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第五話 狂熱のシリーズ構成
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案内された王宮を見上げ、市川は驚きのあまり、大声を上げてしまった。
「王宮って、これか?」
山田は真面目に頷く。
「そうだ。以前、木戸監督から設定依頼をされた、王宮だ。おれと監督がアイディアを出し合って……いや、ほとんど、おれのアイディアだがな……美術設定したやつだ。ちょっと、変わっているだろう?」
言い終わると、山田は得意そうな表情になって、瞳を煌かせた。
洋子が腰に手をやり、首を傾げた。
「とてもじゃないけど、王宮には見えないわね。どこかの工場かしら? それとも、鉄工所? どっちにしても、住み心地が良いとは、どうしても思えないけど」
まさしく洋子の指摘した通り、首都ドーデンの中心部に聳える王宮は、市川の常識からすると、まるで度外れた景観をなしていた。
外観は、臨海工業地帯に連なる、無数の配管や、煙突がおっ立つ工場のような建物である。鉄骨が剥き出しで、あちこちにガントリーやホイスト・クレーンがにょきにょきとはみ出し、いたるところに「危険!」「頭上注意」「制限高さ」などの警告板が、無秩序といって良い混乱を作り出している。「工場萌え」オタクなら、狂喜しそうだ。
ついでに説明すると、市川たちが目にした町の看板、道路標示すべてが、日本語で書かれている。市川は日本語が表示されている看板等を見つけ「どうなってんだ!」と思わず歓声を上げた。完璧な十九世紀のヨーロッパの町並みに、日本語が表示されている眺めは、実に奇妙だった。
山田は「美術設定のとき、看板や表示板の文字は日本語にしておいた」と説明した。それが今ここで見る、町並みに引き継がれているのだろう。
その山田が、得々と説明を続けた。
「なにしろタイトルが『蒸汽帝国』だろう? 監督の説明では、あらゆるところに蒸汽が使われたスチーム・パンクっぽい世界設定なんだそうだ。だもんで、おれも王宮は、思い切って工場みたいな設定にしたんだ。もっとも、内部まで工場内部のようにするわけには絶対いかないが……」
「あのう、親爺さん……」
ここまで案内してくれたランス少年が、山田を見上げ、もじもじしている。山田は少年を見て「ああ!」と笑顔になった。
「ここまで案内してくれて、有難うな、ランス!」
もぞもぞと、身に着けた衣服を探る。
やがてポケットから数枚の硬貨を取り出した。日の光を浴び、硬貨はきらりと硬質な光を反射した。それをランスの手に握らせる。
市川は密かに、自分もこの世界で通用する通貨を所持しているか、後で確認しようと決意した。
「これは、お礼だ。それじゃ、ここでお別れだ。元気でやれよ」
ランスは手の平に載せられた硬貨を見詰め、顔を真っ赤にさせた。
「こ、こんなに! あ、有難う御座います! 親爺さんもお元気で!」
ぺこりと頭を下げると、脱兎のごとく駆け出した。それを見送り、市川は首を振った。
「しかし、あの子供がうまく山田さんを見つけてくれて良かったよ。おれたちだけじゃ、王宮にいつになったら辿り着けたか、怪しいもんだからな」
山田はなぜか、渋い顔になった。
「そうだ。実に好都合に、あの少年が現れたもんだ……。好都合すぎる!」
市川は吃驚して、山田の顔を改めて見上げた。
「どういう意味だい?」
洋子が用心深そうな表情になる。
「何か、厭な予感がするんだけど。あたしの想像が確かならね!」
山田と洋子は見詰め合った。二人同時に頷くのを見て、市川はむらむらと癇癪の虫が、むっくりと頭をもたげるのを感じる。
「何でえ、二人とも。お互い判っていて、おれには、さっぱり判らねえぞ!」
山田は渋い表情のまま、口を開いた。
「おれたちが、木戸さんの『蒸汽帝国』って作品の世界にいるって状況だよ。おれたちは、この中で、主人公の役割を担わされている」
洋子が相槌を打つ。
「そうよ。デーブ・スペクターが無理に関西弁を喋っているような、変な〝声〟の命令でね!」
じわじわと市川にも、二人の言わんとする道筋が見えてきた気がした。市川は二人を見て、目を一杯に見開いた。
「まさか……そんな阿呆らしい……?」
洋子が皮肉な笑みを浮かべ、肯定する。
「そうなのよ。あたしたち、木戸さんの描いたコンテに従って行動しているんじゃないかって思い始めたのよ」
山田が口を挟んだ。
「それなら、ランスが都合よく、おれの目の前に現れた説明がつく! まるで、テレビ・アニメのシナリオじゃないか!」
市川は弱々しい声で抗議した。
「よせよ、おい……おれは信じないぞ! おれたちが好き勝手に行動すれば、この無茶苦茶なストーリーが進行して、エンディングに辿り着けるはずだろう? な、そうだよな? おれたちの行動はすべて、自分たちの自由意思なんだろう?」
山田は吐き捨てるように答えた。
「そうだと良いんだが……! この先、木戸さんが主要な登場人物の誰かに、死に直面するような展開をさせる、などと思いつかないよう、ひたすら願うしかないだろうな」
市川は何度も首を振り、叫んでいた。
「よせったら!」
しかし山田と洋子は押し黙ったまま、答えなかった。
「王宮って、これか?」
山田は真面目に頷く。
「そうだ。以前、木戸監督から設定依頼をされた、王宮だ。おれと監督がアイディアを出し合って……いや、ほとんど、おれのアイディアだがな……美術設定したやつだ。ちょっと、変わっているだろう?」
言い終わると、山田は得意そうな表情になって、瞳を煌かせた。
洋子が腰に手をやり、首を傾げた。
「とてもじゃないけど、王宮には見えないわね。どこかの工場かしら? それとも、鉄工所? どっちにしても、住み心地が良いとは、どうしても思えないけど」
まさしく洋子の指摘した通り、首都ドーデンの中心部に聳える王宮は、市川の常識からすると、まるで度外れた景観をなしていた。
外観は、臨海工業地帯に連なる、無数の配管や、煙突がおっ立つ工場のような建物である。鉄骨が剥き出しで、あちこちにガントリーやホイスト・クレーンがにょきにょきとはみ出し、いたるところに「危険!」「頭上注意」「制限高さ」などの警告板が、無秩序といって良い混乱を作り出している。「工場萌え」オタクなら、狂喜しそうだ。
ついでに説明すると、市川たちが目にした町の看板、道路標示すべてが、日本語で書かれている。市川は日本語が表示されている看板等を見つけ「どうなってんだ!」と思わず歓声を上げた。完璧な十九世紀のヨーロッパの町並みに、日本語が表示されている眺めは、実に奇妙だった。
山田は「美術設定のとき、看板や表示板の文字は日本語にしておいた」と説明した。それが今ここで見る、町並みに引き継がれているのだろう。
その山田が、得々と説明を続けた。
「なにしろタイトルが『蒸汽帝国』だろう? 監督の説明では、あらゆるところに蒸汽が使われたスチーム・パンクっぽい世界設定なんだそうだ。だもんで、おれも王宮は、思い切って工場みたいな設定にしたんだ。もっとも、内部まで工場内部のようにするわけには絶対いかないが……」
「あのう、親爺さん……」
ここまで案内してくれたランス少年が、山田を見上げ、もじもじしている。山田は少年を見て「ああ!」と笑顔になった。
「ここまで案内してくれて、有難うな、ランス!」
もぞもぞと、身に着けた衣服を探る。
やがてポケットから数枚の硬貨を取り出した。日の光を浴び、硬貨はきらりと硬質な光を反射した。それをランスの手に握らせる。
市川は密かに、自分もこの世界で通用する通貨を所持しているか、後で確認しようと決意した。
「これは、お礼だ。それじゃ、ここでお別れだ。元気でやれよ」
ランスは手の平に載せられた硬貨を見詰め、顔を真っ赤にさせた。
「こ、こんなに! あ、有難う御座います! 親爺さんもお元気で!」
ぺこりと頭を下げると、脱兎のごとく駆け出した。それを見送り、市川は首を振った。
「しかし、あの子供がうまく山田さんを見つけてくれて良かったよ。おれたちだけじゃ、王宮にいつになったら辿り着けたか、怪しいもんだからな」
山田はなぜか、渋い顔になった。
「そうだ。実に好都合に、あの少年が現れたもんだ……。好都合すぎる!」
市川は吃驚して、山田の顔を改めて見上げた。
「どういう意味だい?」
洋子が用心深そうな表情になる。
「何か、厭な予感がするんだけど。あたしの想像が確かならね!」
山田と洋子は見詰め合った。二人同時に頷くのを見て、市川はむらむらと癇癪の虫が、むっくりと頭をもたげるのを感じる。
「何でえ、二人とも。お互い判っていて、おれには、さっぱり判らねえぞ!」
山田は渋い表情のまま、口を開いた。
「おれたちが、木戸さんの『蒸汽帝国』って作品の世界にいるって状況だよ。おれたちは、この中で、主人公の役割を担わされている」
洋子が相槌を打つ。
「そうよ。デーブ・スペクターが無理に関西弁を喋っているような、変な〝声〟の命令でね!」
じわじわと市川にも、二人の言わんとする道筋が見えてきた気がした。市川は二人を見て、目を一杯に見開いた。
「まさか……そんな阿呆らしい……?」
洋子が皮肉な笑みを浮かべ、肯定する。
「そうなのよ。あたしたち、木戸さんの描いたコンテに従って行動しているんじゃないかって思い始めたのよ」
山田が口を挟んだ。
「それなら、ランスが都合よく、おれの目の前に現れた説明がつく! まるで、テレビ・アニメのシナリオじゃないか!」
市川は弱々しい声で抗議した。
「よせよ、おい……おれは信じないぞ! おれたちが好き勝手に行動すれば、この無茶苦茶なストーリーが進行して、エンディングに辿り着けるはずだろう? な、そうだよな? おれたちの行動はすべて、自分たちの自由意思なんだろう?」
山田は吐き捨てるように答えた。
「そうだと良いんだが……! この先、木戸さんが主要な登場人物の誰かに、死に直面するような展開をさせる、などと思いつかないよう、ひたすら願うしかないだろうな」
市川は何度も首を振り、叫んでいた。
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しかし山田と洋子は押し黙ったまま、答えなかった。
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