スラップ・スティック・タウン

万卜人

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大佐

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「あらまあ、ミリィちゃん。大佐のところへ来ていたのね。おひさしぶり」
 のんびりとした声に、ミリィは立ち止まった。道のまんなかに、中年の婦人がひとり、ほほ笑みを浮かべ立っている。
「あ……、ルース叔母さん……」
 急いでいたが、ルースを前にしてミリィは挨拶をかえした。
 ふくよかな身体つきの、ルースはどんなときでもほほ笑みを絶やしたことはない。
 彼女はパックの母親である。パックの父親が事故で死亡してから、彼女が女の手ひとつでパックを育ててきたのだ。女一人で息子を育てるにあたり、相当な苦労があったはずだが、彼女のにこやかな表情にはそんなものは、かけらも見えなかった。
 そういえば、ここはパックの家に近かったのだ。
 ミリィはルースに話しかけた。
「そうだ、叔母さん。パックが……」
 ミリィはパックがミリィのスクーターに乗って町の方向へむかったこと、それはパックが造り上げたロボットが関わっていることを説明した。
 彼女の説明に、ルースはひとつひとつ丁寧に相槌をうっていたが、ミリィが話し終わると、ふっとため息をついた。
「まあ、なんてことでしょう……あの子またそんなことして皆さんに迷惑をかけていますのね。ミリィちゃんにはパックと仲良くしてもらっているというのに……」
 ミリィはいらいらしてきた。
「そんなことどうでもいいんです! ロボットを追っかけていったんですよ! ロボットがひとりでに動くはずがないんです。きっと、だれかが勝手に動かしていると思うんです」
「だれかって、だれのこと?」
 問い返されて、ミリィは黙り込んでしまった。そうだ、いったいあのロボットを勝手に動かしているのはだれなんだろう?
 その時、ずしずしずしという振動にミリィは顔をあげた。
 近づく音の方向に目を向けると、土煙をたて戦車が接近してくる。砲塔に顔をつきだしている大佐の顔を認め、ミリィは叫んだ。
「お祖父ちゃん!」
「ミリィか……」
 戦車はふたりの目の前できーっ、とブレーキをきしませて停車した。ミリィの隣に立っているルースに気がつくと、大佐の顔がほのかに赤らんだ。
「やあ、ルースの奥さん」
「こんにちは、大佐。良いお天気ですこと」
「はあ、まったくで」
「今日のような天気なら、洗濯物もよく乾きますね。大佐さんは、おうちの洗濯物どうなさってますの?」
「ああ、そのことならこのヘロヘロが……」と、大佐は運転席のヘロヘロを指差した。
「こいつに全部まかせておりますわい!」
「あら、便利なことですね。あたしも家政ロボットを一台買いましょうかしら?」
 ふたりのやりとりに、ミリィは爆発した。
「洗濯物のことを話している場合じゃないでしょう! お祖父ちゃん、どうして戦車なんか持ち出したの?」
 話しの腰を折られ、祖父は渋面をつくった。
「ステットンの町が危機にさらされておるのだ! あのロボットを見ただろう?」
「ええ、パックが作っていたロボットね」
 ミリィの言葉に大佐は仰天した。
「なにっ! パックが……! そうか、あやつめ、最近とんと寄り付かんと思って追ったが、そんなことをやっておったのか。ともかく、あのロボットを銀行強盗どもが動かしておるのだ。だからわしは、これを持ち出したというわけなんじゃ」
「銀行強盗ですって! お祖父ちゃん、まさかその戦車で……」
「まさにその通り。わしの出番と言わざるをえまい!」
 大佐は得意そうに髭をうごめかした。
 ミリィは叫んだ。
「やめてよ! そんなもの動かして、それこそ町がどうにかなっちゃうわ!」
「止めてくれるな、ミリィよ。これはわしの崇高な義務なのだ!」
 大佐は胸に手をあて、宣言した。そしてルースに顔を向けると真剣な表情になった。
「奥さん、わしはこれより町を破壊せんとするロボットに立ち向かうため、戦いにのぞみます。町を守るため、そしてあなたがたの生活を守るため……わかってくださるな?」
 ルースはにこにこと穏やかな笑みをうかべているだけである。
 大佐は右手に乗馬鞭を振りかざした。
「ヘロヘロ! 前進せよ!」
 へえーい、と答えてヘロヘロはアクセルを踏んだ。がらがらと派手な音を立て、戦車はふたたび動き出した。
 ミリィは動き出した戦車の後部に飛び乗った。
 大佐は気づかない。夢中になって進行方向を見つめている。ミリィは後部のハッチを開くと、するりと中へ潜り込んだ。中は真っ暗で、あたりは機械油の臭いがたちこめている。さらに震動がひどく、ミリィは手近の手すりを見つけるとしがみついた。
 
 もうもうとたちのぼる土煙がおさまると、ルースはゆっくりとかぶりをふった。
「まあまあ、まったくなんてことでしょう……」
 ひとつうなずくと、彼女はゆっくりと戦車が去った方向へ歩き出した。
 ステットンの町目指して。
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