電脳ロスト・ワールド

万卜人

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シャドウとの対決

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 ──四時間前──。
 頭の中で声がする。声は残り六時間を切ったところで「かっち、かっち、かっち」という時計の音に変わって聞こえ始めた。今は三十分置きに宣告しているが、二郎の話では三時間を切ると十分、一時間で五分と段々、間を刻んで聞こえて来るそうだ。いかにも急き立てられているようで、タバサはじっとしていられなくなる。
〝ロスト・シティ〟で出会ったギャンという人物は、二郎がシャドウの居城に忍び込むための準備に忙殺され、姿が見えない。二郎たちはギャンのレストランの貸切部屋に籠もり、ギャンが引き起こすであろう騒ぎに乗じて飛び出すべく、待ち構えている。
 ゲルダは町の露店で買い求めた武器をテーブルに並べ、点検に余念がない。買い求めたのは大振りの刀とか、香港映画でよく見るヌンチャクなどの武器である。何でも、拳銃のような複雑な機構の武器は、《ロスト・ワールド》ではあまり使用されていないそうだ。
 というより、まともに使用できるような銃器が存在しないのだ。拳銃や機関銃を製造するには、ちゃんとした工場設備が必要だが、《ロスト・ワールド》では恒久的な変化しない土地というのは存在せず、従って設備も作れない。
《ロスト・ワールド》で不変な地域は例外的に、シャドウが居住する〝ロスト・シティ〟の周りのみである。だから僅かな住民はシャドウの居城近くに家を構え、町を作ってきた。
 今まで何度か銃器を製作する工房が設置されたことがあったが、シャドウはそのような武器工房を嫌い、悉く邪魔してきた。シャドウは住民が町を作ることは黙認しても、それ以上の行動は許さないらしい。
 町の人間たちは自分たちを〝ロスト〟させた張本人がシャドウである事実は承知しており、シャドウの近くでなければ、安全に暮らせないことも判っている。
 まったく苛立たしい限りで、町の壁がシャドウに背を向けるように建てられている理由も、そんな二律背反の気持ちが現れているのかもしれない。
 二郎は、じっと腕組みをしたまま椅子に腰掛け、真っ直ぐ前を見たまま、微動だにしない。
 いかにも全身に緊張が溢れているようで、タバサは何度か声を掛けようか迷ったが、結局何もできずに、溜息を吐くのが関の山だ。
 真葛三兄弟の長兄である玄之丞は、ゆったりと弛緩した表情で、葉巻を燻らせている。
 時折、口をポカンと開き、煙の輪っかを吐き出している。煙の輪は、驚くほどしっかりと形を保ったまま天井に向かい、天井にぶち当たると、ほわんと消えていく。その様子を、玄之丞は興味津々といった様子で、まじまじと見つめている。まったく、何が楽しいのか。
 知里夫はくっちゃくっちゃと口の中でガムを噛んでいる。時々「ぷーっ」とガムを膨らませ「ぺちん!」と破れたやつを、また口の中に戻して噛み続けた。
 晴彦は、いやに熱心に綾取りを続けている。真剣な目つきで、エッフェル塔とか、富士山の形に紐を組み合わせ、一つ完成するたびに、輝くような笑顔を見せる。
 タバサと目が合い、晴彦は手にした綾取りを突き出した。タバサに相手して貰いたいのだ。
 退屈しのぎにタバサは「いいわよ」と答え、晴彦の前に椅子を置いて向き合った。
 差し出された綾取りを受け取ると、晴彦は目も止まらぬ素早さで紐を組み合わせる。紐は白と黒の二本の色でできている。目まぐるしく紐が組み合わされ、ある形を作っていく。作り出される形に、タバサは目を見張った。
 シャドウの顔が作り出されていた。顔は黒く、髪の毛は白い。晴彦はタバサから綾取りを受け取ると、両目の部分に自分の目を押し付け、タバサの顔を覗きこむ。口の形がニヤニヤ笑いを形作っているのが不気味である。
「あんた、シャドウを知っているの?」
 晴彦は首を左右に振って否定した。くるりと綾取りを引っくり返すと、白と黒の糸が反転していた。二郎を見やる晴彦の目の動きにタバサは呟いた。
「それ、二郎の顔じゃない?」晴彦は頷く。
 その時、ギャンが部屋に入ってきた。音もなく、影のように滑り込んだギャンは、かったるそうに呟いた。
「準備完了だ……。ちょっとした騒ぎを起こす。あとは、あんたらの仕事だ……」
 それまで身動きもせず椅子に腰掛けていた二郎が、かっと目を見開く。ぐっとギャンの顔を見上げ、強く頷いた。
「恩に着るぜ、ギャン!」
 ギャンは薄く笑った。
「幸運を……。それとも悪運かな?」
 二郎は肩を竦めて立ち上がった。
「どっちでも構わんよ。さあ、行くぞ!」
 二郎に促され、一同は神輿を上げる。
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