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旅人への案内
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もし、あなたが仮想現実空間に最初に立ち寄るなら、まずは《大中央駅》を目指すべきだ。
ここは文字通り、総ての〝世界〟へ通じる《大中央駅》である。
仮想現実装置に接続され、意識がリンクされると最初に表れるメニューに、この場所が表示される。もし、あなたが、何の目的もなくリンクするなら、最初にここに立ち寄り、あなたに向いた目的地を探し当てることをお勧めする。そうでなければ、あの怖ろしい《ロスト・ワールド》に漂う羽目に陥る。メニューからここを選択すると、次の瞬間あなたは《大中央駅》の真ん中に立っていることを知るだろう。
《大中央駅》には、今から目当ての場所を目指す無数の旅人が行き交っている。
目の前を中世ヨーロッパのマスケット銃を抱えた三銃士たちが通りすぎる。あるいは、きらきらと輝く金属製のロボットを従えた宇宙人の一団が、宇宙船に乗り込むため急いでいる。
大声で当たり憚らず、のし歩いているのは、カリブ海を荒らし回る海賊たちだ。あちらからは、ヨーロッパ戦線から帰還した一九四〇年代の装備に身を固めた海兵隊が、先ほどまでの戦いの結果を熱っぽく語り合っている。
《大中央駅》は巨大である。巨大というより、果てしない広さを誇る。実際、どれほどの空間を占拠しているのか、誰にも判らない。
見上げると、薔薇石膏でできたドームが空のようにアーチを描く。実際にも、天井近くには、薄っすらと雲が湧いている。横方向を見渡しても、どこまでも広がって、縁は見えない。
《大中央駅》中心近くには、一体の奇妙な坐像が聳えている。三面六臂の、怖ろしげな姿で、中央の顔はアンコール・ワットの仏像に似て、優しげな笑みを浮かべているが、左右の顔は見るからに怖ろしげな憤怒の表情を表している。六本の腕には、様々な仏具や、武器を構えている。坐像は《裁定者》と呼ばれていた。仮想現実世界を守る、守護神である。
《裁定者》の坐像の近くの場所には、旅人の案内のための柱が立っているのが見える。その一つに近寄ってみよう。
案内柱の表面には、四つの区分けがなされている。右から「未来」「過去」「冒険」「アダルト」とある。
何? 「アダルト」に興味が湧いたって?
残念、その区分けは、満二十一歳以上でなければ、アクセスできない。あなたは……ははあ、十八歳! あと三年、我慢したまえ。年齢をごまかして申告しても、ムダである。仮想現実接続装置には、最初から年齢認証機能が組み込まれているのだ。
試しに「冒険」の文字に手を触れてみたまえ。文字にずらずらと様々な項目が浮かぶ。
おや、この「ジャングル」が面白そうだ。選択すると「宝探し」という項目があった。さらに選択を続けると、様々な〝世界〟の名称が現れ、一つ一つの特徴の説明文を読み取れるだろう。どうやら色々な世界では、プレイヤーに「宝探し」のサービスを提供しているようである。面白そうだ!
これを選ぶと、あなたの足下に一本の光の線が浮かび上がるのが認められる。この線を辿っていくと、目的の〝門〟に行き着く。
距離が心配だって? 大丈夫、ここは仮想現実世界だ。ほら、たった二、三歩で、早くも〝門〟の正面に、あなたは立っている。石造りで、表面にはマヤかインカらしき、細かなレリーフが施されている。どうやらこの〝世界〟は、古代中南米の世界を再現したものらしい。
と、突如そこで〝門〟が開くと、中から見慣れない若い男が飛び出してくる。
柔らかな革のベストに、ぴっちりとしたパンツを穿き、足下は膝まで達する黒革のブーツで固めている。ブーツや、腰のベルトには何本も切れ味の鋭そうな短剣を装備し、胸からは様々な形の鍵がちゃらちゃらと音を立てている。
男は小粋な帽子を被り、帽子の縁には《盗賊ギルド》の紋章が飾られている。どうやらこの男は、電脳盗賊の一人らしい。帽子の下の面長の顔は、どことなく狼を思わせる。やや前屈みの姿勢で、油断無さそうな目の光が、こちらを窺っている。
男は、あなたに気付き、にやりと皮肉な笑みを浮かべるだろう。じろじろと不躾に、あなたの全身を観察し、口を開く。
「初心者かね? ちょうど良い。この先の〝世界〟は、プレ・インカのティティオ・ワカンの月の大ピラミッドがある。お望みなら、おれが案内してもいいぜ。どうする?」
あまりに早口に捲し立てられ、あなたは戸惑っているようだ。あなたの戸惑いを見て取り、男は肩を竦めた。
あなたは、くるりと背を向け、もう一度、案内柱に向かう。もう少し、穏やかな、安心できそうな〝世界〟を探すつもりか?
それがいい。
ここは仮想現実。初心者にも、ベテランにも、どんな相手にも満足できる、あらゆる〝世界〟が広がっているのだ。
ここは文字通り、総ての〝世界〟へ通じる《大中央駅》である。
仮想現実装置に接続され、意識がリンクされると最初に表れるメニューに、この場所が表示される。もし、あなたが、何の目的もなくリンクするなら、最初にここに立ち寄り、あなたに向いた目的地を探し当てることをお勧めする。そうでなければ、あの怖ろしい《ロスト・ワールド》に漂う羽目に陥る。メニューからここを選択すると、次の瞬間あなたは《大中央駅》の真ん中に立っていることを知るだろう。
《大中央駅》には、今から目当ての場所を目指す無数の旅人が行き交っている。
目の前を中世ヨーロッパのマスケット銃を抱えた三銃士たちが通りすぎる。あるいは、きらきらと輝く金属製のロボットを従えた宇宙人の一団が、宇宙船に乗り込むため急いでいる。
大声で当たり憚らず、のし歩いているのは、カリブ海を荒らし回る海賊たちだ。あちらからは、ヨーロッパ戦線から帰還した一九四〇年代の装備に身を固めた海兵隊が、先ほどまでの戦いの結果を熱っぽく語り合っている。
《大中央駅》は巨大である。巨大というより、果てしない広さを誇る。実際、どれほどの空間を占拠しているのか、誰にも判らない。
見上げると、薔薇石膏でできたドームが空のようにアーチを描く。実際にも、天井近くには、薄っすらと雲が湧いている。横方向を見渡しても、どこまでも広がって、縁は見えない。
《大中央駅》中心近くには、一体の奇妙な坐像が聳えている。三面六臂の、怖ろしげな姿で、中央の顔はアンコール・ワットの仏像に似て、優しげな笑みを浮かべているが、左右の顔は見るからに怖ろしげな憤怒の表情を表している。六本の腕には、様々な仏具や、武器を構えている。坐像は《裁定者》と呼ばれていた。仮想現実世界を守る、守護神である。
《裁定者》の坐像の近くの場所には、旅人の案内のための柱が立っているのが見える。その一つに近寄ってみよう。
案内柱の表面には、四つの区分けがなされている。右から「未来」「過去」「冒険」「アダルト」とある。
何? 「アダルト」に興味が湧いたって?
残念、その区分けは、満二十一歳以上でなければ、アクセスできない。あなたは……ははあ、十八歳! あと三年、我慢したまえ。年齢をごまかして申告しても、ムダである。仮想現実接続装置には、最初から年齢認証機能が組み込まれているのだ。
試しに「冒険」の文字に手を触れてみたまえ。文字にずらずらと様々な項目が浮かぶ。
おや、この「ジャングル」が面白そうだ。選択すると「宝探し」という項目があった。さらに選択を続けると、様々な〝世界〟の名称が現れ、一つ一つの特徴の説明文を読み取れるだろう。どうやら色々な世界では、プレイヤーに「宝探し」のサービスを提供しているようである。面白そうだ!
これを選ぶと、あなたの足下に一本の光の線が浮かび上がるのが認められる。この線を辿っていくと、目的の〝門〟に行き着く。
距離が心配だって? 大丈夫、ここは仮想現実世界だ。ほら、たった二、三歩で、早くも〝門〟の正面に、あなたは立っている。石造りで、表面にはマヤかインカらしき、細かなレリーフが施されている。どうやらこの〝世界〟は、古代中南米の世界を再現したものらしい。
と、突如そこで〝門〟が開くと、中から見慣れない若い男が飛び出してくる。
柔らかな革のベストに、ぴっちりとしたパンツを穿き、足下は膝まで達する黒革のブーツで固めている。ブーツや、腰のベルトには何本も切れ味の鋭そうな短剣を装備し、胸からは様々な形の鍵がちゃらちゃらと音を立てている。
男は小粋な帽子を被り、帽子の縁には《盗賊ギルド》の紋章が飾られている。どうやらこの男は、電脳盗賊の一人らしい。帽子の下の面長の顔は、どことなく狼を思わせる。やや前屈みの姿勢で、油断無さそうな目の光が、こちらを窺っている。
男は、あなたに気付き、にやりと皮肉な笑みを浮かべるだろう。じろじろと不躾に、あなたの全身を観察し、口を開く。
「初心者かね? ちょうど良い。この先の〝世界〟は、プレ・インカのティティオ・ワカンの月の大ピラミッドがある。お望みなら、おれが案内してもいいぜ。どうする?」
あまりに早口に捲し立てられ、あなたは戸惑っているようだ。あなたの戸惑いを見て取り、男は肩を竦めた。
あなたは、くるりと背を向け、もう一度、案内柱に向かう。もう少し、穏やかな、安心できそうな〝世界〟を探すつもりか?
それがいい。
ここは仮想現実。初心者にも、ベテランにも、どんな相手にも満足できる、あらゆる〝世界〟が広がっているのだ。
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