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第一章 覚醒
第10話 #真っ赤なポルシェ #アイスと氷
しおりを挟む「愛美ちゃんと蜜柑ちゃんではないですか! それに悠菜ちゃんも! ここで会えるなんて感激だな~!」
今日大学で会ったばかりだろ。
「鈴木さ~ん、お久しぶりですね~」
「こんばんわー」
愛美は余所行きの声を出す時は、どうしても沙織さんぽくなる。
大抵は母親に似るのだろうが、妹は沙織さんの影響が大きいからな。
そう言えば、さっきから俺の脳裏に知ってる人らしき情報がみえている。
実際には見えないのだが、脳の情報として見ているかの様に処理している様だ。
最初は鈴木の位置情報かと思ったが、そうでは無さそうだ。
今もそれが近づいて来るのが分かる。
「ホント久しぶりー! 愛美ちゃんも蜜柑ちゃんも元気だったー? 俺さ、あれから愛美ちゃんと蜜柑ちゃんの事がずーっと気になってて、何だか身体の具合が悪かったんだよ~?」
嘘をつけっ!
お前、めっちゃ元気だったぞ?
「またまた~本当ですかぁ~?」
「救急車呼びますか~?」
ナイスだ蜜柑!
すぐに呼んじゃえ!
そう言いながらも二人はコンビニの奥へ入って行く。
「いやいや~でも不思議だな~二人と会った途端治ったみたい!」
「え~? そうなの~?」
「うんうん、そうなの~!」
鈴木は愛美と蜜柑の後を付いて行きながら話しかけている。
俺は呆れて悠菜を見たが、彼女は鈴木には全く興味を示さず、スタスタとアイスケースへ向かっていた。
まあ、愛美も悠菜も鈴木の性格は把握しているしな。
蜜柑にしても鈴木に興味があるとは思えない。
蜜柑は愛美にべったりだからね。
俺も悠菜の後を追う様に、そのままアイスケースへ向かおうとした。
その時だった。
例の位置情報がすぐ近くに来た事を知らせた。
ふとガラス越しから外へ目をやると、店の駐車場へ真っ赤な車が一台入って来た所だった。
お?
真っ赤なポルシェじゃないか。
聞き覚えがあるフレーズだが、実際に見るのは初めてかも知れない。
勿論、目にしている車は最近のものだから、そのフレーズの車では無いだろう。
だが、どんな奴が乗っているのか、この目で見てやろうと思った。
きっと成金か?
車種からは若そうだし、そのボンボン息子か何かじゃないの?
俺はガラス越しにその車が停まるのを見ていると、すぐにドアが開いた。
そうか、左ハンドルなんだよな。
予想していたのと反対のドアが開いたのだ。
そして意外にも若い女性が降りて来たではないか。
(女かよ!)
しかもかなり若くてスタイルも良い。
あ、あれ?
あの人は前に……。
そう思って脳内の情報へ意識をすると、確かにログが残っている。
が、どうも何だか慌てた様子で、店内へ入って来るなり、その女の人は入り口付近で叫んだ。
「すいませ~ん! 誰かいますかー?」
は?
そりゃ、誰かいるでしょ!
心の中で突っ込みながらも、余り見かけない光景に俺は釘付けになる。
すると、レジ付近に居た店員が、その声に慌てて返事をする。
「は、はい! 何でしょう!」
その女の人は店員を見つけると、つかつかとレジカウンターまで速足で詰め寄る。
「あのー、アイスありますかー?」
は?
アイス?
「あ、はい! こちらです」
店員は慌ててレジカウンターから出てくると、手を差し出しながらこちらへ向かって歩き出す。
「よかった~どこですか~? 沢山必要なんですけど……」
そう言いながら、店員の後を付いて行る。
俺は無意識にその様子を目で追ってしまっていた。
すると突然、鈴木の叫び声が聞こえた。
「おおおおおー! 貴女はいつぞやのレディー様ではありませんかぁあああー!」
(な、なんだあいつは! それより鈴木の知り合いとは……流石にびっくりだな)
見ると、鈴木がその人に駆け寄ると膝を床についた。
(おいおい、ホストか貴族かよ)
ちょっとした騒ぎにその店員は、どうしたものかとその場で戸惑っている。
そして、その女の人も畏怖している。
どうも彼女は鈴木に見覚えがないらしい。
大丈夫か?
通報とかされないのか、あいつは。
だが、俺も彼女を知っている筈だ。
一度会ったかのようなログが残っているのだ。
「お、お忘れですか⁉ 大学のフードコートで、あいつが失礼をしました!」
鈴木はそう言って振り返ると、俺を力強く指さした。
「えええ⁉ おれー⁉」
適当な事言うんじゃないよ‼
失礼とか、そんな覚え無いけどっ⁉
俺はたじろぎながらも、鈴木とその女の人を交互に見て……ハッとした。
「あ、俺がぶつかった?」
後ずさりしていた女の人は、こっちを怪訝そうに見ていた。
が、その後、直ぐに思い出した様に表情が和らいだ。
「ああっ! あの時の! 大学で⁉ ここで会うなんて!」
笑顔になってくれて良かった。
怪訝そうな表情の時はめっちゃ怖かったけど、笑顔は最高に可愛い。
その瞬間、あの時の彼女のいい匂いが脳裏に甦った。
か、可愛いっ!
てか、美形!
騒ぎに気付いた愛美と蜜柑が俺の傍へ来ると、悠菜もアイスケースからこっちへ向かって来る。
「お兄ちゃんのお知り合いなの?」
「あ、まあな」
「あら? 皆さんでお買い物ですか?」
そう言ってその女性は、笑顔で近づいて来た。
「あ、これが妹で、こっちは……」
痛っ!
行き成り愛美が俺の足を踏んできた。
「初めまして、これが妹です~」
「私は悠菜さんの親戚で、蜜柑と言います」
そう言いながら愛美が俺を睨む。
まあ、結構こういう場面が多いんだよな。
悠菜は無表情だが、これもいつも通りか。
だが意外にもその女の人は、愛美と蜜柑に興味を持った様だ。
「妹さん⁉ すっごく可愛いー! 蜜柑さんも! 高校生くらいですか?」
そう言われて機嫌が良くなったのか、踏みつけていた足をどかした。
「妹の愛美です~高二です~」
「私も愛美の同級です」
愛美はやっぱり沙織さんの口調になってる。
「そちらの方は、大学で会ってますよね? あ、髪の毛シルバーに染めたのね! いい感じ!」
そうか、初日に会った時はまだ黒髪だったのか。
「ああ、こっちは幼馴染の悠菜。この髪色が本当で、あの時は黒く染めてたようですよ」
無口な悠菜の代わりに、俺が代弁したりして。
「あ、そうだったんだ~綺麗な色ですね~」
中々感じ良さそうな人だな、この人。
「俺は鈴木です! 鈴木茂です! 彼女募集中です!」
ああ、こいつが居たんだっけな。
鈴木が、俺とその女の人の間に入って来た。
「あ、私、五十嵐です。五十嵐未来。あなたは?」
そう言って未来は、鈴木越しに俺を見た。
「あ、俺は悠斗。霧島悠斗です。よろしく」
俺の視線を遮る様に立っている鈴木越しに答えた。
邪魔だなホントに。
お前の後頭部に向かってよろしくも何も無いんじゃね?
「で、アイスですか?」
俺は、最初に気になっていた事を思い出した。
「あ、そうそう! アイス切らしちゃって~買いに来たの」
アイス切らすって、沙織さんみたいな事言うんだな。
「はあ、切れちゃったんですか」
「うん、切れちゃったんです」
そのままオウム返しですか。
「アイスでしたら、こちらです! ささ、どうぞ!」
こういう時の鈴木は素早い。そそくさと案内している。
「あ、ありがとう」
幾分、圧倒されながらも、未来は鈴木の後を付いて行く。
店員は、騒ぎも収まってほっとしたように、レジへ戻って行った。
「あ、アイスって言ってもこれじゃ無くて、氷が欲しいの」
「え? 氷?」
「ええ、飲み物に入れたり、夏にかき氷作ったりする氷が……」
「ああーっ! ロックアイスですか! でしたらこちらです!」
鈴木に案内され、五十嵐は反対側の冷凍陳列棚へ向かって行った。
あの人、明日から鈴木に付きまとわれなきゃいいけど。
気づくと愛美達三人は、アイスのショーケースを仲良く覗いていた。
こうして見ると、三人共本当に仲の良い姉妹だな。
しかし、五十嵐さんってポルシェ乗ってるのかよ。
まだ大学生だぜ?
俺は、ガラス越しに見える五十嵐さんが乗っていた車を見た。
俺も安いのでいいから車欲しいな……。
まあ、五十嵐さんて家が金持ちなんだろうな。
バイトして買っちゃいました~とか、んなわけないだろう。
「ね~お兄ちゃん、これ美味しそうじゃない?」
愛美がアイスを持って、俺に話しかけて来る。
手にしたアイスを見ると、確かに見覚えは無い。
もう夏も近いし新商品だろう。
「ああ、食べた事無い奴だな~」
「見た事無いよね~」
俺も愛美の横からショーケースを覗き込んだ。
「お、これもいいな。あ、沙織さんのはどれにする?」
そう思って悠菜を見ると、既に箱に入ったアイスを幾つか持っている。
「これ」
悠菜がそれらを俺に見える様に差し出した。
「それか? お徳用パックとかって、実は一個一個が少し小さいんだぜ?」
買ってみたことがあるから分かっている。
種類によっては、一個当たりの大きさが単品よりもかなり小さい物もあった。
お得と思って買った事があるが、その小ささにがっかりした事もある。
「あー! お兄ちゃん知らないんだ? 沙織さんは、この大きさが好みなんだよ~」
「あ、敢えてその大きさなのかー」
「うんうん~」
愛美がそう言って、陳列棚の横に積み上げてある買い物籠に、幾つもアイスを入れながら言う。
そして、その籠を俺に持てと言わんばかりに渡してきた。
「はいはい。て、こんなに買うのか⁉」
籠を受け取って持つが、かなり重い。
アイスばかりが山盛りに入っている。
て、こんなに⁉
冷凍庫に入るのか?
「あ、お姉ちゃんこれ懐かしくない⁉」
愛美が手にしているのは見覚えのある駄菓子だ。
悠菜はそれを手にして頷いているが、俺もそれなら食べた事がある。
口に入れるとパチパチと弾けて、量によっては痛い思いをするのだ。
愛美に悪戯された記憶も蘇って来た。
「あ、これも買って行こうよ!」
そう言ってポテチの袋を幾つか持つと、愛美は俺が持った籠を見た。
籠にはアイスがてんこ盛りとなっており、それを入れる余裕は無い。
「これはそのまま持ってこっとー」
「ああ、そうして頂戴」
「んー他は特にないかなー? 悠菜お姉ちゃん、他に何か買う?」
「ん……特にない」
「みかんはー?」
「私もいいかなー」
「そ? んじゃ、帰ろー」
愛美は悠菜と並んでレジへ向かっていた。
俺はチラッと鈴木と五十嵐さんの方を見たが、彼女もかなり氷を買い占めているようだ。
床に買い物籠があったが、そこには氷の入った袋が溢れる程に詰め込まれていた。
いや、積み上げられていた。
冷凍ケースの氷、その全てを買い占めるつもりだ。
あんなに氷買って、一体何に使うんだ?
「未来さん、これでいいですか? 俺が持ちますから!」
そう言って、鈴木が籠を両手で持ってレジへ向かう。
あれはかなり重いぞ?
鈴木、ふらふらしてるし。
「あ、ありがとう」
苦笑いしながら、五十嵐さんが鈴木の後を歩く。
幸せそうで良かったな、鈴木。
「お兄ちゃーん! 早くー!」
「あー、はいはい」
五十嵐さんの会計が済んだ後に、俺も会計を済ませた。
が、アイスだけで買い物袋が三つになってる。
俺がそれを両手に持ち外へ出ると、外で待っていた五十嵐さんに声を掛けられた。
「じゃあ、霧島君、また大学でね。愛美ちゃんと蜜柑ちゃん、悠菜さんもまたね?」
彼女はバイバイと手を振りながら、真っ赤なポルシェに乗り込んだ。
助手席側には、鈴木が乗り込んでるし。
「霧島、じゃあなー! 俺、ちょっと未来さんの荷物下すの手伝って来るから! さ、未来さん行きましょう! 氷が熔けちゃいます!」
確かに、あれだけの氷を買い込んだら、車から降ろすのも大変だろうな。
俺が会計を済ませている内に、そう言う事になったのだろう。
「あーわかったよ。五十嵐さん、またね」
俺がそう言って彼女に声を掛けると、真っ赤なポルシェは独特のエンジン音を響かせた。
「ねーお兄ちゃん、あの車、何て言うの?」
「あれな、ポルシェって言う高級車」
「ふ~ん。綺麗な赤だね」
そうは言ってるが、妹が車に興味を持っているとは思えない。
多分、真っ赤な車という事だけに関心を持っただけだろうな。
確かに鮮やかな赤色ではある。
「アイス融けちゃうから、早く帰ろう!」
そう言って愛美が歩き出すと、蜜柑もその横を歩いて行った。
それに合わせて悠菜も歩き出す。
「あ、そうだな」
両手に買い物袋を持った俺も、速足で二人の後を追った。
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