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指導者サーク
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「きゃああああっ!」
首領のサークに面会したアルニは、思い切り悲鳴を上げていた。顎関節が外れんばかりに大口を開け、全身を硬直させて、力一杯の悲鳴を上げてしまう。
長々と悲鳴を上げたアルニは、くた! と膝から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
やっぱり、驚いた!
これが驚かないでいられようか! いや、絶対に無理!
サークを前に、アルニは、ぽかんと馬鹿のように口を開けていた。頭の中が真っ白になり、気絶寸前といってよかった。
その先に、サークがいた。宙森の原型の人々の指導者にして首領である、サークその人である。
「驚かせてしまったようだね」
サークは静かな声音でアルニに話しかける。声は部屋の中の小さなスピーカーから流れてくる。ごぼごぼという泡の音が、サークの身体を保護するタンクから聞こえていた。
サークの身体は透明なタンクに保護液に浸され、漂っていた。サークの全身に、生命を維持するためのチューブが差し込まれ、一刻も休むことのない監視装置が、生命を永らえさせている。
脳、脊髄、更には剥き出しの眼球、それがサークの総てである。本来の骨格、内臓、筋肉、皮膚などは、そこには存在しない。
脳から伸びた脊髄神経と、目に見えないほど細かな末梢神経が、保護液の中にぷかぷかと浮いている。脳には何本もの導線が繋がれ、サークの意思を伝えるため、部屋にはスピーカーが備わっている。
生きている脳のみ。それがサークの正体なのだった。
「あ、あ、あ、あんた……生きているのっ? そんな状態で!」
アルニは、やっと声を上げることができた。
サークの身体を保護するタンクには、小さなディスプレイが付属している。そのディスプレイに、一人の男が映し出されている。
年齢は五十前か、四十半ばで、半白の剛い髪の毛と、日焼けした逞しい印象の男であった。そのディスプレイ内の男が頷く。男の口が動き、スピーカーから声が流れてきた。
「その通り、君の目の前のタンクで浮かんでいるのが、わたしの総てだ。このディスプレイに、脳に直結した仮想現実を作り出し、こうして見せ掛けの身体を映し出しているが、本来のわたしは、このタンクに生かされているだけなのだよ。このわたしは宙森の《大校母》の指図により、脳とそれに繋がる神経組織を摘出され、本来の自分の身体は廃棄されてしまった。あわや《大校母》の進める〝楽園計画〟の一部品になるところを、仲間に救われ、こうして生きながらえている」
驚きの後には怒りが湧いてくる。
アルニの両目から、つ──と一筋の涙がこぼれ出た。
「どうして、こんな、酷いことをするの?」
「超空間ジェネレーターのためだ! ジェネレーターを起動させるためには原型が必要だが《大校母》は原型の人々が勝手気儘に過ごすことを許さず、脳だけを摘出して、宇宙船の一部品としてしか存続を認めない。怖ろしいことに、摘出された脳の前頭葉部分をロボトミー切除して、個人の意思というものさえ奪っているという話だ。完全に、我々原型を人間として認めないつもりらしい」
アルニの脳裏に、サークのようにぷかぷかとタンクに浮かび、宇宙船の超空間ジェネレーターに繋がれる原型の脳の姿が浮かんできた。
自分も、そうなる運命だったのだ!
「でも、宙森の〝種族〟は、どうしてそんな酷いことに協力するの? あたしを捕まえようとした連中は、別々の〝種族〟だったけど」
背後に立ってアルニとサークの遣り取りを見守っていたルーサンが答える。
「皆、《大校母》に操られているんだ。ボーラン人は全員そうだが、この宙森の《大校母》はボーラン人だけでなく、他の〝種族〟の人間すら、自分の思い通りに動かせる能力を持つ」
「どうして──」
その時、それまで席を外していたバングが息せき切って、その場に走りこんできた。両目が大きく見開かれ、表情には驚きが浮かんでいる。
「大変だ! 町の様子が妙なことになっている! 《大校母》の身に、なにか異変があったらしい!」
「何っ!」と、ルーサンが応じ、バングの後を追って、その場から離れる。アルニはどうしていいか分からず、立ち竦んだ。
「二人の後に従いて行きなさい。わたしも、何があったのか知りたい」
サークがスピーカーで話しかける。意味が判らず、アルニは首を傾げる。ディスプレイの中のサークは、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫、わたしはここにいても、バングの報告は受け取れる。理由は、すぐ判るよ」
首領のサークに面会したアルニは、思い切り悲鳴を上げていた。顎関節が外れんばかりに大口を開け、全身を硬直させて、力一杯の悲鳴を上げてしまう。
長々と悲鳴を上げたアルニは、くた! と膝から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
やっぱり、驚いた!
これが驚かないでいられようか! いや、絶対に無理!
サークを前に、アルニは、ぽかんと馬鹿のように口を開けていた。頭の中が真っ白になり、気絶寸前といってよかった。
その先に、サークがいた。宙森の原型の人々の指導者にして首領である、サークその人である。
「驚かせてしまったようだね」
サークは静かな声音でアルニに話しかける。声は部屋の中の小さなスピーカーから流れてくる。ごぼごぼという泡の音が、サークの身体を保護するタンクから聞こえていた。
サークの身体は透明なタンクに保護液に浸され、漂っていた。サークの全身に、生命を維持するためのチューブが差し込まれ、一刻も休むことのない監視装置が、生命を永らえさせている。
脳、脊髄、更には剥き出しの眼球、それがサークの総てである。本来の骨格、内臓、筋肉、皮膚などは、そこには存在しない。
脳から伸びた脊髄神経と、目に見えないほど細かな末梢神経が、保護液の中にぷかぷかと浮いている。脳には何本もの導線が繋がれ、サークの意思を伝えるため、部屋にはスピーカーが備わっている。
生きている脳のみ。それがサークの正体なのだった。
「あ、あ、あ、あんた……生きているのっ? そんな状態で!」
アルニは、やっと声を上げることができた。
サークの身体を保護するタンクには、小さなディスプレイが付属している。そのディスプレイに、一人の男が映し出されている。
年齢は五十前か、四十半ばで、半白の剛い髪の毛と、日焼けした逞しい印象の男であった。そのディスプレイ内の男が頷く。男の口が動き、スピーカーから声が流れてきた。
「その通り、君の目の前のタンクで浮かんでいるのが、わたしの総てだ。このディスプレイに、脳に直結した仮想現実を作り出し、こうして見せ掛けの身体を映し出しているが、本来のわたしは、このタンクに生かされているだけなのだよ。このわたしは宙森の《大校母》の指図により、脳とそれに繋がる神経組織を摘出され、本来の自分の身体は廃棄されてしまった。あわや《大校母》の進める〝楽園計画〟の一部品になるところを、仲間に救われ、こうして生きながらえている」
驚きの後には怒りが湧いてくる。
アルニの両目から、つ──と一筋の涙がこぼれ出た。
「どうして、こんな、酷いことをするの?」
「超空間ジェネレーターのためだ! ジェネレーターを起動させるためには原型が必要だが《大校母》は原型の人々が勝手気儘に過ごすことを許さず、脳だけを摘出して、宇宙船の一部品としてしか存続を認めない。怖ろしいことに、摘出された脳の前頭葉部分をロボトミー切除して、個人の意思というものさえ奪っているという話だ。完全に、我々原型を人間として認めないつもりらしい」
アルニの脳裏に、サークのようにぷかぷかとタンクに浮かび、宇宙船の超空間ジェネレーターに繋がれる原型の脳の姿が浮かんできた。
自分も、そうなる運命だったのだ!
「でも、宙森の〝種族〟は、どうしてそんな酷いことに協力するの? あたしを捕まえようとした連中は、別々の〝種族〟だったけど」
背後に立ってアルニとサークの遣り取りを見守っていたルーサンが答える。
「皆、《大校母》に操られているんだ。ボーラン人は全員そうだが、この宙森の《大校母》はボーラン人だけでなく、他の〝種族〟の人間すら、自分の思い通りに動かせる能力を持つ」
「どうして──」
その時、それまで席を外していたバングが息せき切って、その場に走りこんできた。両目が大きく見開かれ、表情には驚きが浮かんでいる。
「大変だ! 町の様子が妙なことになっている! 《大校母》の身に、なにか異変があったらしい!」
「何っ!」と、ルーサンが応じ、バングの後を追って、その場から離れる。アルニはどうしていいか分からず、立ち竦んだ。
「二人の後に従いて行きなさい。わたしも、何があったのか知りたい」
サークがスピーカーで話しかける。意味が判らず、アルニは首を傾げる。ディスプレイの中のサークは、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫、わたしはここにいても、バングの報告は受け取れる。理由は、すぐ判るよ」
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