電脳ロスト・ワールド

万卜人

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旅人への案内

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 見るからに初心者らしいプレイヤーは、すらりとした上背のある、髪の毛を背中に垂らした少女であった。年齢は十五、六歳くらいに見えた。
 とはいえ、大抵のプレイヤーは分身ペルソナを実際の年齢よりも低めに設定するから、多分、十七~八歳といったところか。中には六十を過ぎて、二十歳前後に設定する図々しい輩もいる。だが、それだと身動きに実際の年齢が出てしまい、ふとした瞬間に、ぎくしゃくとした、見っともない動作になる。だから大体、実際の年齢前後に設定するものである。
 再び案内柱に向かうと思われたプレイヤーは、ふと立ち止まった。くるりと振り返り、向き直ると、悪戯っぽい表情を浮かべる。
 おや? と、客家二郎は伸び上がって、プレイヤーを見つめ返した。
 つかつかと少女は二郎に近づいてくると、切り込むような口調で質問する。
「どうして、あたしが初心者だって、判ったの? そんなに覚束なく見える?」
 含み笑いを浮かべ、二郎は答えた。
「ああ、見えるね。一目見て、君は初心者だと判ったよ」
「まあ」と、少女は口を丸く開いた。目が大きく見開かれ、驚きにまん丸になっている。
「そんなにすぐ判るものなの?」
「うん」と二郎は頷いた。
 す、と指を挙げ、反対方向からやってくる二組のプレイヤーを指し示す。
「見ていてご覧」
 少女は二郎の指し示した方向を見つめた。
 一方はファンタジー世界からやって来たと思しき、エルフの姿で、もう一方は日本の戦国時代からのプレイヤーらしい。二組のプレイヤーは、真っ直ぐ前を見詰め、わき目も振らず大股で歩いてくる。当然、二組はそのまま歩けばぶつかる軌道をとっている。
 二組が近づき、接触した!
 が、二組は何事もなかったかのように、するりとお互いの身体を突き抜け、さっさと立ち去ってしまった。まるで空気を突き抜けるかのようだった。
 二郎は肩を竦めた。
「ほら、あの二組、まったくお互いを避けようとしなかったろう? この《大中央駅》では、物理計算を一部しか行っていない。なにしろ現実世界から常時、数十億の人々がアクセスしているからね。いちいち身体がぶつかる処理をしていたら、たちまち大混乱だ。だからここでは、他人を避ける必要はないのさ。君はここまで歩いてくるとき、無意識に他人の身体に触れないようしていたね。だから一目で初心者だって判ったのさ」
 少女は、考え深げな表情を浮かべる。
「それであたしを……。ふうん、成る程。で、どうして声を掛けたの。さっき、案内してやるって言ってたわね。何が目的?」
 ぐっと両足を踏ん張り、腕組みをする。
 二郎は大きく両腕を広げた。
「まず第一に、この仮想現実には、いろいろな罠があるからさ! おれは、そういった罠に初心者が陥らないよう、注意してやっている。それが、おれたち、長く仮想現実で過ごしている先輩としての義務だからだ。それと、君がおれの指導でこの仮想現実に習熟すれば、いずれおれを助けてくれる片腕になってくれるんじゃないか、と期待してのことだ」
「他にもいるの?」
「多くはないがね。ものになるのは、千人に一人、いや一万人に一人かもしれない。しかし、おれは諦めるわけにはいかない。目的があるからだ」
 少女の目が細められる。
「目的って?」
 二郎は真面目な口調になった。
「《ロスト・ワールド》って聞いたこと、ないかね? おれは、《ロスト・ワールド》に、一緒に探検に出掛ける仲間を探している」
 唐突に、その場の空気の温度が下がったかのようだった。《ロスト・ワールド》という名称には、それだけ危険な印象がこびりついている。
 少女は、ゆっくりと頷いた。
「知っている……。この仮想現実にリンクするとき、説明書にあったわ。決して《ロスト・ワールド》に立ち寄ってはいけない、って注意されていたわ。もしうっかり、迷い込んだら〝ロスト〟が起きて、あたしの分身が仮想現実に取り残されてしまうって」
「その《ロスト・ワールド》を作り出した張本人が、おれなんだ。おれは、なんとしてでも《ロスト・ワールド》を正常な状態に戻さねばならない。だが、一人では無理だ。だから仲間を探している」
 二郎の言葉に少女はびくりと顔を上げた。
「あなたが? あなた、いったい誰なの?」
 二郎は名乗りを上げた。
「おれは、客家二郎。《パンドラ》の開発者だ。仮想現実のプレイヤーなら、一度くらいは、おれの名前を聞いたことあるだろう」
 少女は、がらりと態度を変えた。今までの用心深さをかなぐり捨て、興味津々といった表情になる。
「本当? あなたがそうなの? まさか、信じられないわ」
「信じられなくてもいい。ともかく、おれの案内が要るかね? おれは、この仮想現実が産声を上げた頃から多数の〝世界〟を渡り歩いている。おれが指導すれば、君は短期間で独り立ちできるようになるだろう」
 少女はしばし、考えていた。
 やがて少女の表情に、最初に見た悪戯っぽい笑いが浮かぶ。
 右手を差し出し、口を開いた。
「いいわ! あたしは、タバサ。あんたの言うとおり、初心者だけど、この仮想現実であんたを先輩として付き合うわ!」
「おれは、客家二郎。二郎、と呼んでくれ」
 二人は握手を交わした。
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