スラップ・スティック・タウン

万卜人

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ミリィ

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 町に向かって遠ざかるミリィを見送り、大佐は部屋の中へと戻っていった。
 大佐の部屋は二階のほぼ全部を占領している。もともとふた部屋だったのを、あいだの壁を取り払ってひと部屋にしたのである。
 壁には一面に額に飾られた写真がかけられている。その写真は大佐の若いころの記念で、ほとんどが戦場でのスナップだった。戦車の前で仲間と集合している写真、戦場となった町での一場面、部隊の仲間の顔、顔、顔……。
 そしてもっとも目立つ位置には戦場での働きを表彰する勲章が飾られていた。
 部屋の真ん中を占領している机にはステットンの町全体をしめした地図が広げられている。等高線にしたがって紙粘土で盛り上げられていて、ひとめで町の勾配がわかるつくりになっていた。大佐はこの部屋を作戦本部と考えていた。
 部屋のいっぽうには書棚があり、そこには軍事関係の書物がひしめいていた。書棚の隣りにはファイル・キャビネットがならび、アルファベット順に町の住人の名前が書き込まれたファイルがおさまっている。ファイルには大佐が歩き回って調べた家族構成、職業などが書き込まれ、大佐のメモが書き加えられていた。
 大佐はステットンの町を愛していた。
 いや、愛しすぎているといって良い。
 大佐はじぶんをステットンの町の治安維持担当者と位置づけていた。ステットンの町の平和は、じぶんが守ると決め込んでいるのだ。町でただひとり、戦争を体験したじぶんこそが町の平安を守る能力をもっていると自負していたからである。そのための住民調査であり、なにか変事があればじぶんが率先しなければと思っていたのだ。
 部屋には古びたオーディオ・セットがある。スイッチを入れると、スピーカーから大音量の行進曲が鳴り響く。大佐の頬が赤らみ、鼻の穴がひろがった。とん、とんと指先でふとももをリズムをとって叩きながら聞き入っていた。
 いまはやりのポップスなど大佐は大嫌いである。男なら断然、軍歌か行進曲を聴くべきと思っているのだ。
 大佐は怒鳴った。
「ヘロヘロ! 茶の時間だぞ!」
 へえい……と間の抜けた返事があって、一台のロボットが部屋に入ってきた。
 旧式の、金属製の身体を持つロボットである。そのロボットもまた大佐と同じような旧式のヘルメットをかぶっている。ヘルメットには赤十字が描かれていた。
 ヘロヘロと呼ばれたロボットは、かつての戦争で医療班として従軍していたのである。戦争が終わり、大佐はこのヘロヘロを軍放出品として引き取り、じぶんの身の回りの用をさせるため同居させていた。ロボットは盆にティー・セットを載せている。カップにはすでに紅茶が用意されていた。大佐はうなずくと、カップを取ると、一口すすった。やがて部屋に響いていた行進曲が終わった。
「思い出すのう……大陸での戦線でわしが活躍したときを……」
 大佐がつぶやくと、ロボットは上目遣いになってささやいた。
「あのう、お言葉でがんすが、あんとき大佐殿は補給部隊にいたはずでやんす。最前線はおろか、敵の弾一発かすめたこともねえですだ」
 大佐はむかっとなり、喚いた。
「なにを言うか! わしは戦車にのって敵の本部に攻撃を……」
「そういえば、そんな映画があっただすなあ。大佐殿お気に入りの映画だっぺ!」
 むむむ……、と大佐はうめくと黙って紅茶をすすった。このヘロヘロというロボット、皮肉屋で大佐の記憶違いをただすのが趣味であった。さらに言語中枢のライブラリーが奇妙な方言を収録しているので、しゃべるうちあちらこちらの方言がまじって聞き取るのに苦労する
 カップを手に、大佐は部屋のかたすみに歩み寄ると、ラジオのスイッチを入れる。
 ラジオから流れてくるのは、警察無線だった。大佐は無断で、警察の無線を傍受していたのである。
 その中のやりとりに、大佐は耳をぴくりとさせた。
 なんと指名手配中の銀行強盗が山道で車を乗り捨て、逃走しているという。
 向かった先は、どうやらステットンの町らしい。
 大佐は窓からステットンの町をにらみつけた。
 銀行強盗!
 その一味がわがステットンの町に向かっている、だと?
 危機である。
 町は危険にさらされているのだ!
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