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不条理三兄弟
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なんとか渡り終えたタバサは、大きく溜息をついた。
《ココナッツ・ホテル》の正面は、回転ドアだった。なぜか二郎は、回転ドアの前で考え込んでいる。
「入らないの?」とタバサが声を掛けると、二郎は無言で頷く。
「ま、度胸試しと行くか!」
なにを大袈裟な……。たかが回転ドアを潜るだけのことに、とタバサは思ったが、二郎の様子は真剣だった。
さっと二郎は回転ドアを押して、中へ入る。
と、ぐるんっと大きくドアが回転して、物凄いスピードで回り始める。
「わあああああっ!」
二郎はフード・プロセッサーに巻き込まれたように、猛スピードで回転するドアに挟まれている。ぎゅーんっ、と回転するドアに捕まったまま、二郎の身体が霞む。
ぽんっ、と弾けるような音とともに、二郎の身体が勢いよくホテル内部のロビーに投げ出された。
ぜいぜいぜいっ、と二郎は床にべったり腹這いになって喘いでいた。ゆっくりと立ち上がり、ドアの向こうからタバサを見る。
「何している? ドアを抜けて来い!」
無表情な二郎の顔を見て、タバサとゲルダは顔を見合わせた。ゲルダはぐいっ、と眉を上げた。
せえのっ、と二人で呼吸を合わせ、回転ドアに突進する。
「わああああっ!」「きゃあああっ!」
案の定、二人は猛スピードで回転するドアに捕まってしまった!
ドアのロビーと、外の道路が滲んだようにちらと視界に映り、唐突に二人はドアから弾き出される。べっちゃりと、床に腹這いになったタバサは、隣のゲルダ少佐を見た。ゲルダ少佐は不機嫌な表情で立ち上がり、ぱんぱんと音を立てて服の埃を払っている。
ふらふらになって立ち上がったタバサは、二郎に噛みついた。
「何なのよう! この〝世界〟はっ! ドアさえ、まともに開かないの?」
二郎は「へっ」と肩を竦める。
「仕方ない。これが《スラップ・スティック・タウン》の約束事でね。ここに入ったら最後、マンガの登場人物のような出来事に出会うことを覚悟しなくてはならない。ま、これが好きで集まっているプレイヤーもいるから、成立しているんだが」
二郎の視線は、ロビーのエレベーターのドアに向けられている。
「これから最上階に出向かなければならないんだが、さて、どうしたものか?」
タバサも疑い深く、エレベーターのドアを睨んだ。回転ドアがあの調子じゃ、エレベーターに乗ったら、どんな酷い目に遭わされるか、判ったもんじゃない!
「まあ、階段をえっちらおっちら上ることを考えると、他に手段はないしな……」
諦めたように呟くと、二郎はエレベーターの呼び出しボタンを押した。
エレベーターのドアは、すぐに開く。
「いらっしゃいませ! 何階をご利用ですか?」
エレベーター・ボーイのお仕着せを身につけたウサギが陽気な口調で声を掛けてきた。片手にニンジンを持って、時々かりかりと齧っている。
息を詰め、二郎が中に踏み込む。タバサと少佐も後に続いた。タバサはしげしげとウサギを見つめた。
マンガの登場人物のような格好をしている。きょろりとした大きな両目に、笑い顔を貼り付かせたような顔つきである。ウサギはタバサの視線を感じ、ウインクしてきた。
馴れ馴れしいウサギの態度に、タバサは「むっ」となって顔を背ける。
「最上階だ」
二郎の言葉にウサギは「かしこまりました!」と大声で返事をして、エレベーターの操作レバーをぐいっと引いた。
「きゃあっ!」
出し抜けにエレベーターはロケットのように上昇する。物凄い加速で、全員の身体がぺっしゃんこに縮んでしまう。
がくんっ! とエレベーターは急停止する。
ぴしゃんっ、と急停止した反動で全員はエレベーターの天井にぶつかってしまう。
からからから……と皿が回転するような音を立て、ぺったんこの全員は床に転がる。
「最上階です……」
ウサギの声がする。ぺったんこのウサギから、大きな両耳がぴょこんと出ている。
ドアが開き、皿のように平べったくなった二郎は、にゅっと足を外に出して、のこのこと歩き出す。
「もう……やんなっちゃう……」
タバサの呟きに、二郎はもごもごとくぐもったような返事を返した。
「我慢しろ。この前こいつに乗ったときは、天井を突き抜け、道路の向かいのビルに突き刺さった。今回は、まともに止まっただけ、めっけものさ!」
「むん!」と二郎は力む。ぴょこり、と二郎の身体が元に戻った。
タバサ、ゲルダも、同じように力んだ。
ぱこん、ぺこん……とブリキ缶のような甲高い音とともに、二人の姿は元に戻る。
「はあっ」とタバサは息を吐き出した。
二郎が目の前のドアを指差した。
「ここだよ」
《ココナッツ・ホテル》の正面は、回転ドアだった。なぜか二郎は、回転ドアの前で考え込んでいる。
「入らないの?」とタバサが声を掛けると、二郎は無言で頷く。
「ま、度胸試しと行くか!」
なにを大袈裟な……。たかが回転ドアを潜るだけのことに、とタバサは思ったが、二郎の様子は真剣だった。
さっと二郎は回転ドアを押して、中へ入る。
と、ぐるんっと大きくドアが回転して、物凄いスピードで回り始める。
「わあああああっ!」
二郎はフード・プロセッサーに巻き込まれたように、猛スピードで回転するドアに挟まれている。ぎゅーんっ、と回転するドアに捕まったまま、二郎の身体が霞む。
ぽんっ、と弾けるような音とともに、二郎の身体が勢いよくホテル内部のロビーに投げ出された。
ぜいぜいぜいっ、と二郎は床にべったり腹這いになって喘いでいた。ゆっくりと立ち上がり、ドアの向こうからタバサを見る。
「何している? ドアを抜けて来い!」
無表情な二郎の顔を見て、タバサとゲルダは顔を見合わせた。ゲルダはぐいっ、と眉を上げた。
せえのっ、と二人で呼吸を合わせ、回転ドアに突進する。
「わああああっ!」「きゃあああっ!」
案の定、二人は猛スピードで回転するドアに捕まってしまった!
ドアのロビーと、外の道路が滲んだようにちらと視界に映り、唐突に二人はドアから弾き出される。べっちゃりと、床に腹這いになったタバサは、隣のゲルダ少佐を見た。ゲルダ少佐は不機嫌な表情で立ち上がり、ぱんぱんと音を立てて服の埃を払っている。
ふらふらになって立ち上がったタバサは、二郎に噛みついた。
「何なのよう! この〝世界〟はっ! ドアさえ、まともに開かないの?」
二郎は「へっ」と肩を竦める。
「仕方ない。これが《スラップ・スティック・タウン》の約束事でね。ここに入ったら最後、マンガの登場人物のような出来事に出会うことを覚悟しなくてはならない。ま、これが好きで集まっているプレイヤーもいるから、成立しているんだが」
二郎の視線は、ロビーのエレベーターのドアに向けられている。
「これから最上階に出向かなければならないんだが、さて、どうしたものか?」
タバサも疑い深く、エレベーターのドアを睨んだ。回転ドアがあの調子じゃ、エレベーターに乗ったら、どんな酷い目に遭わされるか、判ったもんじゃない!
「まあ、階段をえっちらおっちら上ることを考えると、他に手段はないしな……」
諦めたように呟くと、二郎はエレベーターの呼び出しボタンを押した。
エレベーターのドアは、すぐに開く。
「いらっしゃいませ! 何階をご利用ですか?」
エレベーター・ボーイのお仕着せを身につけたウサギが陽気な口調で声を掛けてきた。片手にニンジンを持って、時々かりかりと齧っている。
息を詰め、二郎が中に踏み込む。タバサと少佐も後に続いた。タバサはしげしげとウサギを見つめた。
マンガの登場人物のような格好をしている。きょろりとした大きな両目に、笑い顔を貼り付かせたような顔つきである。ウサギはタバサの視線を感じ、ウインクしてきた。
馴れ馴れしいウサギの態度に、タバサは「むっ」となって顔を背ける。
「最上階だ」
二郎の言葉にウサギは「かしこまりました!」と大声で返事をして、エレベーターの操作レバーをぐいっと引いた。
「きゃあっ!」
出し抜けにエレベーターはロケットのように上昇する。物凄い加速で、全員の身体がぺっしゃんこに縮んでしまう。
がくんっ! とエレベーターは急停止する。
ぴしゃんっ、と急停止した反動で全員はエレベーターの天井にぶつかってしまう。
からからから……と皿が回転するような音を立て、ぺったんこの全員は床に転がる。
「最上階です……」
ウサギの声がする。ぺったんこのウサギから、大きな両耳がぴょこんと出ている。
ドアが開き、皿のように平べったくなった二郎は、にゅっと足を外に出して、のこのこと歩き出す。
「もう……やんなっちゃう……」
タバサの呟きに、二郎はもごもごとくぐもったような返事を返した。
「我慢しろ。この前こいつに乗ったときは、天井を突き抜け、道路の向かいのビルに突き刺さった。今回は、まともに止まっただけ、めっけものさ!」
「むん!」と二郎は力む。ぴょこり、と二郎の身体が元に戻った。
タバサ、ゲルダも、同じように力んだ。
ぱこん、ぺこん……とブリキ缶のような甲高い音とともに、二人の姿は元に戻る。
「はあっ」とタバサは息を吐き出した。
二郎が目の前のドアを指差した。
「ここだよ」
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