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漂流編

逃亡 09

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 エイシャは呆然と立ち尽くしたままであった妾の着替えを続ける……状況に心が追いついて行かぬ。

 一体何が起こったというのじゃ? 妾は目標のために邁進し今日まで誰にも恥じぬように生きてきたはずじゃ……父上だって妾に期待をかけてくれておる……父上?

「そうじゃ、父上は? 父上はどうしたのじゃ?」

「……おそらく、王様は……ファーガス王国にて捕らえられたか、あるいは……」

「あるいは何じゃ、何じゃと言うのじゃ!!!」

いずれにせよ姫様はここを脱し敵の手から逃れねばなりません。姫様が敵に囚われる事だけはあってはなりません……さ、行きますよ」



「状況は?」

 エイシャは宿の外に待機していた騎士長に確認する……騎士と言っても人族のような大げさな鎧は付けておらぬ。エイシャと騎士長は今後の行動を話し合うつもりのようじゃ。

「芳しくないかと……首都に風を飛ばしておりますが返答はありません。おそらく首都も同時に攻められている可能性が高いかと……」

「このような行動を起こすには余程前から計画が必要だったでしょう……建国を行う前から裏で大地の開拓を進め侵略の準備を整えた……そして、王自らがファーガスに赴き姫様が城を出るタイミングで行動を起こした」

「しかし、長年の友でもある王を裏切ってまで何故この国を攻める?」

「確かに侵略するだけなら50もの戦操兵ウォーレムをこちらに差し向ける必要は無いはずですが……それを知るのにはあまりにも情報が足りません。とにかく今は姫様を逃がさねば」

「馬車を分散させ逃亡させます。中央セントラル方面が一番狙われる可能性が高いので、姫様は南西の森へお逃げ頂きます」

 考えが纏まらない妾を置き去りにして話が進んで行く。騎士長は部下達に次々指示を出して行く。

「姫様、急ぎましょう……こちらです」

「ま、待つのじゃ!!」

 妾は慌ただしく指示を出す騎士長に近づく、彼はそれに気づき膝を着く。

「……死ぬ事は許さぬ、必ず生きて妾と会うと約束せよと皆に伝えるのじゃ……むろんおぬしも含めてじゃ」

「はっ、姫様のお心遣い痛み入ります……皆にも伝えておきます」

 そのままエイシャに連れられて用の馬車に乗り込んだ。暫くすると馬車は動き出し、外の喧騒のが少しだけ小さくなっていった。



「妾は王の資格が無かったようじゃ」

 馬車が走り出してしばらく……妾は先程のやりとりを思い出し、思わず口からこぼれてしもうた。

「一体、何故そのような事を?」

「このような事態になったにも拘わらず妾はそなた達に頼りきり、この状況の対処を何一つ指示出来なかったのじゃ」

「王とはどのような事態であっても、事を家臣に任せ大きく構えていらっしゃれば良いのです。そして家臣に対して労いの言葉をかけられれば言う事はございません……つまり姫様は立派な王の資格をお持ちかと考えます」

 そんなエイシャの慰めの言葉がむしろ辛い……失敗を叱ってくれる方がよかったわ。

 馬車は失われし技術ロストテクノロジーを使った軽く揺れも少ない最新の物の筈……それでも押さえられぬほど早く馬を走らせておるのか、かなりの揺れじゃ……御者が精霊の力を借りて馬の能力を上げておるのじゃろう。

「姫様、今後は宿で湯浴みはおろかあたたかいベッドでの睡眠も出来ません……不自由をおかけ致しますがご容赦下さい」

「さすがの妾でもこの状況で我が儘など言わぬわ」

「それは良かったです」

 それっきり会話は途切れるとガタガタと揺れる馬車の音だけが鳴り響いていた。


 気付くと馬車はゆっくりと走っておる。窓から外を覗くと周りは木々で視界が埋め尽くされておるの……どうやら森に入ったようじゃ。

 本来なら馬車で森に入るなど阿呆の所業なのじゃが、妾達エルフは森の精霊に願い道を作ってもらう事が出来るのじゃ。木々が左右に避け土が盛り上がり凹凸の殆ど無い道が馬車を導いてくれる。
 例え戦操兵ウォーレムであろうと容易たやすく追って来る事は敵わぬじゃろう。

「森の中心まで辿り着きましたらそこで野営を致します……それまでご辛抱下さい」

「うむ、分かったのじゃ」

 こうして妾達は希望に満ちた出発の朝を迎え、そして絶望に満ちた夜を過ごす事になった。


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「姫様、どうやら先回りされていたようです……敵は戦操兵ウォーレム5体」

 夜明けと共に出発し、間もなく森を抜けるであろう時であった。

「なんじゃと?」

「いかに戦操兵ウォーレムが機動に優れていようと、森を迂回して我々に追いつく事などは不可能でしょう……つまり、敵は既に前からこの大地に侵入していたと言う事です」

「ばかな、精霊橋エレメンタルアーチにあんなデカ物が通ればすぐに報告があるはずじゃ」

うに橋が押さえられていたのかもしれません……いずれにせよ、このまま中央セントラル方面へ向かう事は敵わないでしょう」

「ならばどうするのじゃ、引き返すのか?」

「街が落とされていれば森の入り口も押さえられているかもしれません……本当に相手はどれだけの戦操兵ウォーレムを投入してきたのやら」

「夜を待って闇の精霊の力を借りるかの?」

失われし技術ロストテクノロジーに生命力を感知する技術もあると聞きます。万が一を考えると賛成出来かねます」

「うむむむ、それならばどうすれば良いかの?」

 妾は何か方法が無いか地図を広げると気になる物が見つかった。

森遺跡フォレストルインじゃ」

「たしか、いにしえからある遺跡でございましたか?」

「そうじゃ、そしてこれは王の資格には関係の無い一族に受け継がれておる超遺物アーティファクト

 妾が10歳の事に受け継いだ自分の髪の色と同じプラチナゴールドに輝く指輪……受け継がれてからずっと左手の薬指に付けられている……何故その指なのかは母上にも分からぬとの事だが。

「そしてまた森遺跡フォレストルインの事も指輪と対に教えられたのじゃ」

「そうなのですか? しかしそれが現状を打破出来る鍵となるのでしょうか?」

「わからぬ……この指輪は持ち主を邪なる心の持ち主から守り、遺跡は始まりの英雄に連なる者の元へ導いてくれると教えられておる。既に追い詰められた状況……情けないがまるで神頼みのような真似をする事くらいしか、妾には思いつかぬ」

「いいえ、姫様。我々エルフは人族と違い、伝承を時の権力者都合で事実を曲げたり等は致しません……賭けてみる価値はあるかと思います。それではさっそく森遺跡フォレストルインへ向かいましょう」

 こうして妾達は一縷の望みを賭けて森遺跡フォレストルインへと向かうのじゃった。


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「ここが森遺跡フォレストルイン

「不思議な建物でございますね……作りが木でも石でも金属とも思えません」

 それは見た事も無い真四角の建物じゃった……色は森に同化するような緑色。そして遙か昔からここにあるにも関わらずその建物は朽ちもせずその体を成しておった。周囲は木々や草に覆われているが遺跡には汚れもなにひとつ付いておらん。

 妾が近づくと遺跡の扉が妙な音を立てて開いた。壁が割れて上から開いた扉の反対側は階段となっており、そのまま中に入れる様じゃった。

「姫様、わたし達が先行致します……あまり前に出ないようにお気を付け下さい」

「うむ」

 御者と共に中央セントラルへ行く予定だった家臣にエイシャが先行して遺跡へ入って行く……実は三人ともなかなかの実力の持ち主じゃ。

 入り口を通る時何やら風が飛び出すような音が聞こえ前にいる三人が警戒したが、特に何事も無かったようじゃ……妾が入り口を潜る時も同じように音がした……心なしか心身共にリラックスした気がするの?
 おおぅ、中の明かりが付きおった!? 光の精霊なんぞいるようには見えなんだが……遺跡とは不思議な物じゃ。

 遺跡の中は左右対称に部屋が並んでおったが、何やら訳の分からん物体が沢山おかれておって、触れてもウンともスンとも言わぬ無用の長物じゃった。

 最終的には真っ直ぐ進んだ先にある部屋だけが異彩を放っておった。

「ここは何でしょう……何かの儀式の間でしょうか?」

「中央の円形の床は……魔法陣かの? いや、こんな形など見た事も無いのじゃ」

 円形の床の奥に半端な大きさのテーブルがあり、気になって近づいてみる。

「姫様、迂闊に動かないで下さい」

 怒られてしもうた……じゃが、ここに来るまで罠なんぞ無かったからの、心配しすぎじゃエイシャよ……なんて思っておったら……

『権限者を確認しました、ゲートシステム起動します……安全のためゲート内の侵入を禁止します』

 聞いた事も無いような言葉が聞こえた後に突然部屋全体がうなり声を上げ始めおった。

「姫様!! なっ、これは結界か何かですか!?」

 驚いたのも束の間、エイシャがすぐに妾の側に寄ろうとしたが、なにやら円の床周りに薄らと光が掛かっており、見えない壁に阻まれるが如くこちらに来る事が出来ないようじゃ。
 むろん妾も同じように円の床から出ようと試みる物の、見えない壁に阻まれて出る事が出来ん。

「なんじゃ奇っ怪な? 何も隔てる壁なんぞ無いのに見えない何かが邪魔しておる。これは精霊ではないの……魔法マナの力かの?」

「姫様、お下がり下さい!!」

 エイシャの警告に従い妾は後ろに下がると彼女たちは手持ちの武器を使い、見えない壁に攻撃を始める。

『ゲートへの攻撃行為を確認しました。権限者の安全を守るために緊急転送を開始します』

 またもや不思議な異国の言葉? のような物が聞こえ、部屋のうなり声が大きくなる。

「くっ、何て丈夫さなの!? このっ、わたし達の姫様を返しなさい!!」

 エイシャ達は必死に見えない壁を攻撃しておるが、その成果は全くあらわれておらず、さすがに妾も不安が止まら無くなってきたのじゃ。

「なんじゃ、妾は一体どうなってしまうんじゃ? ご先祖様、妾を御守り願うのじゃ」

『ゲートアウト先を選出……準権限者付近のゲートへ転送を開始します』

 目がくらみそうな程の光が床から発すると周りが何も見えなくなる……なんじゃ……なんだか意識が薄れていくような感覚が……妾は……どうなるのじゃ……


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 目の前に誰かが立っておる……多分、男か? なんじゃ、その者を見ると胸がきゅっと苦しいような切ないような感覚になるのじゃ。

 妾はその男に近づいて行く……どうやらこれは夢のようじゃ……自分では体を一切動かす事が出来ん。

 その男は……人族か? 何やらけったいな格好をしておるの……しかし妾は何故かそれをおかしいとも思わずに、自然にその男の顔に手を伸ばしている……その左手の薬指にはプラチナゴールドのリング。

 向こうも同じように妾の顔に……頬に手を当ててきおった。

 待つのじゃ、妾は色恋なんぞにうつつを抜かさんぞ、こんな初めて会う男なんぞに。

 ……ん、違うぞ、妾はこの男を知っている……いや、そうじゃ、妾達はいつも夢で会っておった。

 そなたは……そなたは……始まりの……



 ……やがて男の顔が妾に近づき、妾の視界が閉じられていった。



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タイトルの『逃亡』はエイジでありリリアの逃亡でもあったのでした。


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