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序章 光と影の創造者
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二十四時間が経過した。
睡眠を摂り、たっぷり休養を取った二郎は、元気を取り戻し、再び仮想現実装置に接続をした。ヘルメットを被り、目を閉じると、即座に仮想空間に立っている。
周りを見渡すと、真っ白な、何もない空間に、ゆったりとしたソファが置いてある。二郎はソファに腰掛け、口を開いた。
「ティンカー(修繕屋)……いるか?」
二郎の声に反応し、一瞬にして金属の球体が空中に浮かんだ。大きさはテニス・ボールほどである。
滑らかな真鋳の球体には、目も鼻もなく、つるりとした表面に見上げる二郎の顔が歪んで映し出されている。
「二郎さま! お呼びですか?」
ティンカーと呼びかけられた金属の球体から、きんきんと甲高い声が聞こえてくる。と、ぐっと球体が扁平になり、一本の腕のような触手が持ち上がり、困惑しているように自分の身体をこりこりと掻いている。その様は、まるで自分の頭を掻いているかのようだ。
「二郎さま?」
二郎は、にやっと笑いかけた。
「おれの姿がいつもと違うので、戸惑ったんだろうな。安心しろ、おれだ」
納得したのか、ティンカーは元の金属の球体に戻る。腰掛けている二郎の周りを、ぶんぶんと音を立て飛び回る。今の二郎は、実際の自分と同じ姿で、仮想空間にいた。
「〝シャドウ〟ではないんですね……」
ティンカーの言葉に、二郎は苦い思いを堪えた。
黒い肌に、白い雪のような髪をした姿に二郎は〝シャドウ〟と名付けていた。あの分身は二郎の自信作だったのに、もう取り戻せない。
分身は、同じものは二つとない。というより、作成することは不可能なのだ。
「ああ、あの分身は、ロストしたんだ」
「ロスト!」
ティンカーは甲高い声で叫ぶ。動揺しているのか、ぶるぶると表面が波打った。
「それって、つまり……?」
二郎は頷く。
「そうだ。〝世界〟を造ることに失敗した。《パンドラ》に致命的なバグがあったらしい。ティンカー、《パンドラ》のプログラムを……」
二郎の命令でティンカーは空中にさっと飛び上がった。球体はぱくんと二つに割れ、その中から《パンドラ》のプログラムが展開された。二郎の目の前に《パンドラ》の全プログラムが表示される。
二郎は自分の作品ともいえる、《パンドラ》のプログラム・ファイルを眺めた。
といっても、ずらずらと並ぶプログラム言語の行を想像しては的外れだ。一番近い例えは、色とりどりのブロックで組みあがった都市計画の立体模型といったところか。
一行一行、キーボードから命令を打ち込むプログラム方式は、すでに廃れている。現在では、様々な命令ブロックを組み合わせ、仮想現実空間で3D的に構築する方法が一般的に採用されている。
そもそも、プログラムの規模が巨大すぎ、一行ずつ確認しながらプログラムするなど、不可能なのだ。もし《パンドラ》の全プログラムを機械語にコンパイルして表示したら、一生どころか、何百年も掛けても総て読みきれるものではない。
ソファから立ち上がり、二郎は目の前の《パンドラ》のプログラムに近寄った。
すっと指をプログラムの一箇所に近づける。
二郎の動きに反応して、プログラムの一部がぐーっと拡大され、細部が表示される。みっしりと組みあがった、複雑極まりない構造が広がった。
「ここだ! この箇所がバグの原因だ!」
二郎の指摘に反応して、プログラムの一部分が赤く点滅している。きっちりと組み上がった構造の中で、その部分だけは僅かな不整合を見せていた。
ティンカーも納得して、何度も頷くかのように、空中で跳ね回る。
「ああ、判りました! この命令ブロックは、他の命令ブロックとうまく噛み合わない特性を持っていたのですね。それで、バグが……」
二郎は鋭く押し殺した声を上げる。
「修正できるか?」
ティンカーはすっ、とプログラムの中へ飛び込んでいく。組み上がったブロックを押したり、引いたりして、ちょっとずつ動かしていく。
が、どうやっても微かな隙間ができる。微妙に異なるジグソー・パズルのピースを強引に押し込んだかのように。
ティンカーは何か考えているのか、球体から立方体に変化した。表面に目まぐるしく、様々な図表や記号が光の線になって現れる。やがて、もう一度球体に戻り触手を伸ばして、空中からもう一つ、小さなブロックを取り出した。問題のブロックと接合する。
「修正プログラムです! これで、うまく行くはずです!」
今度は、かっちりとブロックは組み上がった。どの命令ブロックにも、隙間やはみ出しはなく、完璧な構造を見せていた。
ほっと二郎は溜息をついた。
どすん、とソファに倒れこむように座り込むと、天を仰いだ。
ティンカーが心配そうにおずおずと近寄った。
「こちらのプログラムは修正できましたが、コピーのほうは?」
「ああ」と二郎は生返事をする。
「おれの分身が残された〝世界〟にあるのは、修正されていないオリジナルだ。あのままでは、あの〝世界〟は《ロスト・ワールド》になってしまう……」
ティンカーは慰めるような声を掛けた。
「でも、不完全な〝世界〟なのですよ。そういった〝世界〟は、時間が経てば自然消滅するのでは?」
二郎は首を振る。
「いいや! あそこには、おれの分身が残っている。つまり、今のおれと同じ知識と経験を持つもう一人のおれだ! もし、おれだったら、黙って自分が消滅する運命を甘んじて受けると思うか?」
ティンカーの表面に大きく「?」の記号が浮かんだ。
「何が起きると思います?」
二郎はぼんやりと何もない空間を見上げていた。ティンカーの滑らかな表面に、自分の放心したような顔が映し出されている。
「おれだったら……〝魔界〟を作り出すだろうな……。のこのこ迷い込んでくるプレイヤーを呑み込んで〝世界〟を成長させる肥やしにするために……」
「魔界!」
ティンカーはショックを受けたのか、表面に大きく「!」のマークが浮かんでいた。
睡眠を摂り、たっぷり休養を取った二郎は、元気を取り戻し、再び仮想現実装置に接続をした。ヘルメットを被り、目を閉じると、即座に仮想空間に立っている。
周りを見渡すと、真っ白な、何もない空間に、ゆったりとしたソファが置いてある。二郎はソファに腰掛け、口を開いた。
「ティンカー(修繕屋)……いるか?」
二郎の声に反応し、一瞬にして金属の球体が空中に浮かんだ。大きさはテニス・ボールほどである。
滑らかな真鋳の球体には、目も鼻もなく、つるりとした表面に見上げる二郎の顔が歪んで映し出されている。
「二郎さま! お呼びですか?」
ティンカーと呼びかけられた金属の球体から、きんきんと甲高い声が聞こえてくる。と、ぐっと球体が扁平になり、一本の腕のような触手が持ち上がり、困惑しているように自分の身体をこりこりと掻いている。その様は、まるで自分の頭を掻いているかのようだ。
「二郎さま?」
二郎は、にやっと笑いかけた。
「おれの姿がいつもと違うので、戸惑ったんだろうな。安心しろ、おれだ」
納得したのか、ティンカーは元の金属の球体に戻る。腰掛けている二郎の周りを、ぶんぶんと音を立て飛び回る。今の二郎は、実際の自分と同じ姿で、仮想空間にいた。
「〝シャドウ〟ではないんですね……」
ティンカーの言葉に、二郎は苦い思いを堪えた。
黒い肌に、白い雪のような髪をした姿に二郎は〝シャドウ〟と名付けていた。あの分身は二郎の自信作だったのに、もう取り戻せない。
分身は、同じものは二つとない。というより、作成することは不可能なのだ。
「ああ、あの分身は、ロストしたんだ」
「ロスト!」
ティンカーは甲高い声で叫ぶ。動揺しているのか、ぶるぶると表面が波打った。
「それって、つまり……?」
二郎は頷く。
「そうだ。〝世界〟を造ることに失敗した。《パンドラ》に致命的なバグがあったらしい。ティンカー、《パンドラ》のプログラムを……」
二郎の命令でティンカーは空中にさっと飛び上がった。球体はぱくんと二つに割れ、その中から《パンドラ》のプログラムが展開された。二郎の目の前に《パンドラ》の全プログラムが表示される。
二郎は自分の作品ともいえる、《パンドラ》のプログラム・ファイルを眺めた。
といっても、ずらずらと並ぶプログラム言語の行を想像しては的外れだ。一番近い例えは、色とりどりのブロックで組みあがった都市計画の立体模型といったところか。
一行一行、キーボードから命令を打ち込むプログラム方式は、すでに廃れている。現在では、様々な命令ブロックを組み合わせ、仮想現実空間で3D的に構築する方法が一般的に採用されている。
そもそも、プログラムの規模が巨大すぎ、一行ずつ確認しながらプログラムするなど、不可能なのだ。もし《パンドラ》の全プログラムを機械語にコンパイルして表示したら、一生どころか、何百年も掛けても総て読みきれるものではない。
ソファから立ち上がり、二郎は目の前の《パンドラ》のプログラムに近寄った。
すっと指をプログラムの一箇所に近づける。
二郎の動きに反応して、プログラムの一部がぐーっと拡大され、細部が表示される。みっしりと組みあがった、複雑極まりない構造が広がった。
「ここだ! この箇所がバグの原因だ!」
二郎の指摘に反応して、プログラムの一部分が赤く点滅している。きっちりと組み上がった構造の中で、その部分だけは僅かな不整合を見せていた。
ティンカーも納得して、何度も頷くかのように、空中で跳ね回る。
「ああ、判りました! この命令ブロックは、他の命令ブロックとうまく噛み合わない特性を持っていたのですね。それで、バグが……」
二郎は鋭く押し殺した声を上げる。
「修正できるか?」
ティンカーはすっ、とプログラムの中へ飛び込んでいく。組み上がったブロックを押したり、引いたりして、ちょっとずつ動かしていく。
が、どうやっても微かな隙間ができる。微妙に異なるジグソー・パズルのピースを強引に押し込んだかのように。
ティンカーは何か考えているのか、球体から立方体に変化した。表面に目まぐるしく、様々な図表や記号が光の線になって現れる。やがて、もう一度球体に戻り触手を伸ばして、空中からもう一つ、小さなブロックを取り出した。問題のブロックと接合する。
「修正プログラムです! これで、うまく行くはずです!」
今度は、かっちりとブロックは組み上がった。どの命令ブロックにも、隙間やはみ出しはなく、完璧な構造を見せていた。
ほっと二郎は溜息をついた。
どすん、とソファに倒れこむように座り込むと、天を仰いだ。
ティンカーが心配そうにおずおずと近寄った。
「こちらのプログラムは修正できましたが、コピーのほうは?」
「ああ」と二郎は生返事をする。
「おれの分身が残された〝世界〟にあるのは、修正されていないオリジナルだ。あのままでは、あの〝世界〟は《ロスト・ワールド》になってしまう……」
ティンカーは慰めるような声を掛けた。
「でも、不完全な〝世界〟なのですよ。そういった〝世界〟は、時間が経てば自然消滅するのでは?」
二郎は首を振る。
「いいや! あそこには、おれの分身が残っている。つまり、今のおれと同じ知識と経験を持つもう一人のおれだ! もし、おれだったら、黙って自分が消滅する運命を甘んじて受けると思うか?」
ティンカーの表面に大きく「?」の記号が浮かんだ。
「何が起きると思います?」
二郎はぼんやりと何もない空間を見上げていた。ティンカーの滑らかな表面に、自分の放心したような顔が映し出されている。
「おれだったら……〝魔界〟を作り出すだろうな……。のこのこ迷い込んでくるプレイヤーを呑み込んで〝世界〟を成長させる肥やしにするために……」
「魔界!」
ティンカーはショックを受けたのか、表面に大きく「!」のマークが浮かんでいた。
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