がだよ!」
市川は、なぜか度を失っていた。
「別に……」
プイ、と横を向いて、洋子は足音をわざと立て、足早に去っていく。
洋子を見送る市川は、なぜか猛烈に腹が立ってきた。
へっ! なあんでえっ!
真っ赤なお仕着せを身につけた給仕に、市川は珈琲を頼んだ。珈琲、紅茶など、嗜好品は『蒸汽帝国』の世界では何でもある。現実の世界と、どう歴史が違うのか判らないが、嗜好品に関しては、同じ歴史を歩んでいるようだった。
珈琲が運ばれ、市川は腕を組んだ。頭の中には、これから設定しなければならない、ドーデン帝国の兵器、装備品のアイディアが渦巻いている。
まだ、頭の中で、はっきりと纏まっていない。とはいえ、こうしてぼんやりと窓の外を眺めながら、ひと時を過ごすのも、アイディアを練る方法だ。テレビのワイド・ショーなんかを頭を空っぽにして見るのが、一番アイディアが出るのだが。
しかし、『蒸汽帝国』の世界ではテレビは存在しない。我慢しなければならない……。
待てよ?
市川は首を捻った。
もし『蒸汽帝国』の世界に、テレビが存在するという設定にすれば、この瞬間からテレビが出現するのだろうか?
と、市川の鼻に、香水の甘い香りが漂ってきた。
気付くと、エリカ姫が側に立っている。
「お邪魔でしょうか?」
エリカ姫は真剣な眼差しで、じっと市川の顔を見詰めている。身につけているのは、洋子が見繕ったらしい、薄緑色のワンピースであった。
襟ぐりが深く、エリカの胸元からは、谷間がもろ見えになっている。洋子の趣味だろうが、ちょっと色っぽすぎる!
市川は、なぜかうろたえていた。視線が、エリカの胸元に行きそうになると、無理矢理やっとの思いで引き剥がす。
視線を引き剥がすとき「べりべりばりばり」と、音が響きそうだ!
「え、ええ……どうぞ!」
エリカ姫は、流れるような動作で、市川の真向かいの椅子に腰を降ろす。
市川は、この世界では、女性が座るとき、椅子を後ろから引くのが礼儀であるのを思い出していた。だが、すでにエリカ姫は座っているので、手遅れである。
エリカ姫は真っ直ぐ背を伸ばし、大きな瞳を、じっと市川の顔に向けている。市川は落ち着きをなくしていた。
「あのう……おれに、いや、僕に何か、用ですか?」
「あなたがた、ドーデン帝国の武器を設定するのでしょう?」
いきなり、ズバリと切り出され、市川は大いに動揺した。全身が化石となったかのように、指一本たりとも動けない。
「ど、ど、どうして……つまり、あんたは……?」
掠れ声で、やっと言葉を押し出す。
気がつくと、市川は両拳を、ぎゅっと握りしめていた。
エリカは頷いた。
「聞いたのです。あなたがたの相談を。あなたがたが、設定を描くと、それが現実になるのでしょう? 違いますか?」
市川は言葉もなく、エリカ姫の顔を見詰めているだけだった。浅黒い、といっていいエリカ姫の肌は滑らかで、大きな瞳と、きゅっと窄まった顎。どことなく、小栗鼠を思わせる、野性的な表情をしている。
エリカが艶やかな笑みを浮かべた。その場に、ぱああっ、と光が差したように、市川は感じていた。
「わたしは、田中絵里香としての記憶もあるんですよ! それで、あなたがたの相談を盗み聞きして、すべて納得しました。あなたがた、アニメのスタッフなんですね! 平ちゃん……つまり、新庄さんに事情は聞きましたが、その時は判らなかったんです。でも、今は理解できます。あなたがたの設定で、この世界は変化します。となると、あなたがたは、神に等しい力を持つのではないでしょうか?」
吃驚仰天! 驚天動地! 奇怪痛快、奇天烈壮絶! 驚き桃の木、山椒の木だ!
エリカの指摘は、市川に新たな地平を啓いて見せてくれた!
「つ、つ、つまり、おれたちが……?」
エリカは静かに頷いた。
「そうです。あなたがたの設定次第で、ドーデン帝国も、バートル国も命運が決まります! ですから、あなたに是非とも頼みたいお願いがあるのです!」
「お、おれに……?」
市川は、もう「僕に」なんてお行儀のいい返事をする気も喪失していた。
エリカは何を言い出すつもりだろう?
「バートル国の設定も、して欲しいのです!」
エリカは身体を傾かせ、顔を市川に向け、近々と寄せてきた。ほんのりと甘い、エリカの香水が市川の鼻をくすぐる。
市川はエリカの香水に包まれ、ぼうっとなっていた。
「わたしは、バートル国の姫君として設定されました。当然、バートル国への愛着が生じます。わたしは、バートル国を救いたい! ドーデン帝国との戦争で、一方的にバートル国が負けるような展開は望みません」
エリカは囁くように話しかけていた。市川の耳もとに口を近づけ、恋人が囁くかのような口調で話しかけてくる。
「前にもお話ししましたが、わたしは『導師』と呼ばれるバートル国を支配する者に、アラン王子を殺害するよう暗示を掛けられていました。バートル国は『導師』の精神的支配に、雁字搦めになっています! ですから、『導師』の軛を、わたしは解き放ちたい! それには、あなたがたの設定が必要なんです!」
市川の視界一杯を、エリカの瞳が占領していた。市川はエリカの瞳に麻痺されたかのようで、身動きもできなかった。
と、出し抜けにエリカが身を引いた。
金縛りに掛かっていた市川は、ぶるぶるっと頭を振って息を吸い込んだ。
「お願いします。どうか、わたしの願いを叶えて下さいませ」
一礼して、エリカは足音もなく、その場を立ち去っていく。見送った市川は、凍りついた。
食堂出口に、腕を組んで、市川を、じいっ、と睨んでいる洋子の視線があった。遠ざかるエリカの背中を、洋子は意味ありげに見送る。
「へえ! そうなんだ!」
洋子は、嘲るような口調で言い放つ。
「な、何がだよ!」
市川は、なぜか度を失っていた。
「別に……」
プイ、と横を向いて、洋子は足音をわざと立て、足早に去っていく。
洋子を見送る市川は、なぜか猛烈に腹が立ってきた。
へっ! なあんでえっ!
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる