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第六話 怒涛の香盤表
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新庄に教えられた扉の前に立ち、軽くノックをする。すぐドアが開き、新庄が顔を出した。
首を突き出し、廊下に人気のないか確認すると、手を忙しく振って「入って来い!」と合図した。
執務室というわりには、新庄の個室は狭苦しい。間口二メートルほどの奥行きがひどく長い、鰻の寝床のような部屋である。
窓はなく、天井から壁を伝って、伝声管やら、ダクト、用途不明のパイプなどが数本、室内に伸びている。空気を循環させるためか、大きな換気扇が、からからと微かな音を立てている。
部屋のどんづまりには、デスクが設置されている。デスクの前には簡単な応接セットがあった。
新庄はデスクにちょこんと腰掛けると、市川たちに応接セットに座るよう指示した。
「さて、どうなってる? 演出部屋で妙な〝声〟が聞こえて、その後は、何が何だか判らなくなって……気がつくと、市川君が声を掛けてきた。それで全て思い出したのだが」
洋子が勢い込んで喋り出だした。
「あの〝声〟が、あたしたちを、この『蒸汽帝国』の世界へ連れて来たんだわ! 理由は、あたしたちに未完成の『蒸汽帝国』のストーリーを完成させるんだって!」
新庄の目はぐいっと見開かれたが、口許はしっかりと閉じられ、何も言わなかった。無言で先を促す。
今度は市川が、口を開いた。
「そうなんだ! おれたちが行動して存在しない『蒸汽帝国』のストーリーを進行させ、エンディングまで辿り着ければ、元の世界へ帰れるそうだ。だから、新庄さんを探していたんだ」
山田も身を乗り出し、会話に加わる。
「あと、三村君だ! おれたち四人と、三村君の五人でストーリーを進めなきゃならないらしい……」
新庄は頷き、やっと口を開いた。
「そうか……。しかし、訳が判らんな。なんでわざわざ、おれたちをこんな世界へ引っ攫うなどと七面倒臭い手間を掛ける必要がある? あんたらの話じゃ〝声〟は、まるで神様みたいな力がありそうじゃないか。神様なら、何でもできるんじゃないか?」
──わしは、神様なんかや、あらへん。
不意に〝声〟が響き渡り、四人はぎくりと天井を見上げた。
洋子の唇が「あの〝声〟よ!」と声を出さずに動く。山田は顔を真っ赤にさせ、新庄は凍りついた姿勢のまま、大きな両目をぐりぐりと動かしていた。
──仰山の人が同じ世界を思うと、その世界は現実のものになりますんや。ちょうど、この『蒸汽帝国』のように……。けど、肝心の木戸はんがストーリーをおっ放り出して、中断してしまったさけ、この世界は不安定でおますねや。このままでは『蒸汽帝国』の世界は消滅してしまいます。この世界に生きる数十億の人々とともに……。せやから、わしが非常手段を採らざるを得ないんや。あんたらが活躍してくれたら、この世界は本当のものになりますんや……。
堪らず、市川はすっくと立ち上がり、怒鳴った。
「あんたは誰だ! 神様じゃないとしたら、なぜ、おれたちを連れてくる?」
──だから、世話役のようなもんや。わしのでけるのは、限られておる。せいぜい、あんたらを連れてくるくらいが限界や。木戸はんがお手上げになったさかい、あんたらに代打を頼みたいんや。なんとか、この世界で活躍してもろうて、ストーリーを進めてくれんやろうか?
新庄が疑問を呈した。
「そのストーリーだが、どうやって進めるんだ? おれたちは誰一人、シナリオなど書いた経験はないぞ」
──もう始まってまっさ! あんたらの行動すべてが、『蒸汽帝国』のストーリーとなるんや! あんたらが行動する結果、この世界は自然な反応を起こす。ゆえに、あんたらは『蒸汽帝国』の主人公や!
新庄の腰掛けているデスクの表面に、出し抜けに一束の真新しい紙が出現した。背後の気配に、新庄は飛び上がった。
「な、な、なにを……?」
──あんたらの道具や。それを使って、お仕事しなはれ……。
再び〝声〟は遠ざかっていった。ふっつりと気配が跡絶え、四人は呆然としてお互いの顔を見合わせた。
市川はぎくしゃくと立ち上がった。緊張で、全身が、かちんこちんに強張っている。
デスクを覗き込むと、出現したのは動画用紙の束であった。十六対九の、ハイビジョン画面比率に合わせた用紙である。
市川は呟いた。
「これで、何をしろ、ってんだ?」
首を突き出し、廊下に人気のないか確認すると、手を忙しく振って「入って来い!」と合図した。
執務室というわりには、新庄の個室は狭苦しい。間口二メートルほどの奥行きがひどく長い、鰻の寝床のような部屋である。
窓はなく、天井から壁を伝って、伝声管やら、ダクト、用途不明のパイプなどが数本、室内に伸びている。空気を循環させるためか、大きな換気扇が、からからと微かな音を立てている。
部屋のどんづまりには、デスクが設置されている。デスクの前には簡単な応接セットがあった。
新庄はデスクにちょこんと腰掛けると、市川たちに応接セットに座るよう指示した。
「さて、どうなってる? 演出部屋で妙な〝声〟が聞こえて、その後は、何が何だか判らなくなって……気がつくと、市川君が声を掛けてきた。それで全て思い出したのだが」
洋子が勢い込んで喋り出だした。
「あの〝声〟が、あたしたちを、この『蒸汽帝国』の世界へ連れて来たんだわ! 理由は、あたしたちに未完成の『蒸汽帝国』のストーリーを完成させるんだって!」
新庄の目はぐいっと見開かれたが、口許はしっかりと閉じられ、何も言わなかった。無言で先を促す。
今度は市川が、口を開いた。
「そうなんだ! おれたちが行動して存在しない『蒸汽帝国』のストーリーを進行させ、エンディングまで辿り着ければ、元の世界へ帰れるそうだ。だから、新庄さんを探していたんだ」
山田も身を乗り出し、会話に加わる。
「あと、三村君だ! おれたち四人と、三村君の五人でストーリーを進めなきゃならないらしい……」
新庄は頷き、やっと口を開いた。
「そうか……。しかし、訳が判らんな。なんでわざわざ、おれたちをこんな世界へ引っ攫うなどと七面倒臭い手間を掛ける必要がある? あんたらの話じゃ〝声〟は、まるで神様みたいな力がありそうじゃないか。神様なら、何でもできるんじゃないか?」
──わしは、神様なんかや、あらへん。
不意に〝声〟が響き渡り、四人はぎくりと天井を見上げた。
洋子の唇が「あの〝声〟よ!」と声を出さずに動く。山田は顔を真っ赤にさせ、新庄は凍りついた姿勢のまま、大きな両目をぐりぐりと動かしていた。
──仰山の人が同じ世界を思うと、その世界は現実のものになりますんや。ちょうど、この『蒸汽帝国』のように……。けど、肝心の木戸はんがストーリーをおっ放り出して、中断してしまったさけ、この世界は不安定でおますねや。このままでは『蒸汽帝国』の世界は消滅してしまいます。この世界に生きる数十億の人々とともに……。せやから、わしが非常手段を採らざるを得ないんや。あんたらが活躍してくれたら、この世界は本当のものになりますんや……。
堪らず、市川はすっくと立ち上がり、怒鳴った。
「あんたは誰だ! 神様じゃないとしたら、なぜ、おれたちを連れてくる?」
──だから、世話役のようなもんや。わしのでけるのは、限られておる。せいぜい、あんたらを連れてくるくらいが限界や。木戸はんがお手上げになったさかい、あんたらに代打を頼みたいんや。なんとか、この世界で活躍してもろうて、ストーリーを進めてくれんやろうか?
新庄が疑問を呈した。
「そのストーリーだが、どうやって進めるんだ? おれたちは誰一人、シナリオなど書いた経験はないぞ」
──もう始まってまっさ! あんたらの行動すべてが、『蒸汽帝国』のストーリーとなるんや! あんたらが行動する結果、この世界は自然な反応を起こす。ゆえに、あんたらは『蒸汽帝国』の主人公や!
新庄の腰掛けているデスクの表面に、出し抜けに一束の真新しい紙が出現した。背後の気配に、新庄は飛び上がった。
「な、な、なにを……?」
──あんたらの道具や。それを使って、お仕事しなはれ……。
再び〝声〟は遠ざかっていった。ふっつりと気配が跡絶え、四人は呆然としてお互いの顔を見合わせた。
市川はぎくしゃくと立ち上がった。緊張で、全身が、かちんこちんに強張っている。
デスクを覗き込むと、出現したのは動画用紙の束であった。十六対九の、ハイビジョン画面比率に合わせた用紙である。
市川は呟いた。
「これで、何をしろ、ってんだ?」
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