電脳ロスト・ワールド

万卜人

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仮想現実のルール

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 芋虫の背中に乗ったまま、旅は順調に進んでいる。
 速度が上がると、芋虫の動きは滑らかになり、タバサはようやく落ち着いた気分で周囲の景色を見渡す余裕が出てきた。
 地形は直線と、平面で構成され、曲線部分はほとんど見当たらない。透明なもの、あるいは白濁した結晶が、にょきにょきとあちこちから突き出している。
 二郎の説明では、森にあたるらしい。山脈には奇妙な線刻模様が浮き出し、時折、青白い光が走る。
 タバサは空を見上げ、首をかしげた。
 太陽は見えない。ただ、真っ赤な血のような空が広がっているだけだ。それなのに光は感じる。どこに光源があるのだろう。これも仮想現実の不思議の一つなのだろうか。
 遠くの空にくるくると、十字型のプロペラのような物体が数個、浮かんでいる。
 タバサは指さし、二郎に話し掛けた。
「ねえ、あれ。《ロスト・ワールド》の鳥なの?」
 タバサの指さした方向を一目ちらっと見た瞬間、二郎の顔色が変わった。
「いかん! あれは敵だ!」
 タバサは「敵?」と、ぼんやりと呟く。タバサの呑気な反応に、二郎は苛々とした表情になる。
「そうだ。天敵だ! この芋虫のな!」
「襲ってくるんですか?」
 素早く反応したのは、ゲルダだ。さすが軍人らしい。ゲルダは腰のホルスターから拳銃を抜いた。二郎は皮肉な目で、ゲルダの拳銃を見た。
「それで何するってんだ?」
 心外な、という表情をゲルダは浮かべる。
「攻撃を受けるなら、こちらも反撃しなくては。当たり前のことでしょう?」
 二郎はゲルダの拳銃をしげしげと見つめ、軽く首を振る。
「そいつは《蒸汽帝国》から持ち込んだものだな。ここで使えると思っているのか?」
 ゲルダは驚きに、目を瞠る。
「なぜです? これは帝国軍の制式拳銃ですよ!」
 ぷい、と二郎は、そっぽを向く。
「まあ、試してみな。どうなるか……」
 明らかに小馬鹿にした、二郎の態度に、ゲルダは見る見る顔を真っ赤に染めた。
 タバサはゲルダの拳銃を眺めた。拳銃というより、小型の大砲、といった形容が当たっている。銃口が喇叭状に開き、ずっしりと重そうである。ゲルダは軽々と扱っているが、タバサが持てば数秒と経たないうちに、腕が痺れ、持ち上げることすら困難だろう。
 奇妙なのは、真葛三兄弟である。二郎が危険を予感して、緊張しているのに、三人は薄ぼんやりと空を眺めたり、知里夫は鼻毛を抜いたりしている。まるで危険というものを、感じていないかのようだ。
 見る間に空中を回転していたプロペラは、芋虫の進行方向に近づいた。
 薄平たい、四本の羽根が旋回している。これが生物とは信じられない。
 羽根の形は、根本が細く、先端が丸く広がった形をしていて、先端には目玉のような器官が付いている。もし目玉だとすると、ぐるぐる旋回していて、どうやって見ることができるのだろうか。
 根本は口らしい。丸く開いた円形の穴の内側に、細かな突起が無数に生えている。歯である。プロペラ生物は、ひゅんひゅんと風切り音を立てながら、見る見る接近してくる。
 芋虫の背中に、ゲルダがすっくと立ち上がった。両手で拳銃を構え、静かに接近するプロペラ生物を待ち構えている。ゲルダの指が銃爪を引いた。
 かちゃり……。微かな金属音を立て、撃鉄が下りた。それだけである。
 タバサは「どかーん!」という拳銃の音を予想して、早々と耳を塞いでいたのだが、何も起きない。慌てたのはゲルダであった。
 かちゃ! かちゃ! と、何度も銃爪を引くが、拳銃は何も反応無しだ。
「くそっ!」と小さく舌打ちをすると、今度は腰の軍刀をすらりと抜き放つ。拳銃は投げ棄てた。
 一匹が、すぐそこまで近づいている。ゲルダは軍刀を素早く、下から上へ切り上げる。
 ぎゃりんっ!
 ゲルダの軍刀は虚しくプロペラ生物の身体を滑った。相当、硬い表皮をしている。それでも切り掛かった衝撃で、プロペラ生物のコースは逸れた。
 二郎は素早く真葛三兄弟を振り返り、叫んだ。
「あんたらの出番だ!」
「ほいちっち!」
 妙な掛け声を上げ、玄之丞が立ち上がる。腰に両手を掛け、胸を張った。
 二郎がタバサに近づき、囁いた。
「耳はそのまま塞いでおけ!」
「え?」
「いいから、耳を塞ぐんだ!」
 二郎はしっかりと両耳に指を突っ込む。訳が判らないなりに、タバサも真似する。
 すうーっ、と玄之丞は大口を開け、息を吸い込む。
 吸い込む。
 まだ吸い込む。
 まだまだ吸い込む。
 どんどん玄之丞の胸は膨らんでいく。顔は赤らみ、眉間に深い皺が刻まれた。
 知里夫、晴彦の二人も、しっかりと耳を塞いで、何かを待ち受けている。
 玄之丞は声を発した。

 渇──っ!

 声、というより、何か強烈な衝撃波が、物理的な力を持って、空間を切り裂いた、といったものだった。
 震動で、タバサの皮膚がぶるぶると震え、髪の毛がばさばさと逆立った。両手で固く耳を塞いでいるのに関わらず、鼓膜を通り抜け、脳髄に直接ぐわんぐわん突き刺すような音が轟き渡った。タバサは気が遠くなり、目が霞む。
 恐る恐る、タバサは目を開く。
 ふっ、と玄之丞は芝居っ気たっぷりに、額の汗を拭う仕草をする。
 さっきまで接近していた数個のプロペラ生物が、ふらふらと頼りない、まるで気絶したかのように目標を見失って、さ迷っている。
 ぽとり、と一匹が地面に落ちていく。ついで、ぽと、ぽとりと残りのプロペラ生物も後を追う。ぱたん、と地面に平べったくなり、そのまま動かず止まっている。
 芋虫はずんずん進んでいるから、あっという間に後方に遠ざかり、見えなくなった。
 すぱーっ! と、得意そうに玄之丞は葉巻を吹かす。
「どうかな? 危機は脱したかな?」
 二郎は小さく頷いた。
「ああ、助かった。しかし、相変わらず、あんたの声は凄いな……」
「まあ、な!」
 おほん、と咳払いをして、玄之丞はそっくり返った。
 タバサは二郎に囁いた。
「これで、あの人たちを連れてきたの?」
 二郎は素早くウインクをする。
「そうさ。あの連中、見かけはああだが、各々特技があってね……。まあ、残りの特技も追々、披露してくれると思うよ」
 進行方向に顔を向け、笑顔になった。
「さてさて、次は芋虫の巣篭もり場所が近づいた! 終着駅は、すぐそこでござーい!」
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