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仮想現実のルール
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どすどすどす……と、微かな震動が足下から伝わってくる。何かが、明らかに接近してくるのだ!
目を細め、遠くを眺めたタバサは、雨樋の内側にぴったりとした芋虫のような姿の生き物が近づいてくるのを認めた。芋虫は、腹の辺りからぬるぬるした粘液を放出させ、ずりっ、ずりっと身体をくねらせ接近してくる。
「あ……あれが、列車? ですってえぇ!」
二郎は指を口に当て「ひゅーっ」と、高々と指笛を鳴らした。
ぴた、と芋虫は前進を止めた。頭がぐい、と持ち上がり、ひくひくと触覚が空中を探っている。二郎は再び指笛を鳴らす。今度は「ぴっ! ぴっ!」と断続的な鳴らし方だ。芋虫の頭が、のそりとチューブの床に下がり、何かを待ち受ける態勢になった。
「さあ、乗り組むぞ」
叫んで、二郎は自信満々に芋虫に近づいた。ぐっと芋虫の身体を踏んづけ、さっさと当然のように背中に登る。呆気に取られている全員に、顎をしゃくった。
「何している?」
またまたゲルダが先頭に立つ。無言で芋虫を睨みつけ、ぐっと踏みつける。足が芋虫の柔らかな身体にめり込む瞬間、実に神妙な表情になる。
続いて、玄之丞。玄之丞は脚が芋虫を踏みつけた瞬間「おほっ!」と短く笑い声を上げた。
知里夫は無造作に飛び上がる。ずぽっと足首まで埋まり、芋虫は「ふんぎゅっ!」と小さく声を上げた。二郎は眉を顰め、声を掛ける。
「おいおい、乱暴に登るな! こいつは生き物なんだからな」
「すまねえ」と、知里夫は首を竦めた。
晴彦はスキップしながら近づいた。勢いをつけ、飛び上がる寸前、二郎は慌てて手の平を挙げ、制止した。
「おいっ! さっき知里夫に注意したばかりだぞ! そっと登れ!」
ききっ、と晴彦は危うく留まり、ばたばたと両手を旋回させバランスを取る。それでも大人しく、芋虫の背中に登った。
最後が、タバサである。高いところは苦手だが、虫は……それも芋虫は、もっと苦手だ!
かちん、こちんに全身が緊張し、ぎくしゃくと出来損ないのロボットのように、芋虫に近づいた。なるだけまともに見ないようにして、背中に足を接地させる。
ふにゅ、と足の裏が、柔らかな生き物の背中を踏んづける。
「うわあ……」
泣きそうになって、それでも必死に悲鳴を押し殺して、どうにかこうにかタバサは背中に登った。
二郎は芋虫の頭辺りに陣取り、胡坐をかく。真似をして、タバサたちも柔らかな背中に腰を落とした。二郎は指を唇に押し当て、「ぴーっ!」と高々と鳴らした。
ぐっと芋虫は頭を挙げ、ぐねぐねと全身を蠕動させ、再び前進を再開した。
「こ……これ、何なの?」
「見ての通り、幼虫だ。チューブは、こいつの通り道になっていてね、滑りを良くするために粘液を放出させるが、粘液はチューブにとって栄養となる。つまり、共生関係だな」
芋虫の身体の動きで舌を噛みそうになったが、それでもタバサは、必死に質問する。
「それで、どこに向かっているの? さっきの指笛は何?」
「やーれ、やれ! また質問責めかよ……」
うんざりした表情になりながらも、それでも二郎は説明をする。
「なりはデカいが、要するに、こいつは幼虫だ。芋虫と聞いて、何を連想する?」
タバサはぶんぶんと激しく首を振った。芋虫なんか、考えたくもない。
「ほら、蝶だよ。こいつは、あの種の虫の幼虫なんだ。充分に身体が育つと、こいつはチューブを伝って、蛹になる場所を目指す。指笛は、こいつにとっては、生きるための信号だ。おれは何度か《ロスト・ワールド》に潜入して、こいつの利用方法を見出したんだ」
ゲルダは真剣な表情で割り込んだ。
「それで、シャドウの本拠地に、どれくらい近づくんです? 幼虫の巣篭もりをする場所が、シャドウの居城なのですか?」
「いや」と、二郎はゲルダの質問に短く首を振った。
「そう、真っ直ぐ行けるという訳にはいかないよ。しかし、かなり距離は稼げる。まあ、あとは空路を取ることになるけどね」
「空路……!」
と、全員が声を上げる。いや、唯一人、晴彦だけは会話にまるで無関心で、ぼけっと呑気な表情で、周囲の景色に目をやっている。
これが鉄道なら、飛行機はなんだろう……。
タバサは一寸考え、二郎が蛹になって蝶になると説明したのを思い出した。
ということは……!
せめて、本当に蝶でありますように……!
タバサは、蛾が大嫌いなのだ。
目を細め、遠くを眺めたタバサは、雨樋の内側にぴったりとした芋虫のような姿の生き物が近づいてくるのを認めた。芋虫は、腹の辺りからぬるぬるした粘液を放出させ、ずりっ、ずりっと身体をくねらせ接近してくる。
「あ……あれが、列車? ですってえぇ!」
二郎は指を口に当て「ひゅーっ」と、高々と指笛を鳴らした。
ぴた、と芋虫は前進を止めた。頭がぐい、と持ち上がり、ひくひくと触覚が空中を探っている。二郎は再び指笛を鳴らす。今度は「ぴっ! ぴっ!」と断続的な鳴らし方だ。芋虫の頭が、のそりとチューブの床に下がり、何かを待ち受ける態勢になった。
「さあ、乗り組むぞ」
叫んで、二郎は自信満々に芋虫に近づいた。ぐっと芋虫の身体を踏んづけ、さっさと当然のように背中に登る。呆気に取られている全員に、顎をしゃくった。
「何している?」
またまたゲルダが先頭に立つ。無言で芋虫を睨みつけ、ぐっと踏みつける。足が芋虫の柔らかな身体にめり込む瞬間、実に神妙な表情になる。
続いて、玄之丞。玄之丞は脚が芋虫を踏みつけた瞬間「おほっ!」と短く笑い声を上げた。
知里夫は無造作に飛び上がる。ずぽっと足首まで埋まり、芋虫は「ふんぎゅっ!」と小さく声を上げた。二郎は眉を顰め、声を掛ける。
「おいおい、乱暴に登るな! こいつは生き物なんだからな」
「すまねえ」と、知里夫は首を竦めた。
晴彦はスキップしながら近づいた。勢いをつけ、飛び上がる寸前、二郎は慌てて手の平を挙げ、制止した。
「おいっ! さっき知里夫に注意したばかりだぞ! そっと登れ!」
ききっ、と晴彦は危うく留まり、ばたばたと両手を旋回させバランスを取る。それでも大人しく、芋虫の背中に登った。
最後が、タバサである。高いところは苦手だが、虫は……それも芋虫は、もっと苦手だ!
かちん、こちんに全身が緊張し、ぎくしゃくと出来損ないのロボットのように、芋虫に近づいた。なるだけまともに見ないようにして、背中に足を接地させる。
ふにゅ、と足の裏が、柔らかな生き物の背中を踏んづける。
「うわあ……」
泣きそうになって、それでも必死に悲鳴を押し殺して、どうにかこうにかタバサは背中に登った。
二郎は芋虫の頭辺りに陣取り、胡坐をかく。真似をして、タバサたちも柔らかな背中に腰を落とした。二郎は指を唇に押し当て、「ぴーっ!」と高々と鳴らした。
ぐっと芋虫は頭を挙げ、ぐねぐねと全身を蠕動させ、再び前進を再開した。
「こ……これ、何なの?」
「見ての通り、幼虫だ。チューブは、こいつの通り道になっていてね、滑りを良くするために粘液を放出させるが、粘液はチューブにとって栄養となる。つまり、共生関係だな」
芋虫の身体の動きで舌を噛みそうになったが、それでもタバサは、必死に質問する。
「それで、どこに向かっているの? さっきの指笛は何?」
「やーれ、やれ! また質問責めかよ……」
うんざりした表情になりながらも、それでも二郎は説明をする。
「なりはデカいが、要するに、こいつは幼虫だ。芋虫と聞いて、何を連想する?」
タバサはぶんぶんと激しく首を振った。芋虫なんか、考えたくもない。
「ほら、蝶だよ。こいつは、あの種の虫の幼虫なんだ。充分に身体が育つと、こいつはチューブを伝って、蛹になる場所を目指す。指笛は、こいつにとっては、生きるための信号だ。おれは何度か《ロスト・ワールド》に潜入して、こいつの利用方法を見出したんだ」
ゲルダは真剣な表情で割り込んだ。
「それで、シャドウの本拠地に、どれくらい近づくんです? 幼虫の巣篭もりをする場所が、シャドウの居城なのですか?」
「いや」と、二郎はゲルダの質問に短く首を振った。
「そう、真っ直ぐ行けるという訳にはいかないよ。しかし、かなり距離は稼げる。まあ、あとは空路を取ることになるけどね」
「空路……!」
と、全員が声を上げる。いや、唯一人、晴彦だけは会話にまるで無関心で、ぼけっと呑気な表情で、周囲の景色に目をやっている。
これが鉄道なら、飛行機はなんだろう……。
タバサは一寸考え、二郎が蛹になって蝶になると説明したのを思い出した。
ということは……!
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