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「だーいちっ!だーれだ!」
「杏梨だろ。大地って呼ぶのは杏梨だけでしたー。」
「その当て方はズルい!」

キャッキャっと笑いながら、吉塚は自分の瞼を覆っていた高城のプライドに居る望月杏梨の掌を退けた。
そのまま望月が吉塚の方へと体重をかけたので、まるでバックハグをしているような姿勢になるのだが、高城以外のクラスメイト達は日常となってしまっているその光景に特に何も感じることはないし、唯一少しだけ複雑な感情を抱く高城も可愛いと可愛いが絡むと目の保養だなといつものように受け入れた。

「ん?てか杏梨もう来たの?早くない?」

高城はそう言ってスマホを見た。
始業ギリギリに来る望月がまだ始業三十分前に来てるだなんて、珍しいこともあるものだ。
雨でも降るのだろうか。

「彼氏に送ってもらったの。」
「あー。杏梨の彼氏社会人だっけ?」
「そー。昨日泊まったんだけど、お礼にお弁当作ったから私も早起きしてね。そしたらついでに送ってもらった。何お返ししよう。」

ソワソワと、望月は不安げに眉根を寄せた。
望月は尽くしたがりという訳ではないのだが、幼少期のトラウマで借りを作るのを嫌がる。
相手が彼氏であっても【自分のために何かをしてもらう】事を全て借りとして認識してしまうので、結果お礼のお礼にお礼してと無限ループのようなことになってしまう。
数ヶ月前から付き合い始めたという望月の彼氏はその事を知っているのだが、こちらは尽くしたがりの性格らしく嬉々としてお礼のお礼をしているようだ。
噛み合っているような、噛み合ってないような。

「おはっよー!あ!杏梨来てる!傘持ってきてないよー!」

大声で失礼極まりないことを言いながら教室に入って来たのは門倉柚子稀。
彼女もまた高城のプライドのメンバーであり、一番最初に高城と共に吉塚に声をかけた人間だ。
その事もあってか、吉塚が一番懐いているのも彼女だったりする。

「柚子稀おはよう」
「ゆずちゃん、おはよう。」
「おはよう、レオン!だいちゃん!」
「おはー。ゆずず失礼じゃない?私だってたまには早く来るもん。」

門倉のセリフに望月が唇を尖らせるが、中学の頃からの付き合いである高城も門倉もそんな姿は見たことがない。
当然、吉塚も一度も見たことがなかったのでそこはスルーをした。
日頃の行いというやつである。

「ふーん。ねぇ、だいちゃん!良い匂いするハンドクリーム買ったんだー!着けたげる!」
「ありがとうゆずちゃん。」

荷物をロッカーにしまって戻って来た門倉に、吉塚はなんの抵抗もなく掌を差し出した。
門倉の最近のブームは吉塚を磨くことだ。
人一倍勘のいい彼女は高城が吉塚に惚れたことに誰よりも早く気が付いていた。
そんな彼女だからこそ、吉塚を可愛い可愛いと褒めて伸ばし高城好みに磨いていく。
吉塚本人には気付かれないように。

「あ、俺この匂い好き。」
「でしょでしょー?」

フワリと香る柑橘系の爽やかな香りは、高城の好みの香りだった。
わりとフルーツ系の香りを好む高城だが、柑橘系の香りは一等好みだったりする。
今朝の件で颯太とメッセージアプリでやり取りしながら、自分好みの香りに包まれた吉塚に癒されていく。
この手の香りが吉塚の好みならば、今度香水かボディミストをプレゼントするのも悪くないかもしれない。

「高城」
「んー?」
「嗅いでみて」

差し出された吉塚の手を取って、ハンドクリームを塗られてツヤツヤになった手の甲の匂いを嗅ぐ。
吉塚自身の体臭が混ざったのか、先程空気中で感じた香りとはまた違う匂いになっていて心地良い。

「いいね、これ。好き。」

へらりと笑って高城がそう言えば、吉塚は俺も好きと嬉しそうに笑った。
実にほのぼのとした光景。
そんな光景を見ながら、ドヤ顔をしている門倉以外のその場に居る全員が思った。
吉塚、蒔田と康田のこと言えねぇじゃん、と。

「吉塚、高城おはよー。」
「おはよー。」

噂をすればなんとやら。
蒔田と康田がいつものように手を繋いで教室に入ってきた。
無事に付き合えた二人はお互い何の部活に入っていないのを良い事に、毎日の登下校を一緒にしているラブラブっぷりだ。
彼女欲しい男子達や彼氏欲しい女子達にとって、高城並に目に毒な存在である。

「おはよう、康田。」
「ヤッスーにマッキー、おはよー!」

手を取り合った状態のまま、高城と吉塚が二人に挨拶をする。
ちなみに吉塚は望月を背中にはりつけたままだ。
随分と甘ったるい雰囲気の似合うクラスになってしまったと、独り身な学生達はそれでもこの二組のカップルに確かな癒しを感じていた。
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