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キャリー
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とんとんとダッシュボードをテレス署長の指がたたいていた。ダッシュボードの上には、透明なプラスチックのケースが置かれており、中には一本タバコが封印されている。ケースの表面には”まだ吸いたいのか?”と書かれた紙が貼り付けられていた。
パトカーの助手席に座るテレス署長は、その太った身体を窮屈そうに座席に埋めていた。口にはキャンデーの棒を咥えている。ときおり署長はちらりとダッシュボードのケースに眼をやった。そのたび指がケースに触れそうになるのだが、思い直してひっこめる。
署長は禁煙しているのだ。
黒い肌に口ひげをたくわえたテレス署長は、まっすぐ前を見つめていた。ぶつぶつとつぶやく。
「キャリーの奴……今日こそお前に手錠をはめてやるぞ……!」
署長の声は怨念に満ちていた。
無理もない。
なにしろキャリー一味が派手な活動をはじめてからというもの、彼女が狙った銀行、郵便局、宝石店など十件中、半数以上の七件が署長の管轄する郡で実行され、そのたびに鼻先で逃げられているのだ。テレス署長の面目丸つぶれである。以来、署長はキャリーの逮捕に執念を燃やしてきた。
運転席でハンドルを握る部下が、のんびりとした声をあげた。
「署長、このまま行くと山越えのルートですねえ……」
「だからなんだ?」
テレスは噛み付きそうな勢いで返事をした。この部下は確かに優秀で、テレスの深い信頼を得ているのだが、いかんせん性格がのんびりしすぎている。時々、テレスはこの部下とのやりとりでかんしゃく玉を破裂させそうになる。
「いえ……あっちの車のエンジンと、こっちのパトカーのエンジンの能力を比較した結果……そのう……」
「だからはっきり言え!」
「坂道に入った場合、逃げ切られるおそれがあります」
署長はうなった。
「それなら山越えに入る前に捕まえるんだ!」
はあ……、と部下はうなずいた。
しばらく無言の時が流れた。
やがて、もう一度部下は口を開いた。
「署長……」
「なんだ、まだなにか用か?」
「やつら、銃を構えています」
「なにっ!」
テレス署長は身を乗り出した。
パトカーの助手席に座るテレス署長は、その太った身体を窮屈そうに座席に埋めていた。口にはキャンデーの棒を咥えている。ときおり署長はちらりとダッシュボードのケースに眼をやった。そのたび指がケースに触れそうになるのだが、思い直してひっこめる。
署長は禁煙しているのだ。
黒い肌に口ひげをたくわえたテレス署長は、まっすぐ前を見つめていた。ぶつぶつとつぶやく。
「キャリーの奴……今日こそお前に手錠をはめてやるぞ……!」
署長の声は怨念に満ちていた。
無理もない。
なにしろキャリー一味が派手な活動をはじめてからというもの、彼女が狙った銀行、郵便局、宝石店など十件中、半数以上の七件が署長の管轄する郡で実行され、そのたびに鼻先で逃げられているのだ。テレス署長の面目丸つぶれである。以来、署長はキャリーの逮捕に執念を燃やしてきた。
運転席でハンドルを握る部下が、のんびりとした声をあげた。
「署長、このまま行くと山越えのルートですねえ……」
「だからなんだ?」
テレスは噛み付きそうな勢いで返事をした。この部下は確かに優秀で、テレスの深い信頼を得ているのだが、いかんせん性格がのんびりしすぎている。時々、テレスはこの部下とのやりとりでかんしゃく玉を破裂させそうになる。
「いえ……あっちの車のエンジンと、こっちのパトカーのエンジンの能力を比較した結果……そのう……」
「だからはっきり言え!」
「坂道に入った場合、逃げ切られるおそれがあります」
署長はうなった。
「それなら山越えに入る前に捕まえるんだ!」
はあ……、と部下はうなずいた。
しばらく無言の時が流れた。
やがて、もう一度部下は口を開いた。
「署長……」
「なんだ、まだなにか用か?」
「やつら、銃を構えています」
「なにっ!」
テレス署長は身を乗り出した。
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