21 / 52
大佐
2
しおりを挟む
「あらまあ、ミリィちゃん。大佐のところへ来ていたのね。おひさしぶり」
のんびりとした声に、ミリィは立ち止まった。道のまんなかに、中年の婦人がひとり、ほほ笑みを浮かべ立っている。
「あ……、ルース叔母さん……」
急いでいたが、ルースを前にしてミリィは挨拶をかえした。
ふくよかな身体つきの、ルースはどんなときでもほほ笑みを絶やしたことはない。
彼女はパックの母親である。パックの父親が事故で死亡してから、彼女が女の手ひとつでパックを育ててきたのだ。女一人で息子を育てるにあたり、相当な苦労があったはずだが、彼女のにこやかな表情にはそんなものは、かけらも見えなかった。
そういえば、ここはパックの家に近かったのだ。
ミリィはルースに話しかけた。
「そうだ、叔母さん。パックが……」
ミリィはパックがミリィのスクーターに乗って町の方向へむかったこと、それはパックが造り上げたロボットが関わっていることを説明した。
彼女の説明に、ルースはひとつひとつ丁寧に相槌をうっていたが、ミリィが話し終わると、ふっとため息をついた。
「まあ、なんてことでしょう……あの子またそんなことして皆さんに迷惑をかけていますのね。ミリィちゃんにはパックと仲良くしてもらっているというのに……」
ミリィはいらいらしてきた。
「そんなことどうでもいいんです! ロボットを追っかけていったんですよ! ロボットがひとりでに動くはずがないんです。きっと、だれかが勝手に動かしていると思うんです」
「だれかって、だれのこと?」
問い返されて、ミリィは黙り込んでしまった。そうだ、いったいあのロボットを勝手に動かしているのはだれなんだろう?
その時、ずしずしずしという振動にミリィは顔をあげた。
近づく音の方向に目を向けると、土煙をたて戦車が接近してくる。砲塔に顔をつきだしている大佐の顔を認め、ミリィは叫んだ。
「お祖父ちゃん!」
「ミリィか……」
戦車はふたりの目の前できーっ、とブレーキをきしませて停車した。ミリィの隣に立っているルースに気がつくと、大佐の顔がほのかに赤らんだ。
「やあ、ルースの奥さん」
「こんにちは、大佐。良いお天気ですこと」
「はあ、まったくで」
「今日のような天気なら、洗濯物もよく乾きますね。大佐さんは、おうちの洗濯物どうなさってますの?」
「ああ、そのことならこのヘロヘロが……」と、大佐は運転席のヘロヘロを指差した。
「こいつに全部まかせておりますわい!」
「あら、便利なことですね。あたしも家政ロボットを一台買いましょうかしら?」
ふたりのやりとりに、ミリィは爆発した。
「洗濯物のことを話している場合じゃないでしょう! お祖父ちゃん、どうして戦車なんか持ち出したの?」
話しの腰を折られ、祖父は渋面をつくった。
「ステットンの町が危機にさらされておるのだ! あのロボットを見ただろう?」
「ええ、パックが作っていたロボットね」
ミリィの言葉に大佐は仰天した。
「なにっ! パックが……! そうか、あやつめ、最近とんと寄り付かんと思って追ったが、そんなことをやっておったのか。ともかく、あのロボットを銀行強盗どもが動かしておるのだ。だからわしは、これを持ち出したというわけなんじゃ」
「銀行強盗ですって! お祖父ちゃん、まさかその戦車で……」
「まさにその通り。わしの出番と言わざるをえまい!」
大佐は得意そうに髭をうごめかした。
ミリィは叫んだ。
「やめてよ! そんなもの動かして、それこそ町がどうにかなっちゃうわ!」
「止めてくれるな、ミリィよ。これはわしの崇高な義務なのだ!」
大佐は胸に手をあて、宣言した。そしてルースに顔を向けると真剣な表情になった。
「奥さん、わしはこれより町を破壊せんとするロボットに立ち向かうため、戦いにのぞみます。町を守るため、そしてあなたがたの生活を守るため……わかってくださるな?」
ルースはにこにこと穏やかな笑みをうかべているだけである。
大佐は右手に乗馬鞭を振りかざした。
「ヘロヘロ! 前進せよ!」
へえーい、と答えてヘロヘロはアクセルを踏んだ。がらがらと派手な音を立て、戦車はふたたび動き出した。
ミリィは動き出した戦車の後部に飛び乗った。
大佐は気づかない。夢中になって進行方向を見つめている。ミリィは後部のハッチを開くと、するりと中へ潜り込んだ。中は真っ暗で、あたりは機械油の臭いがたちこめている。さらに震動がひどく、ミリィは手近の手すりを見つけるとしがみついた。
もうもうとたちのぼる土煙がおさまると、ルースはゆっくりとかぶりをふった。
「まあまあ、まったくなんてことでしょう……」
ひとつうなずくと、彼女はゆっくりと戦車が去った方向へ歩き出した。
ステットンの町目指して。
のんびりとした声に、ミリィは立ち止まった。道のまんなかに、中年の婦人がひとり、ほほ笑みを浮かべ立っている。
「あ……、ルース叔母さん……」
急いでいたが、ルースを前にしてミリィは挨拶をかえした。
ふくよかな身体つきの、ルースはどんなときでもほほ笑みを絶やしたことはない。
彼女はパックの母親である。パックの父親が事故で死亡してから、彼女が女の手ひとつでパックを育ててきたのだ。女一人で息子を育てるにあたり、相当な苦労があったはずだが、彼女のにこやかな表情にはそんなものは、かけらも見えなかった。
そういえば、ここはパックの家に近かったのだ。
ミリィはルースに話しかけた。
「そうだ、叔母さん。パックが……」
ミリィはパックがミリィのスクーターに乗って町の方向へむかったこと、それはパックが造り上げたロボットが関わっていることを説明した。
彼女の説明に、ルースはひとつひとつ丁寧に相槌をうっていたが、ミリィが話し終わると、ふっとため息をついた。
「まあ、なんてことでしょう……あの子またそんなことして皆さんに迷惑をかけていますのね。ミリィちゃんにはパックと仲良くしてもらっているというのに……」
ミリィはいらいらしてきた。
「そんなことどうでもいいんです! ロボットを追っかけていったんですよ! ロボットがひとりでに動くはずがないんです。きっと、だれかが勝手に動かしていると思うんです」
「だれかって、だれのこと?」
問い返されて、ミリィは黙り込んでしまった。そうだ、いったいあのロボットを勝手に動かしているのはだれなんだろう?
その時、ずしずしずしという振動にミリィは顔をあげた。
近づく音の方向に目を向けると、土煙をたて戦車が接近してくる。砲塔に顔をつきだしている大佐の顔を認め、ミリィは叫んだ。
「お祖父ちゃん!」
「ミリィか……」
戦車はふたりの目の前できーっ、とブレーキをきしませて停車した。ミリィの隣に立っているルースに気がつくと、大佐の顔がほのかに赤らんだ。
「やあ、ルースの奥さん」
「こんにちは、大佐。良いお天気ですこと」
「はあ、まったくで」
「今日のような天気なら、洗濯物もよく乾きますね。大佐さんは、おうちの洗濯物どうなさってますの?」
「ああ、そのことならこのヘロヘロが……」と、大佐は運転席のヘロヘロを指差した。
「こいつに全部まかせておりますわい!」
「あら、便利なことですね。あたしも家政ロボットを一台買いましょうかしら?」
ふたりのやりとりに、ミリィは爆発した。
「洗濯物のことを話している場合じゃないでしょう! お祖父ちゃん、どうして戦車なんか持ち出したの?」
話しの腰を折られ、祖父は渋面をつくった。
「ステットンの町が危機にさらされておるのだ! あのロボットを見ただろう?」
「ええ、パックが作っていたロボットね」
ミリィの言葉に大佐は仰天した。
「なにっ! パックが……! そうか、あやつめ、最近とんと寄り付かんと思って追ったが、そんなことをやっておったのか。ともかく、あのロボットを銀行強盗どもが動かしておるのだ。だからわしは、これを持ち出したというわけなんじゃ」
「銀行強盗ですって! お祖父ちゃん、まさかその戦車で……」
「まさにその通り。わしの出番と言わざるをえまい!」
大佐は得意そうに髭をうごめかした。
ミリィは叫んだ。
「やめてよ! そんなもの動かして、それこそ町がどうにかなっちゃうわ!」
「止めてくれるな、ミリィよ。これはわしの崇高な義務なのだ!」
大佐は胸に手をあて、宣言した。そしてルースに顔を向けると真剣な表情になった。
「奥さん、わしはこれより町を破壊せんとするロボットに立ち向かうため、戦いにのぞみます。町を守るため、そしてあなたがたの生活を守るため……わかってくださるな?」
ルースはにこにこと穏やかな笑みをうかべているだけである。
大佐は右手に乗馬鞭を振りかざした。
「ヘロヘロ! 前進せよ!」
へえーい、と答えてヘロヘロはアクセルを踏んだ。がらがらと派手な音を立て、戦車はふたたび動き出した。
ミリィは動き出した戦車の後部に飛び乗った。
大佐は気づかない。夢中になって進行方向を見つめている。ミリィは後部のハッチを開くと、するりと中へ潜り込んだ。中は真っ暗で、あたりは機械油の臭いがたちこめている。さらに震動がひどく、ミリィは手近の手すりを見つけるとしがみついた。
もうもうとたちのぼる土煙がおさまると、ルースはゆっくりとかぶりをふった。
「まあまあ、まったくなんてことでしょう……」
ひとつうなずくと、彼女はゆっくりと戦車が去った方向へ歩き出した。
ステットンの町目指して。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】玲奈と、境ノ森町の魔法使い ―ワクワクはドラゴンと不思議を添えて―
杵島 灯
児童書・童話
“境ノ森町(さかいのもりまち)”に引っ越してきた小学五年生の女の子、彗崎(はくさき) 玲奈(れな)は、いきなりすごいワクワクに出会う。
なんと『夜空をホウキで飛ぶ男の子』と『小さなドラゴン』を見てしまったのだ。
ホウキで空を飛ぶ人間も、ドラゴンも、玲奈は今まで見たことがない。
しかもその男の子を玲奈は転校初日に同じクラスで見つけてしまった。
名前は、宝城(たからぎ) ヒスイ。
正体は、魔法使い!?
「オレの役目は『ちがう世界から入り込んできた悪い魔法使いたち』を、元の世界へ送り返すことなんだ」
「キュー! キュキュ!」
「……オレと、ドラゴンのキューイの役目は」
「キュ!」
普通なら見えないはずの『魔法使いたち』が見えちゃう玲奈は、ヒスイのお手伝いをすることに!
元気な女の子とちょっぴりひねくれた男の子、そして意外と可愛いドラゴンの物語。
イラスト:銀タ篇様

YouTuber犬『みたらし』の日常
雪月風花
児童書・童話
オレの名前は『みたらし』。
二歳の柴犬だ。
飼い主のパパさんは、YouTubeで一発当てることを夢見て、先月仕事を辞めた。
まぁいい。
オレには関係ない。
エサさえ貰えればそれでいい。
これは、そんなオレの話だ。
本作は、他小説投稿サイト『小説家になろう』『カクヨム』さんでも投稿している、いわゆる多重投稿作品となっております。
無断転載作品ではありませんので、ご注意ください。
ヒミツのJC歌姫の新作お菓子実食レビュー
弓屋 晶都
児童書・童話
顔出しNGで動画投稿活動をしている中学一年生のアキとミモザ、
動画の再生回数がどんどん伸びる中、二人の正体を探る人物の影が……。
果たして二人は身バレしないで卒業できるのか……?
走って歌ってまた走る、元気はつらつ少女のアキと、
悩んだり立ち止まったりしながらも、健気に頑張るミモザの、
イマドキ中学生のドキドキネットライフ。
男子は、甘く優しい低音イケボの生徒会長や、
イケメン長身なのに女子力高めの苦労性な長髪書記に、
どこからどう見ても怪しいメガネの放送部長が出てきます。

水色オオカミのルク
月芝
児童書・童話
雷鳴とどろく、激しい雨がやんだ。
雲のあいだから光が差し込んでくる。
天から地上へとのびた光の筋が、まるで階段のよう。
するとその光の階段を、シュタシュタと風のような速さにて、駆け降りてくる何者かの姿が!
それは冬の澄んだ青空のような色をしたオオカミの子どもでした。
天の国より地の国へと降り立った、水色オオカミのルク。
これは多くの出会いと別れ、ふしぎな冒険をくりかえし、成長して、やがて伝説となる一頭のオオカミの物語。

ゆめじゃないゆめ [連載版]
itaeya
児童書・童話
夢か幻か-大人も子供も引き込まれる、不思議な森へようこそ。
主人公のさとちゃんが歩き進む森。
そこで待ち受けていたのは、友達のまこちゃんや大好きなお母さんとの出会い。
そして、最後に待ち受けていたのは…。
さとちゃんが居る世界は一体、夢なのか現実なのか。
それぞれがさとちゃんに伝えるメッセージは、大人にも子供にもきっと大切なもの。
温かなものが心に残る一冊です。
★絵本ひろばにて公開中の絵本"ゆめじゃないゆめ"の連載版です。
https://ehon.alphapolis.co.jp/content/detail/345

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる