21 / 107
待っていた男
4
しおりを挟む
戦艦《鉄槌》の格納庫が大きく迫り、宇宙艇《呑竜》は今にも呑み込まれるところだった。
格納庫には数十名、いや百名にも及ぶ手に手に武器を持った〝種族〟が待ち受けている。全員が油断なく、銃口を通過する《呑竜》に擬していた。
二人は船窓に顔を並べて格納庫の光景を見守っていた。
キャシーはジムに銃を突きつけることを忘れているようだった。
ジムは目の前の光景に首をかしげた。
「妙だな」
「なにが?」
キャシーが素早く言い返す。
「この戦艦は宇宙軍のものなんだろう? それにしちゃ、こっちを取り囲む連中、まるで制服なんか気にしちゃいない。皆、思い思いの格好だし、手にした武器も、てんでばらばらだ。本当に宇宙軍なのか?」
キャシーは目をまじまじと見開き、ジムの顔を覗きこんだ。
「誰がそんなこと言ったの? シルバーの戦艦が宇宙軍に所属しているなんて与太を」
「その、シルバー本人がさ。警察の宇宙艇を、そう言って追っ払ったんだ」
キャシーは爆笑した。
「あっはっはっはっは! おっかしい! そんなシルバーの嘘っ八を頭から信じるなんて、なあーんて甘ちゃんなのかしら!」
ジムは仰天した。
「嘘なのか?」
キャシーは笑い止んだ。
両手を振り回し、あたりを指し示した。
「当たり前じゃないの。こんな、小惑星を改造した宇宙戦艦なんて、正式の宇宙軍艦艇の中にある訳ないわ!」
ジムはあんぐりと口を開け、ようやく言葉を絞り出す。
「そ、それじゃ、シルバーの正体は?」
「宇宙海賊よ。ま、百年も経っていたら、あんたが知らないのも無理はないわ。百年前……あたしにとっちゃ、ついこないだだけど……あいつったら、あたしのお祖父ちゃんの恩も知らずに、さんざっぱら宇宙を荒らし回った挙げ句、今度はあたしの《呑竜》を狙ったのよ……。でも、どうして楽々と掴まったりしたの?」
おずおずとヘロヘロが説明を開始した。
百年間、ずっとスクラップに埋まっていたこと。ジムが《呑竜》の封印を解いて宇宙へ飛び出したこと。警察の包囲を振り切るため、亜光速の速度で突進したこと……。
最後のくだりでキャシーは叫んだ。
「それよ! 亜光速を出すため、無反動スラスターを使ったんでしょう? スラスターの宇宙に残す航跡を、シルバーの奴め、感知したんだわ! それで、ここで待ちうけ、牽引ビームで動きを止めた。まさに、飛んで火に入るお馬鹿虫、って状態ね!」
最後のセリフはジムに向けて言ったものだった。ジムの胸に怒りがこみ上げる。
「そんなこと、おれが知るわけないじゃないか! あのシルバーがこの宇宙艇を欲しがっていること、ヘロヘロは何にも言わなかったぜ!」
キャシーが言い返そうとしたその時、宇宙艇の動きが止まった。
しずしずと格納庫の床に着地する。当然のことながら、重力発生装置のおかげで、ちゃんと上下の感覚がある。
ずらりと居並んでいる戦闘員を見て、ジムは合点した。
成る程、目の前に武器を構えている連中は、どう見ても正規の戦闘員には見えない。だらしない服装で、手にした武器の構えもなげやりだ。中には煙草を吹かしているやつもいるくらいだ。
その中に、銀色に輝く皮膚をしたシルバーの姿がある。シルバーは《呑竜》の船窓を覗き込んでいるキャシーを見つけ、驚きの表情を浮かべた。
が、すぐにやりと笑いを浮かべる。口許が動いた。
「キャシーさん、お久しぶりですな!」
シルバーの声が船内スピーカーから聞こえてくる。
どうやって通信しているのだろう、とジムは不思議に思った。シルバーはそういった通信装置を何も持っていない。
「あんたは久しぶりでも、あたしには、ついさっきのことに思えるわ。なにしろ停滞フィールドで固まっていたから」
キャシーが答えると、シルバーは何度も頷いた。
「成る程、成る程、それは失礼しました。ともかく、こうしてお目にかかれ、嬉しい限りで御座いますな。さ、こちらへお出でを願いますかな。格納庫はちゃんと空気も御座いますよ」
「出たくない、と言ったらどうするの?」
シルバーは大げさに肩を竦めた。
「さあ、どうなりますことやら……。その場合、無理矢理にも押し入ることになります。わたしとしては《呑竜》に髪の毛一本ほどの傷もつけたくないのですよ。そんな哀しいこと、わたくしにさせないで下さいよ」
最後は哀願するような調子になった。
二人の遣り取りを、ジムは奇妙に思った。
この二人、古くからの知り合いらしいが、シルバーはまるでお姫様に対するような態度で終始、キャシーに接している。
キャシーはぐい、と顔を上げた。
「しかたないわね。ともかく出るから、そこらにいるガラクタどもを、どけなさい!」
キャシーに「ガラクタ」呼ばわりされた手下は、シルバーの合図でさっと後ろに下がる。
キャシーはジムを見た。
「あんたも出るのよ。悪いけど、あんたも一蓮托生ってことで、諦めて頂戴」
ジムは首を竦めた。
「しかたねえ……。何がどうなっているか皆目だが、付き合うよ」
二人はエア・ロックへ向かった。
キャシーは途中で振り返り、ぼけっと突っ立っているヘロヘロに叫んだ。
「ヘロヘロ! あんたも来るのよ!」
ヘロヘロは、ぴょん、と一飛びすると、ぱたぱたと足音を立ててキャシーの背後につき従った。
「ご、御免……つい、ぼんやりしてた」
二人と一台のロボットは、エア・ロックから船外へ足を踏み出した。
シルバーが満面の笑みを浮かべ、キャシーを待ち受けていた。
どっしりとした身体つき、身長はジムに比べ、頭二つ分は超えている。体重は四倍はありそうだ。いや、どう見ても金属製だから、十倍にはなるのか?
シルバーはじろりとジムを睨んだ。
「その小僧は殺せ! 部外者だ!」
さっと周りの戦闘員がジムに向け、武器の狙いをつけた。
ジムの心臓が凍りつく!
格納庫には数十名、いや百名にも及ぶ手に手に武器を持った〝種族〟が待ち受けている。全員が油断なく、銃口を通過する《呑竜》に擬していた。
二人は船窓に顔を並べて格納庫の光景を見守っていた。
キャシーはジムに銃を突きつけることを忘れているようだった。
ジムは目の前の光景に首をかしげた。
「妙だな」
「なにが?」
キャシーが素早く言い返す。
「この戦艦は宇宙軍のものなんだろう? それにしちゃ、こっちを取り囲む連中、まるで制服なんか気にしちゃいない。皆、思い思いの格好だし、手にした武器も、てんでばらばらだ。本当に宇宙軍なのか?」
キャシーは目をまじまじと見開き、ジムの顔を覗きこんだ。
「誰がそんなこと言ったの? シルバーの戦艦が宇宙軍に所属しているなんて与太を」
「その、シルバー本人がさ。警察の宇宙艇を、そう言って追っ払ったんだ」
キャシーは爆笑した。
「あっはっはっはっは! おっかしい! そんなシルバーの嘘っ八を頭から信じるなんて、なあーんて甘ちゃんなのかしら!」
ジムは仰天した。
「嘘なのか?」
キャシーは笑い止んだ。
両手を振り回し、あたりを指し示した。
「当たり前じゃないの。こんな、小惑星を改造した宇宙戦艦なんて、正式の宇宙軍艦艇の中にある訳ないわ!」
ジムはあんぐりと口を開け、ようやく言葉を絞り出す。
「そ、それじゃ、シルバーの正体は?」
「宇宙海賊よ。ま、百年も経っていたら、あんたが知らないのも無理はないわ。百年前……あたしにとっちゃ、ついこないだだけど……あいつったら、あたしのお祖父ちゃんの恩も知らずに、さんざっぱら宇宙を荒らし回った挙げ句、今度はあたしの《呑竜》を狙ったのよ……。でも、どうして楽々と掴まったりしたの?」
おずおずとヘロヘロが説明を開始した。
百年間、ずっとスクラップに埋まっていたこと。ジムが《呑竜》の封印を解いて宇宙へ飛び出したこと。警察の包囲を振り切るため、亜光速の速度で突進したこと……。
最後のくだりでキャシーは叫んだ。
「それよ! 亜光速を出すため、無反動スラスターを使ったんでしょう? スラスターの宇宙に残す航跡を、シルバーの奴め、感知したんだわ! それで、ここで待ちうけ、牽引ビームで動きを止めた。まさに、飛んで火に入るお馬鹿虫、って状態ね!」
最後のセリフはジムに向けて言ったものだった。ジムの胸に怒りがこみ上げる。
「そんなこと、おれが知るわけないじゃないか! あのシルバーがこの宇宙艇を欲しがっていること、ヘロヘロは何にも言わなかったぜ!」
キャシーが言い返そうとしたその時、宇宙艇の動きが止まった。
しずしずと格納庫の床に着地する。当然のことながら、重力発生装置のおかげで、ちゃんと上下の感覚がある。
ずらりと居並んでいる戦闘員を見て、ジムは合点した。
成る程、目の前に武器を構えている連中は、どう見ても正規の戦闘員には見えない。だらしない服装で、手にした武器の構えもなげやりだ。中には煙草を吹かしているやつもいるくらいだ。
その中に、銀色に輝く皮膚をしたシルバーの姿がある。シルバーは《呑竜》の船窓を覗き込んでいるキャシーを見つけ、驚きの表情を浮かべた。
が、すぐにやりと笑いを浮かべる。口許が動いた。
「キャシーさん、お久しぶりですな!」
シルバーの声が船内スピーカーから聞こえてくる。
どうやって通信しているのだろう、とジムは不思議に思った。シルバーはそういった通信装置を何も持っていない。
「あんたは久しぶりでも、あたしには、ついさっきのことに思えるわ。なにしろ停滞フィールドで固まっていたから」
キャシーが答えると、シルバーは何度も頷いた。
「成る程、成る程、それは失礼しました。ともかく、こうしてお目にかかれ、嬉しい限りで御座いますな。さ、こちらへお出でを願いますかな。格納庫はちゃんと空気も御座いますよ」
「出たくない、と言ったらどうするの?」
シルバーは大げさに肩を竦めた。
「さあ、どうなりますことやら……。その場合、無理矢理にも押し入ることになります。わたしとしては《呑竜》に髪の毛一本ほどの傷もつけたくないのですよ。そんな哀しいこと、わたくしにさせないで下さいよ」
最後は哀願するような調子になった。
二人の遣り取りを、ジムは奇妙に思った。
この二人、古くからの知り合いらしいが、シルバーはまるでお姫様に対するような態度で終始、キャシーに接している。
キャシーはぐい、と顔を上げた。
「しかたないわね。ともかく出るから、そこらにいるガラクタどもを、どけなさい!」
キャシーに「ガラクタ」呼ばわりされた手下は、シルバーの合図でさっと後ろに下がる。
キャシーはジムを見た。
「あんたも出るのよ。悪いけど、あんたも一蓮托生ってことで、諦めて頂戴」
ジムは首を竦めた。
「しかたねえ……。何がどうなっているか皆目だが、付き合うよ」
二人はエア・ロックへ向かった。
キャシーは途中で振り返り、ぼけっと突っ立っているヘロヘロに叫んだ。
「ヘロヘロ! あんたも来るのよ!」
ヘロヘロは、ぴょん、と一飛びすると、ぱたぱたと足音を立ててキャシーの背後につき従った。
「ご、御免……つい、ぼんやりしてた」
二人と一台のロボットは、エア・ロックから船外へ足を踏み出した。
シルバーが満面の笑みを浮かべ、キャシーを待ち受けていた。
どっしりとした身体つき、身長はジムに比べ、頭二つ分は超えている。体重は四倍はありそうだ。いや、どう見ても金属製だから、十倍にはなるのか?
シルバーはじろりとジムを睨んだ。
「その小僧は殺せ! 部外者だ!」
さっと周りの戦闘員がジムに向け、武器の狙いをつけた。
ジムの心臓が凍りつく!
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
関西訛りな人工生命体の少女がお母さんを探して旅するお話。
虎柄トラ
SF
あるところに誰もがうらやむ才能を持った科学者がいた。
科学者は天賦の才を得た代償なのか、天涯孤独の身で愛する家族も頼れる友人もいなかった。
愛情に飢えた科学者は存在しないのであれば、創造すればいいじゃないかという発想に至る。
そして試行錯誤の末、科学者はありとあらゆる癖を詰め込んだ最高傑作を完成させた。
科学者は人工生命体にリアムと名付け、それはもうドン引きするぐらい溺愛した。
そして月日は経ち、可憐な少女に成長したリアムは二度目の誕生日を迎えようとしていた。
誕生日プレゼントを手に入れるため科学者は、リアムに留守番をお願いすると家を出て行った。
それからいくつも季節が通り過ぎたが、科学者が家に帰ってくることはなかった。
科学者が帰宅しないのは迷子になっているからだと、推察をしたリアムはある行動を起こした。
「お母さん待っててな、リアムがいま迎えに行くから!」
一度も外に出たことがない関西訛りな箱入り娘による壮大な母親探しの旅がいまはじまる。
❤️レムールアーナ人の遺産❤️
apusuking
SF
アランは、神代記の伝説〈宇宙が誕生してから40億年後に始めての知性体が誕生し、更に20億年の時を経てから知性体は宇宙に進出を始める。
神々の申し子で有るレムルアーナ人は、数億年を掛けて宇宙の至る所にレムルアーナ人の文明を築き上げて宇宙は人々で溢れ平和で共存共栄で発展を続ける。
時を経てレムルアーナ文明は予知せぬ謎の種族の襲来を受け、宇宙を二分する戦いとなる。戦争終焉頃にはレムルアーナ人は誕生星系を除いて衰退し滅亡するが、レムルアーナ人は後世の為に科学的資産と数々の奇跡的な遺産を残した。
レムールアーナ人に代わり3大種族が台頭して、やがてレムルアーナ人は伝説となり宇宙に蔓延する。
宇宙の彼方の隠蔽された星系に、レムルアーナ文明の輝かしい遺産が眠る。其の遺産を手にした者は宇宙を征するで有ろ。但し、辿り付くには3つの鍵と7つの試練を乗り越えねばならない。
3つの鍵は心の中に眠り、開けるには心の目を開いて真実を見よ。心の鍵は3つ有り、3つの鍵を開けて真実の鍵が開く〉を知り、其の神代記時代のレムールアーナ人が残した遺産を残した場所が暗示されていると悟るが、闇の勢力の陰謀に巻き込まれゴーストリアンが破壊さ
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
シーフードミックス
黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。
以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。
ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。
内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
魔術師のロボット~最凶と呼ばれたパイロットによる世界変革記~
MS
SF
これは戦争に巻き込まれた少年が世界を変えるために戦う物語。
戦歴2234年、人型ロボット兵器キャスター、それは魔術師と呼ばれる一部の人しか扱えない兵器であった。
そのパイロットになるためアルバート・デグレアは軍の幼年学校に通っていて卒業まであと少しの時だった。
親友が起こしたキャスター強奪事件。
そして大きく変化する時代に巻き込まれていく。
それぞれの正義がぶつかり合うなかで徐々にその才能を開花させていき次々と大きな戦果を挙げていくが……。
新たな歴史が始まる。
************************************************
小説家になろう様、カクヨム様でも連載しております。
投降は当分の間毎日22時ごろを予定しています。
天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる