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幕間1

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納屋での時間を過ごし終わったディクセルは、派手に足音を立てながら本宅の廊下を歩いていた。
目指すはミリの兄、オルフェの私室だ。
グッと握った拳からは、僅かに血が滲んでいた。
わざとらしく足音を立てて歩いていたディクセルだったが、しかしオルフェの私室の前で警護をしていた先輩騎士を見付け足を止める。

「お疲れ様です。」
「お疲れ。それで切り替えたつもりか?」
「ええ、もう。」

苛ついたような声はそのままに、先輩騎士からの質問に頷いた。
どう考えても感情の切り替えが出来ないディクセルであったが、それでもディクセルが部屋を訪れたら通すように言われていたので、呆れたような溜息を一つだけ吐いてドアをノックした。
無言で四回。特定のリズムで。
これが合図だった。

「入れ。」

その合図に反応して、扉の向こうから入室許可の声が聞こえた。
凛とした、支配者特有の抑揚をした声。
部屋の主であるオルフェの声だ。
ディクセルは許可を得たからと特に挨拶もなくズカズカと室内へと入り、勝手知ったると言わんばかりにソファに腰掛けた。
高級なソファのスプリングが、屈強な身体が乱暴に沈み込んできたものだから不快そうにギシリと音を鳴らす。
黙って窓の外を見ていたオルフェだったが、あまりに下品な振る舞いに思わず眉根を寄せた。

「何をそんなに苛ついている。」
「………お前の弟、好い加減どうにかしろ。鬱陶しい。」

その言葉に、オルフェはああ、と納得をする。
そういえば、納屋に行っていたんだったな。

「地下への行き方は?」
「分からないままだ。というか、直接聞けば良いだろう。弟なんだし。」

我が物顔でソファに寝転ぶディクセルに、オルフェは内心舌打ちをしながらも訪ねる。
しかし返ってきた答えは言葉少なく、それでいてオルフェを苛つかせるには十分な言葉だった。
そんなの、出来るならばとっくにしている。

「役立たずが。」
「自己紹介か?」

忌々しそうにそう吐き捨てたオルフェを、ディクセルはせせら笑った。
お互い、八つ当たりだ。
それは分かっている。
それでも、本当に気に食わないとオルフェは思った。
学生時代から、ディクセルはオルフェを………否、腹の中では自分ディクセル自身を含む誰もを見下していた。
ディクセルが崇拝と呼んでも過言でもない感情を抱くのは、いつだって一人だけ―――

「(その一人が、厄介だと言うに)」

思わず爪を噛みたくなる衝動を、オルフェは口元に上がりそうになる掌を無理矢理に押さえつけることで耐えながら、そんなことはおくびにも出さずもう一度窓に視線を向けた。
その視線の先ではヨタヨタと覚束ない足取りで、干していた器具を運び入れるミリの姿があった。

ここでは納屋の様子がよく見える。
正確には、納屋を必死になって片付ける、愚かで哀れなミリの姿が。
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