戦国姫城主、誾千代の青春

万卜人

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第六章 上洛

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 堺で長逗留を覚悟していたが、思いのほか、筑前守の動向が早くも判明した。
 宿を提供してもらっている多岐屋の報告で、筑前守が、清洲から入京したと知れた。
「筑前守様は、亡き右府様のお仕込みでしょうか、何をするにもお早い。こちらの手の者の調べでは、清洲で合議を有利に進めたと見るや、さっさと京へお戻りになられたご様子ですな」
 誾千代と共に、多岐屋の話を聞いていた甚兵衛は、くしゃっと顔を笑いに歪めた。
「御多岐屋、其方こそ驚くべき早耳で御座るな。居ながらにして、京の報せを受け取れるとは、拙者感心いたした」
「いや、それほどでは……」
 甚兵衛に誉められ、多岐屋は謙遜したが、内心の得意さは、誾千代の能力を使わなくとも見て取れた。
「筑前守に会うのか! いつ会うのじゃ?」
 敬称もつけず、彌七郎が突然割り込んだ。彌七郎の口調の性急さに、甚兵衛が穏やかな口調で答えた。
「それは判りませぬ。何しろ、筑前守様にお目通りが叶うか、まだ判りませぬからな」
 甚兵衛の答えに、誾千代は多岐屋の顔を見た。誾千代の無言の問い掛けに、多岐屋は「さて」と呟くと、腕組みをした。
「筑前守様には、領主の使者のみならず、御所からの面会も殺到しておられる由。何しろ、逆賊日向守を討った功績は、織田家第一等で御座りますからな」
 甚兵衛は肩を落とした。
「難しいか?」
「なかなかで、御座いましょう」
 しかし多岐屋の目は、期待に光っていた。
 勿体ぶってはいるが、誾千代の見るところ、多岐屋は、ある程度の自信を持っているようだった。同じ感想を持ったのか、甚兵衛は押して尋ねた。
「御主人のお力でも、何とかなり申さぬのか?」
 多岐屋は天を仰いで、わざとらしい溜息を吐いて見せた。
 一々、大仰だと、誾千代は密かに思った。
 難しい、難しいと連発するのは、その実、自分の手腕を見せ付けるためだろうと、誾千代は推理した。多岐屋の心に、強い自信を感じていたからだった。
 誾千代が多岐屋の心を読み取ると、想念にいくつかの、顔が浮かんでいた。多分、筑前守へ目通りを頼み込むための、知り合いだろうと、誾千代は想像した。
 多岐屋は「まあ、少々お時間を頂きとう御座ります。いずれ、吉報が参りましたら、御報せいたします」と頭を下げ、引っ込んだ。
 残された誾千代と、甚兵衛は顔を見合わせた。甚兵衛は、不満顔だった。
「あの多岐屋、やたら勿体ぶりをして、拙者らに、恩を着せようとする算段に違い御座らん!」
 膨れ顔の甚兵衛を、誾千代は宥めた。
「まあ、良いではないか。商人は商人らしく、色々思惑があるのでしょう」
 甚兵衛は誾千代の言葉に、我に帰ったように腕組みをして、ちょっと、小首を傾げた。
「これから天下は、行く末、いかがなるので御座ろう?」
 その時、今まで黙りこくっていた彌七郎が、ぽつりと呟いた。
「筑前守は天下を取る──」
「えっ?」と誾千代と、甚兵衛は同時に声を上げた。
 甚兵衛は眉をひそめ、彌七郎に話し掛けた。
「殿、今の御言葉、解せませぬ。もそっと、詳しくお話下さりませぬか?」
「筑前守は、いずれ天下を取ると申しておる。織田家の遺児ら、後に筑前守の御前で、馬を繋ぐはめになるであろうよ」
 彌七郎は、まるっきり感情のこもらない声音で、淡々と述べた。
 この時点で、筑前守が織田家の天下を奪い、天下人になるなどと、ほぼ誰も予想はしていなかった。
 何しろ織田信長直系の息子の、信孝、信雄のぶかつは生存していたし、信長の孫の三法師もいた。
 清洲会議で、筑前守は三法師を織田家の後嗣とする結論を引き出し、発言権を大きくしたが、あくまで織田家筆頭家老へ、飛躍への一歩と、衆目は一致していた。
 誾千代は彌七郎の想念を読み取っていたが、結論に飛躍がありすぎると思った。
 しかし織田右府が、明智日向守に討たれたと報せがあったとき、いち早く、羽柴筑前守に注目したのは彌七郎だ。
 ならば今回も──?
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