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宙森での逃走
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キャシーもまた宙森の内部に、原型の人間が見当たらない事実に気付いていた。
ジム、キャシー、ヘロヘロたちは、ボーラン人の案内でシャトルに乗り込み、円環部分へと運ばれていく。
「どういうことかしら。ここには原型の人間がまるっきり、見当たらないわ」
キャシーの呟きに、ジムは初めて気付いたとばかりに眉を上げた。隣で座るヘロヘロと顔を見合わせる。
ジムはキャシーに話しかけた。
「どうして、それが気になるんだ?」
「さあ」とキャシーは、首をちょっと傾ける。
が、急いで首を振って、自分の言葉を否定した。
「なんでもないのかもしれないわ。たまたま、あたしたちの近くに、原型の人たちが見当たらないだけなのかも……」
案内役のボーラン人は、そんな遣り取りにまるで無関心で、まっすぐ背中を伸ばし、座席に不動の姿勢を守ったまま座っている。
シャトル内部の表示が、円環部分へと近づいていく状況を示している。
不意に引っくり返る感覚があって、ジムを戸惑わせた。一瞬のことで、ジムは自分の気のせいかと思った。
だが、キャシーを見ると、やっぱり気がついたようで、微かに頷いて見せた。
「円環部分には人工重力場が働いていないのよ。遠心力を使っているから。今のは、シャトルが姿勢を変えて、あっちの遠心力に合わせたんだわ。円環部分ではコリオリの力が効いているから、それでちょっと感じが変わったのね」
ボーラン人が頷いた。
「その通りだ。円環部分では遠心力があるから、わざわざ人工重力場を発生させるのはエネルギーの無駄というものだ。さあ、これから《大校母》さまに面会するぞ!」
シャトルの出口から外へ出ると、宙森の内部の景観が目の前に広がる。
なんとなくジムは、宙森内部は木々に覆われた、シルバーの《鉄槌》内部で見た自然に溢れているのでないかと想像していた。
ところが、それは半分は当たっていたものの、半分は大きく間違っていた。目の前に広がるのは、海だった。
円環の外周が、ここでは〝下〟になり、内側が〝上〟になる。その外周全部が、総て海となって広がっているのである。天井一面は白く発光している。
空気には潮風が含まれている。
ジムは背後を振り返った。
巨大な塔が円環の天井を突き刺し、地面にまで達している。これがシャトルのためのスポーク部分なのだろう。ジムたちはスポークの周りにある円形のテラスに立っている。テラスからすぐ下が海面になっていて、覗き込むと波が白く泡立っている。
ボーラン人が指さした。
「迎えだ」
水平線は外周に沿って盛り上がっている。ちょうど円の内側を見上げる形になる。目測で、一キロほどの沖合いに、唐突に白い蒸気が上がった。
黒い塊りが海面から持ち上がる。
紡錘形で、滑らかな表面をしている。それは一旦、海面から斜めに持ち上がると、ざばーっと大きな白波を蹴立て、こちらへ近づいてきた。その動きは生き物を思わせた。
「鯨じゃないか……!」
ジムは大声を上げた。
鯨はジムたちが立っているテラス目指して真っ直ぐに近づいてくる。鼻先がずんぐりしていて、ジムの乏しい動物知識では、鯨は抹香鯨という種類だった。
鯨はテラスに横付けになって、海面すれすれから全体からすれば驚くほど小さな目で、ジムたちを見上げた。
ヘロヘロは疑わしそうに声を上げる。
「これが迎え、なのかい?」
「そうだ」
ボーラン人は無表情に答えた。
テラスに横付けになっている鯨の腹から背中へかけ、不意に段々ができた。階段のようである。
ボーラン人は、何の迷いもなく、その階段を上がって背中へ達した。背中からジムたちを見下ろし、声を掛ける。
「どうした? 上がって来い!」
ジムたちは思わず顔を見合わせた。
意を決したようにキャシーが先に立った。
階段を踏みしめ、背中へ上がっていく。鯨は大人しく、微動だにしなかった。
ジムもまた、キャシーの後に続いた。ヘロヘロはおっかなびっくり、という様子でジムのすぐ後から上った。
背中の盛り上がった部分は背骨にあたる。
その盛り上がりが動き出し、変化した。変化した後には、人間が座れる座席ができていた。座席には肘掛けまでついている。
当然のようにボーラン人は先頭の座席に腰を下ろす。キャシー、ジム、ヘロヘロの順でそれに倣った。
全員が座席に腰を落ち着けたのを確認して、ボーラン人は声を上げた。
「では、唯今より《大校母》さまに面会するため、出発する!」
その言葉が終わるなり、出し抜けに鯨が動き出した。
ジムは思わず「わっ」と叫んでいた。椅子の肘掛け部分が動き出し、ジムの腰を抱きしめるように包み込んだのである。
前のキャシーもまた、椅子に抱きしめられている。
後ろを見ると、ヘロヘロのまん丸な顔が両側から迫る肘掛けにがっちり掴まれ、身動きもとれないようだった。ヘロヘロは恐怖の表情を浮かべ、頭の天辺から生えているホイップ・アンテナの先が何度も忙しく瞬いていた。
ボーラン人が振り向き、冷静な口調で話しかけてきた。
「心配ない。少し揺れるから、安全ベルトで締め付けるだけだ」
ボーラン人には似つかわしくない冗談を口にした。
「ご乗客の皆様、これより《大校母》さまへの面会の旅を始めます。それでは良い旅を!」
ジム、キャシー、ヘロヘロたちは、ボーラン人の案内でシャトルに乗り込み、円環部分へと運ばれていく。
「どういうことかしら。ここには原型の人間がまるっきり、見当たらないわ」
キャシーの呟きに、ジムは初めて気付いたとばかりに眉を上げた。隣で座るヘロヘロと顔を見合わせる。
ジムはキャシーに話しかけた。
「どうして、それが気になるんだ?」
「さあ」とキャシーは、首をちょっと傾ける。
が、急いで首を振って、自分の言葉を否定した。
「なんでもないのかもしれないわ。たまたま、あたしたちの近くに、原型の人たちが見当たらないだけなのかも……」
案内役のボーラン人は、そんな遣り取りにまるで無関心で、まっすぐ背中を伸ばし、座席に不動の姿勢を守ったまま座っている。
シャトル内部の表示が、円環部分へと近づいていく状況を示している。
不意に引っくり返る感覚があって、ジムを戸惑わせた。一瞬のことで、ジムは自分の気のせいかと思った。
だが、キャシーを見ると、やっぱり気がついたようで、微かに頷いて見せた。
「円環部分には人工重力場が働いていないのよ。遠心力を使っているから。今のは、シャトルが姿勢を変えて、あっちの遠心力に合わせたんだわ。円環部分ではコリオリの力が効いているから、それでちょっと感じが変わったのね」
ボーラン人が頷いた。
「その通りだ。円環部分では遠心力があるから、わざわざ人工重力場を発生させるのはエネルギーの無駄というものだ。さあ、これから《大校母》さまに面会するぞ!」
シャトルの出口から外へ出ると、宙森の内部の景観が目の前に広がる。
なんとなくジムは、宙森内部は木々に覆われた、シルバーの《鉄槌》内部で見た自然に溢れているのでないかと想像していた。
ところが、それは半分は当たっていたものの、半分は大きく間違っていた。目の前に広がるのは、海だった。
円環の外周が、ここでは〝下〟になり、内側が〝上〟になる。その外周全部が、総て海となって広がっているのである。天井一面は白く発光している。
空気には潮風が含まれている。
ジムは背後を振り返った。
巨大な塔が円環の天井を突き刺し、地面にまで達している。これがシャトルのためのスポーク部分なのだろう。ジムたちはスポークの周りにある円形のテラスに立っている。テラスからすぐ下が海面になっていて、覗き込むと波が白く泡立っている。
ボーラン人が指さした。
「迎えだ」
水平線は外周に沿って盛り上がっている。ちょうど円の内側を見上げる形になる。目測で、一キロほどの沖合いに、唐突に白い蒸気が上がった。
黒い塊りが海面から持ち上がる。
紡錘形で、滑らかな表面をしている。それは一旦、海面から斜めに持ち上がると、ざばーっと大きな白波を蹴立て、こちらへ近づいてきた。その動きは生き物を思わせた。
「鯨じゃないか……!」
ジムは大声を上げた。
鯨はジムたちが立っているテラス目指して真っ直ぐに近づいてくる。鼻先がずんぐりしていて、ジムの乏しい動物知識では、鯨は抹香鯨という種類だった。
鯨はテラスに横付けになって、海面すれすれから全体からすれば驚くほど小さな目で、ジムたちを見上げた。
ヘロヘロは疑わしそうに声を上げる。
「これが迎え、なのかい?」
「そうだ」
ボーラン人は無表情に答えた。
テラスに横付けになっている鯨の腹から背中へかけ、不意に段々ができた。階段のようである。
ボーラン人は、何の迷いもなく、その階段を上がって背中へ達した。背中からジムたちを見下ろし、声を掛ける。
「どうした? 上がって来い!」
ジムたちは思わず顔を見合わせた。
意を決したようにキャシーが先に立った。
階段を踏みしめ、背中へ上がっていく。鯨は大人しく、微動だにしなかった。
ジムもまた、キャシーの後に続いた。ヘロヘロはおっかなびっくり、という様子でジムのすぐ後から上った。
背中の盛り上がった部分は背骨にあたる。
その盛り上がりが動き出し、変化した。変化した後には、人間が座れる座席ができていた。座席には肘掛けまでついている。
当然のようにボーラン人は先頭の座席に腰を下ろす。キャシー、ジム、ヘロヘロの順でそれに倣った。
全員が座席に腰を落ち着けたのを確認して、ボーラン人は声を上げた。
「では、唯今より《大校母》さまに面会するため、出発する!」
その言葉が終わるなり、出し抜けに鯨が動き出した。
ジムは思わず「わっ」と叫んでいた。椅子の肘掛け部分が動き出し、ジムの腰を抱きしめるように包み込んだのである。
前のキャシーもまた、椅子に抱きしめられている。
後ろを見ると、ヘロヘロのまん丸な顔が両側から迫る肘掛けにがっちり掴まれ、身動きもとれないようだった。ヘロヘロは恐怖の表情を浮かべ、頭の天辺から生えているホイップ・アンテナの先が何度も忙しく瞬いていた。
ボーラン人が振り向き、冷静な口調で話しかけてきた。
「心配ない。少し揺れるから、安全ベルトで締め付けるだけだ」
ボーラン人には似つかわしくない冗談を口にした。
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