河童戦記

万卜人

文字の大きさ
上 下
111 / 124
御門の巻

しおりを挟む
 時姫は瞳を上げ、立ち上がった。
〈御門〉の〝声〟が絶えている。
 それだけではない。
 時姫の周りを取り囲む力場バリアそのものの〝声〟も消えていた。

 もしかしたら……。

 時姫は恐る恐る、手を力場に伸ばした。
 円の外側に手の平が出ても、衝撃は全然ない。
 やはり〈御門〉は、この〈御舟〉を離れているのだ。
 時姫は円の外側に足を踏み出した。しかし、回りにいる検非違使たちはまるで注意を払うことなく、黙々と〈御舟〉の内部の壁面に備えられている装置を見守ったり、操作をするのに余念が無い。
 時姫は、ある決意をしていた。
 この長い年月、ずーっと〈御舟〉の中に閉じ込められ、その間たゆまず〈御舟〉が立てる様々な〝声〟に耳を傾けていた。
 最初は、まるで意味が判らなかった。だが、徐々に慣れ、内容を把握していった。
〈御舟〉の装置は、刻一刻と変化するこの世界のあらゆる出来事を倦まず、報告し続けている。星が進む軌道、位置、様々な変化。
 その中には、恐るべき内容の報告があった。
 藍月が遠ざかり、紅月に衝突しつつあることを。その結果、紅月は軌道を変え、この世界から消えてしまう、ということ。その後の壊滅的な変化を。
 時姫は内部の昇降機エレベーターの前に立った。
 引き戸のような扉が、両開きに開く。内部は、いとも素っ気ない小部屋になっている。時姫はその中に進み、声を上げた。
操舵室コントロール・ルームへ!」
 時姫の声に応じ、昇降機は即座に上昇を開始した。
 上昇を続ける昇降機の中で、時姫は思った。
 なんとしても、この世界を救わなければならない! そのために自分が死ぬことになっても。
 扉が開く。操舵室である。
 部屋の構造は、時姫の理解を超えていた。操舵室であるに関わらず、船の舵輪というものが見当たらない。〝声〟の中に度々出てきたので重要な場所であるとは判っていたが、操舵室という言葉から、船の艦橋ブリッジを想像していたのである。
 ここは〈御舟〉の天辺近くに位置しているらしい。丸い円形の部屋に様々な機械が犇いている。その機械に幾人かの検非違使が取り付き、下で見たような光景を繰り広げている。
 時姫の姿を見咎め、一人の検非違使が足早に近寄ってくる。金属的な声が検非違使の仮面から響いた。
「ここは、一般乗客の立ち入り禁止区域である。すぐ元の場所へ戻りなさい」
 検非違使の声は無表情で、平板だった。まるで抑揚というのが感じられなかった。
 時姫は首を振った。
わらわは、この場所に用があるのです。そなたこそ、どきや!」
 検非違使は時姫の言葉には反応せず、ずいと一歩前へ進み出る。力任せに時姫を昇降機へ押しやろうとする。それを察し、時姫は叫んだ。

りん!」

 叫ぶと同時に手の指を組み合わせ、九字の印の最初の一文字を形作る。ぎくり、と検非違使の動きが止まった。

ひょう!」

 他の検非違使たちは、時姫を凝視している。

とう!」

 時姫は次々と叫んだ。

しゃかいじん!」

 部屋の中心に進む。検非違使たちは、ぴくりとも動かない。

れつざいぜん!」

 時姫はその言葉をもう一度、はっきり早口に繰り返す。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」

 しーん、とした静寂が支配した。
 時姫は周りの検非違使を見回し、静かに宣告した。
「聞いたであろう。この言葉を発する妾こそ〈御舟〉の真の支配者であることを。よいか、皆の者、妾の下知に従え!」
 検非違使たちは、しずしずと頭を下げ、時姫に忠誠を誓う。最初に声を掛けてきた検非違使が、再び声を上げる。
「なんなりと、ご命令を……」
 時姫は頷いた。
 これこそ〈御門〉が切望していた信太一族がひた隠しにしていた〈キーワード〉であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

処理中です...