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シャル・ウイ・ダンス?
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ミューズ人の楽隊がさっと手にした楽器を構え、室内にモーツァルトの管弦楽が響き渡る。
四本腕のゴロス人の給仕が、優雅な仕草でワインをシルバーとキャシーの食卓に用意し、グラスに静かに注ぎ入れた。
ロココ様式の部屋に、天井からはシャンデリア。壁にはおそらく複製であろう泰西名画が幾枚も飾られている。
さらに念入りなことに、窓には立体映像でどこかの宮殿の庭園の昼間の映像が映し出され、ここがシルバーの戦艦内部である現実を忘れさせる。
演奏する楽隊も、ゴロス人の給仕も、服装は共に十七世紀フランスの古風なもので、シルバー自身も、その時代の貴族の服装に着替えていた。
音楽が始まると、ぞろぞろと貴族の衣装を身に纏った男女が現れ、優雅な仕草で踊り始めた。
ここで違和感を主張している人間は、キャシーだけである。
ワイン・グラスを目の高さに上げ、シルバーは思い切り香りを吸い込み、一口含むとゴロス人の給仕に頷いて見せた。給仕は頷き返し、ワインの瓶を置いて引き下がる。
キャシーは用心深く手をつけようとしない。その様子を見てシルバーは笑顔を見せた。
「何も余計なものは入れてはおりませんぞ! 第一、高貴なワインにそのような薬を入れるなど、わたくしが許しません!」
肩を竦め、キャシーは手にしたグラスをぐっと一息に飲み干した。シルバーに向けてグラスを突き出す。
「もう一杯!」
「お見事!」
シルバーは感嘆した声をあげ、キャシーのグラスになみなみと注ぎ入れた。今度はキャシーは味わって呑み始める。
踊っている男女に目をやる。
「全員が原型なのね。〝種族〟のカップルは、一組もいないわ」
シルバーは大きく頷いた。
「さよう、この《鉄槌》において、原型はわたくしの賓客となっております。彼らは、わたくしの希望なのですよ」
シルバーの言葉に、キャシーは目を細めた。
「相変わらず、諦めないつもりね。あれが不可能だってこと、どうしたら、あんたが悟るのかしら?」
シルバーは苦く笑った。
「不可能であることは、まだ証明されておりません。不可能の証明がなされない限り、わたくしは断固、諦めませんよ。そのためには、キャシーさん、あなたの協力が是非とも必要なのです。判ってくれませんか?」
キャシーは首を振った。
「お祖父ちゃんは、そんな目的のために、あたしにあれを残してくれた訳じゃない。ここにいる原型の人たち……それに、全銀河系に存在する総ての原型の人たちに残したのよ。あなただけの物ではないわ」
シルバーは失望したようだったが、顔には出さなかった。
キャシーは窓を見て笑った。
「晩餐にしては時刻が間違っていない? 窓の外は昼間よ」
「おお!」とシルバーは弾かれたように顔を挙げ、手を上げてゴロス人の給仕を呼びつけた。耳を近寄せたゴロス人に何か囁く。ゴロス人は頷き、窓の側へ早足で移動した。
窓の側のパネルを開き、内部の機械を顕わにする。機械を調整すると、いきなり窓の景色が早送りされた。
青空に浮かんでいる雲が見る見る飛び去り、太陽が地平線に沈んで夕方の景色になり、更には夜を迎える。星が煌くようになって、ゴロス人は機械の操作を停めた。
「あの景色は一日二十四時間をエンドレスにしておりますからな、時刻を飛ばすことはできんのですよ」
シルバーは楽隊に向け、ぱちりと指を鳴らして合図する。
楽隊がそれまで演奏していたメヌエットから、テンポが速いポルカに変えた。踊りを踊っていた男女は曲目に合わせ、手を打ち鳴らし、足で床を踏み鳴らしてリズムを刻む。
浮き浮きとリズムに合わせていたシルバーはキャシーに囁いた。
「踊っていただけませんか?」
「いやよ! 誰が、あんたなんかと!」
キャシーは言下に拒否した。
落胆もせず、シルバーは立ち上がった。
「そうですか……それでは!」
ずい、と踊りの輪の真ん中に飛び出し、独りで踊り出す。まわりのカップルたちは歓迎し、輪になってシルバーを取り囲み、両手を打って拍子をとった。女性たちは次々とシルバーに近寄り、手を繋いでくるくると回転するダンスを踊る。シルバーは楽しそうであった。
キャシーは面白くなさそうに、ぐいぐいとワインを開けていく。
「ひくっ!」としゃっくりがこぼれた。
四本腕のゴロス人の給仕が、優雅な仕草でワインをシルバーとキャシーの食卓に用意し、グラスに静かに注ぎ入れた。
ロココ様式の部屋に、天井からはシャンデリア。壁にはおそらく複製であろう泰西名画が幾枚も飾られている。
さらに念入りなことに、窓には立体映像でどこかの宮殿の庭園の昼間の映像が映し出され、ここがシルバーの戦艦内部である現実を忘れさせる。
演奏する楽隊も、ゴロス人の給仕も、服装は共に十七世紀フランスの古風なもので、シルバー自身も、その時代の貴族の服装に着替えていた。
音楽が始まると、ぞろぞろと貴族の衣装を身に纏った男女が現れ、優雅な仕草で踊り始めた。
ここで違和感を主張している人間は、キャシーだけである。
ワイン・グラスを目の高さに上げ、シルバーは思い切り香りを吸い込み、一口含むとゴロス人の給仕に頷いて見せた。給仕は頷き返し、ワインの瓶を置いて引き下がる。
キャシーは用心深く手をつけようとしない。その様子を見てシルバーは笑顔を見せた。
「何も余計なものは入れてはおりませんぞ! 第一、高貴なワインにそのような薬を入れるなど、わたくしが許しません!」
肩を竦め、キャシーは手にしたグラスをぐっと一息に飲み干した。シルバーに向けてグラスを突き出す。
「もう一杯!」
「お見事!」
シルバーは感嘆した声をあげ、キャシーのグラスになみなみと注ぎ入れた。今度はキャシーは味わって呑み始める。
踊っている男女に目をやる。
「全員が原型なのね。〝種族〟のカップルは、一組もいないわ」
シルバーは大きく頷いた。
「さよう、この《鉄槌》において、原型はわたくしの賓客となっております。彼らは、わたくしの希望なのですよ」
シルバーの言葉に、キャシーは目を細めた。
「相変わらず、諦めないつもりね。あれが不可能だってこと、どうしたら、あんたが悟るのかしら?」
シルバーは苦く笑った。
「不可能であることは、まだ証明されておりません。不可能の証明がなされない限り、わたくしは断固、諦めませんよ。そのためには、キャシーさん、あなたの協力が是非とも必要なのです。判ってくれませんか?」
キャシーは首を振った。
「お祖父ちゃんは、そんな目的のために、あたしにあれを残してくれた訳じゃない。ここにいる原型の人たち……それに、全銀河系に存在する総ての原型の人たちに残したのよ。あなただけの物ではないわ」
シルバーは失望したようだったが、顔には出さなかった。
キャシーは窓を見て笑った。
「晩餐にしては時刻が間違っていない? 窓の外は昼間よ」
「おお!」とシルバーは弾かれたように顔を挙げ、手を上げてゴロス人の給仕を呼びつけた。耳を近寄せたゴロス人に何か囁く。ゴロス人は頷き、窓の側へ早足で移動した。
窓の側のパネルを開き、内部の機械を顕わにする。機械を調整すると、いきなり窓の景色が早送りされた。
青空に浮かんでいる雲が見る見る飛び去り、太陽が地平線に沈んで夕方の景色になり、更には夜を迎える。星が煌くようになって、ゴロス人は機械の操作を停めた。
「あの景色は一日二十四時間をエンドレスにしておりますからな、時刻を飛ばすことはできんのですよ」
シルバーは楽隊に向け、ぱちりと指を鳴らして合図する。
楽隊がそれまで演奏していたメヌエットから、テンポが速いポルカに変えた。踊りを踊っていた男女は曲目に合わせ、手を打ち鳴らし、足で床を踏み鳴らしてリズムを刻む。
浮き浮きとリズムに合わせていたシルバーはキャシーに囁いた。
「踊っていただけませんか?」
「いやよ! 誰が、あんたなんかと!」
キャシーは言下に拒否した。
落胆もせず、シルバーは立ち上がった。
「そうですか……それでは!」
ずい、と踊りの輪の真ん中に飛び出し、独りで踊り出す。まわりのカップルたちは歓迎し、輪になってシルバーを取り囲み、両手を打って拍子をとった。女性たちは次々とシルバーに近寄り、手を繋いでくるくると回転するダンスを踊る。シルバーは楽しそうであった。
キャシーは面白くなさそうに、ぐいぐいとワインを開けていく。
「ひくっ!」としゃっくりがこぼれた。
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