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凍った時間
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地球の大部分を占めるのは海である。
海面すれすれを飛行し、ジムは眉を寄せて呟いた。
「妙な海だな。まるで凍っているようだ」
その言葉どおり、目の前に広がる海はぺたりと凪いでいて、波一つ立たない。
そのうちに、陸が見えてきた。
海岸線に砂浜が長く伸び、滴るような緑が濃い。ガラスの管理人が細い指を上げ、前方を指し示す。
「この先に建物が見えてきます。そこが目的地です」
ジムは首を伸ばし、前方を眺めた。管理人の言葉通り、やがて緑の向こうに、白い立方体が見えてくる。
窓一つなく、真っ白な壁面が太陽光を反射していた。縦横、千メートルはありそうな、巨大な立方体である。立方体の周辺に、着地できそうな空き地を見つけ、ジムは《弾頭》を降下させた。
ハッチから外へ出て、キャシーは首を傾げる。
「音がしないわ」
その通りだった。完全な静寂がその場を支配している。目の前には、巨大な立方体が聳え、無愛想な壁面を見せている。後から出てきたジムも耳を澄ませ、頷く。
「本当だ、何にも聞こえねえ……」
ヘロヘロがちょこちょこと歩き出し、近くの茂みに近づいた。ちょい、と指先で茂みの葉先を突っつく。
「痛っ!」と指先を口に咥えた。
「こちこちだ! この葉っぱ、まるで凍っているみたいだよ……」
ジムはヘロヘロの側に近寄り、地面に目を落とした。
「何だ、こりゃ?」
屈み込み、指先で摘み上げたのは、小鳥だった。茶色い羽毛に、黒とグレーの斑が入っている。
黒い嘴、小鳥は羽根を広げ、すぐさま飛び立ちそうだが、摘み上げられたのに、ぴくりとも動かない。
背後ではアルニが地面に指を近づけ、地面から生えている草を怖々触る。
「この草もかちん、こちんよ! まるで彫刻みたい……」
ある現象に思い当たり、ジムは叫んだ。
「こりゃ、停滞フィールドじゃないのか? この鳥、停滞フィールドで固まっているんじゃないのか?」
ハッチに立っていた管理人が頷く。
「その通りです。地球を超空間に隠すときに、全体を停滞フィールドに包みました。超空間内部は絶対零度で、そのままでは総て凍りついてしまいますので。今、解除します」
管理人がハッチから一歩を地面に踏み出した、その時に“それ”は置きた。今まで完全な静寂が支配していたその場に、いきなり音が戻ってきた。
ざわざわざわ……と回りに生い茂る緑の葉むらがざわめき、地面の草が生き生きとした輝きを取り戻す。
ジムが摘み上げていた小鳥に生命が蘇り、ばたばたと羽根先を動かす。びくっと、思わずジムが指を離すと、小鳥は鋭くひと声「ちちっ!」と鳴いて、空中に飛び上がる。
ごおっ! と、突風が巻き起こる。今まで凍り付いていた地球が目覚め、息遣いを開始したようであった。
「見て、あれを!」
原型の一人が空を指差した。
紺碧の空を、鳥の群れが編隊を作って飛び去っていく。
ルーサンが斥力プレート筏を引いて外へ出てくる。プレート筏にはサークが据えられていて、ディスプレイから感慨深そうな表情で周りの景色を眺めていた。
さくさくと地面の草を踏みしめ、管理人がジムたちに建物を指し示した。
「こちらへ……」
改めて見上げると、つくづく巨大な壁面である。一口で縦横千メートルの壁面といっても、見上げると頂上部は空の青さに溶け込み、左右もまた、地平線に溶け込んでいる。
見ていると、距離感がおかしくなる。近くに巨大な巡洋艦が停船しているから、やっとスケール感が保たれるようなものだ。
建物に向けて歩いていって、ジムはかなりの距離があることに気付いた。建物があまりに巨大すぎ、すぐ近くにあるような錯覚を生んでいたのだ。さらに平坦な壁面が、その錯覚を助長する。歩いても、歩いても、まるで近づいてこないような気になる。
ふと振り返ると、原型の人々も同じような気持ちでいるらしく、どことなく虚ろな目付きで建物を見上げながらとぼとぼと歩き続けていた。
「あれ、入口じゃない?」
キャシーが小声で囁いた。何だか大声を上げることが、憚れるような雰囲気に包まれている。
真っ白な壁面に、ぽつりと黒い長方形が見えている。入口らしき黒い長方形のおかげで、やっと距離感がつかめた。
入口は縦二十メートルほど、横幅十メートルほどで、全体からすれば見失うほどちっぽけだ。ジムは黒い長方形を頼りに、足を速めた。
ようやく一行は入口のすぐ側まで近づいた。先頭に立ったジムは、入口を見上げる。
真っ黒な内部は、真っ白な壁面と鋭く対比をしている。黒々とした内部に目を凝らしても、何も見えない。
ガラスの管理人は、さっさと先に入っていった。その姿が、溶け込むように内部に消えていく。
ごくり、とジムは唾を呑みこんだ。
気がつくと、キャシーがジムの手の平を掴んでいた。手の平に、キャシーの体温が伝わってくる。
ジムは、ぎゅっとキャシーの手を握り返す。二人は目を合わせた。
「うん」と、キャシーが頷く。真剣な目でジムを見つめ、口を開く。
「行きましょう!」
ジムも頷き返す。
振り返ると、原型たちが緊張した表情で立ち止まっている。無理矢理どうにか、ジムは原型たちに向け、笑って見せた。
「さあ、行くぜ! フリント教授の秘密ってやつに、お目にかかろうじゃないか!」
海面すれすれを飛行し、ジムは眉を寄せて呟いた。
「妙な海だな。まるで凍っているようだ」
その言葉どおり、目の前に広がる海はぺたりと凪いでいて、波一つ立たない。
そのうちに、陸が見えてきた。
海岸線に砂浜が長く伸び、滴るような緑が濃い。ガラスの管理人が細い指を上げ、前方を指し示す。
「この先に建物が見えてきます。そこが目的地です」
ジムは首を伸ばし、前方を眺めた。管理人の言葉通り、やがて緑の向こうに、白い立方体が見えてくる。
窓一つなく、真っ白な壁面が太陽光を反射していた。縦横、千メートルはありそうな、巨大な立方体である。立方体の周辺に、着地できそうな空き地を見つけ、ジムは《弾頭》を降下させた。
ハッチから外へ出て、キャシーは首を傾げる。
「音がしないわ」
その通りだった。完全な静寂がその場を支配している。目の前には、巨大な立方体が聳え、無愛想な壁面を見せている。後から出てきたジムも耳を澄ませ、頷く。
「本当だ、何にも聞こえねえ……」
ヘロヘロがちょこちょこと歩き出し、近くの茂みに近づいた。ちょい、と指先で茂みの葉先を突っつく。
「痛っ!」と指先を口に咥えた。
「こちこちだ! この葉っぱ、まるで凍っているみたいだよ……」
ジムはヘロヘロの側に近寄り、地面に目を落とした。
「何だ、こりゃ?」
屈み込み、指先で摘み上げたのは、小鳥だった。茶色い羽毛に、黒とグレーの斑が入っている。
黒い嘴、小鳥は羽根を広げ、すぐさま飛び立ちそうだが、摘み上げられたのに、ぴくりとも動かない。
背後ではアルニが地面に指を近づけ、地面から生えている草を怖々触る。
「この草もかちん、こちんよ! まるで彫刻みたい……」
ある現象に思い当たり、ジムは叫んだ。
「こりゃ、停滞フィールドじゃないのか? この鳥、停滞フィールドで固まっているんじゃないのか?」
ハッチに立っていた管理人が頷く。
「その通りです。地球を超空間に隠すときに、全体を停滞フィールドに包みました。超空間内部は絶対零度で、そのままでは総て凍りついてしまいますので。今、解除します」
管理人がハッチから一歩を地面に踏み出した、その時に“それ”は置きた。今まで完全な静寂が支配していたその場に、いきなり音が戻ってきた。
ざわざわざわ……と回りに生い茂る緑の葉むらがざわめき、地面の草が生き生きとした輝きを取り戻す。
ジムが摘み上げていた小鳥に生命が蘇り、ばたばたと羽根先を動かす。びくっと、思わずジムが指を離すと、小鳥は鋭くひと声「ちちっ!」と鳴いて、空中に飛び上がる。
ごおっ! と、突風が巻き起こる。今まで凍り付いていた地球が目覚め、息遣いを開始したようであった。
「見て、あれを!」
原型の一人が空を指差した。
紺碧の空を、鳥の群れが編隊を作って飛び去っていく。
ルーサンが斥力プレート筏を引いて外へ出てくる。プレート筏にはサークが据えられていて、ディスプレイから感慨深そうな表情で周りの景色を眺めていた。
さくさくと地面の草を踏みしめ、管理人がジムたちに建物を指し示した。
「こちらへ……」
改めて見上げると、つくづく巨大な壁面である。一口で縦横千メートルの壁面といっても、見上げると頂上部は空の青さに溶け込み、左右もまた、地平線に溶け込んでいる。
見ていると、距離感がおかしくなる。近くに巨大な巡洋艦が停船しているから、やっとスケール感が保たれるようなものだ。
建物に向けて歩いていって、ジムはかなりの距離があることに気付いた。建物があまりに巨大すぎ、すぐ近くにあるような錯覚を生んでいたのだ。さらに平坦な壁面が、その錯覚を助長する。歩いても、歩いても、まるで近づいてこないような気になる。
ふと振り返ると、原型の人々も同じような気持ちでいるらしく、どことなく虚ろな目付きで建物を見上げながらとぼとぼと歩き続けていた。
「あれ、入口じゃない?」
キャシーが小声で囁いた。何だか大声を上げることが、憚れるような雰囲気に包まれている。
真っ白な壁面に、ぽつりと黒い長方形が見えている。入口らしき黒い長方形のおかげで、やっと距離感がつかめた。
入口は縦二十メートルほど、横幅十メートルほどで、全体からすれば見失うほどちっぽけだ。ジムは黒い長方形を頼りに、足を速めた。
ようやく一行は入口のすぐ側まで近づいた。先頭に立ったジムは、入口を見上げる。
真っ黒な内部は、真っ白な壁面と鋭く対比をしている。黒々とした内部に目を凝らしても、何も見えない。
ガラスの管理人は、さっさと先に入っていった。その姿が、溶け込むように内部に消えていく。
ごくり、とジムは唾を呑みこんだ。
気がつくと、キャシーがジムの手の平を掴んでいた。手の平に、キャシーの体温が伝わってくる。
ジムは、ぎゅっとキャシーの手を握り返す。二人は目を合わせた。
「うん」と、キャシーが頷く。真剣な目でジムを見つめ、口を開く。
「行きましょう!」
ジムも頷き返す。
振り返ると、原型たちが緊張した表情で立ち止まっている。無理矢理どうにか、ジムは原型たちに向け、笑って見せた。
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