1 / 7
1
しおりを挟む
僕は生まれた時から中途半端な存在だった。
第七王子という、スペアにもならない存在。
寧ろ変に王族という権力を持ってしまっているから、いずれは跡目争いの邪魔にならないようにひっそりと降ろされる予定だ。
つまりは要らない存在。
兄達も僕を見下しているし、なんなら城勤めの人達からだって軽く見られているんじゃないだろうか。
貴族令息や令嬢達だって、僕と縁を結んだ所でどうにもならないと分かっているから特に深く関わろうともしない。
ま、それで良いんじゃないとも思ってた。
最悪平民に降ろされる可能性だってあるから、王家の秘密すら教えてもらえてないし。
顔の良い陛下と顔の良い王女様のおかげで、僕の顔は自惚れてしまう程には良い。
最終的に去勢はされるらしいけど性行為はちゃんとできるらしいから、基盤ができるまでは身体で稼いでも良いかもしれない。
口さがない連中のおかげですっかりませた僕は、12歳までは本気でそう生きようとした。
でもそれを改めたのは、彼女との出会いだった。
彼女との出会いは、王宮の中で唯一一般開放されている図書館でだった。
一般開放と言っても、貴族か本当に利用できるのは王族と取引のできる商人の一部だけだが。
兎に角、通常よりは少し間口の広い図書館のおかげで、僕は彼女と出会うことができたのだった。
とはいっても、最初は特に気にしてなかった。
カラスみたいに真っ黒な、適当に伸ばして簡単に結ばれただけの髪。
本に隠された顔も、ちょっと覗いてみたけれど別に可愛い訳でも美人な訳でもない。
寧ろ一重で小さい目に低い鼻は、平民に紛れても分からなくなりそうな程には普通だった。
それでも、わざわざ覗き込む程に気になったのは、彼女の鈍さだ。
別に足音を立てた訳でもないのに、本から顔を上げることなく読み進めている。
これが他の貴族ならば不敬罪で殺されてしまうよと思いながらわざと音を立てて椅子を引く。
図書館の静かな空間に耳障りなその音は高らかに響いたのに、それでも彼女は顔を上げることをしなかった。
本当に、気付いていないのだろう。
寧ろこっちが心配してしまう程の鈍さに、僕はそのまま引いた椅子に座って彼女を観察してみる。
恐らくは僕と同じ歳位であろうこの子は、一体どこの子供なのだろうか。
ただ僕達二人の呼吸と彼女が紙を捲る音だけが響く空間で、僕はぼんやりと考えた。
時折楽しそうに弛む瞳に、一体その本にどんな楽しいことが書いているのだろうかとも思う。
手にしている本は小さな子供でも知っている有名な冒険譚。
大人達から聞き過ぎてもはや飽き飽きする程の冒険譚に、彼女は表情だけで驚いたり悲しんだり笑ったりと忙しない。
そんなに楽しいものだったろうか。
確か僕の部屋にも一冊あった筈だから、寝る前にもう一度見てみようか。
そう思っていると、本を閉じる音と彼女の満足げな吐息が聞こえた。
どうやら読み終わったらしい。
未だ目の前に居る僕に気付くことなく、彼女は嬉しそうに本の表紙を優しく撫でている。
「その話、好きなの?」
「………えっ?」
あまりにも気付かないのでなんだかおかしくなってしまって思わず普通に話しかければ、先程時々見せていた驚愕の表情を浮かべた彼女と視線が合う。
誰も居ないと、本気で思い込んでいたんだろうな。
じわじわと赤くなっていく顔が、可愛い。
そう。
凡庸で………どちらかといえばな彼女を、僕は確かに可愛いと思えたのだ。
「あの、もうしわけございません………気付かなかったとはいえ、ご挨拶もできずに………」
彼女の身体が、小刻みに震える。
困ったな。
そんな顔をさせたい訳じゃなかったんだけど………
「ううん、大丈夫。とはいえ、気を付けた方が良いと思うけど。」
フォローのつもりで言った言葉に、彼女の身体が更に強張ってしまう。
しまった、嫌味に聞こえてしまったか。
申し訳ございませんと震えて俯く彼女に、どうやったら笑顔になってもらえるか必死に考える。
僕が黙る時間が長ければ長い程彼女が怯えることは分かっているのに、肝心な言葉が何一つ思い浮かばない。
「あ、あの、その本好き?すごく真剣に読んでたけど、どの場面が好き?」
僕は馬鹿か?
自分でもそう思うが、その時はなんとか彼女に抱いてもらう印象を良くしようと必死だったんだ。
しかも12歳の子供が思いつく口説き文句なんて、限りがある。
そう。
これはまさに、口説き文句だった。
人生初の口説き文句。
「………お姫様、が、ドレスをおくられるところ、です。」
恐怖でほろほろと涙を流しながら、それでも彼女は質問に答えてくれた。
それは冒険譚の中で、主人公の王子が隣国の姫に自らがデザインしたドレスを贈ってプロポーズした場面だ。
恐らく、彼女が一番嬉しそうな表情をしていた場面がそこなのだろう。
「どうして?」
「どうしてって………王子様が、お姫様のこと、すごくいっしょうけんめい考えてたから、です………」
辛そうに、それでも律儀に彼女が小さな声で答える。
多分、僕との会話は苦痛でしかないのだろう。
でも僕はどうしても、彼女の傍に居たいのだと我を通してしまって。
ほろほろと流れる涙は止まらない。
どうしてうまくいかないのだろうか。
ただ、笑って欲しいだけなのに。
「教えてくれてありがとう。ごめんね、怖がらせて。」
本当はもっと聞きたかった。
でも多分、今の印象がマイナスな僕では無理だろう。
そっとハンカチを差し出しても、更に怯えた目を向けられる僕では。
………今名乗れば、彼女はもっと怯えてしまうだろう。
ただでさえ彼女は見ず知らずの貴族を長時間無視する形になったことで、不敬罪で罰せられるかもと怯えているだろうから。
ここで馬鹿正直に王族だと名乗ってしまおうものならば、更に怯えさせてしまう。
どうすればリカバリーできる?
考えろ。
考えろ、僕。
「ミリア。ミリアー。どこに行ったんだ?」
必死に頭を悩ませていると、控えめな、それでも静かな空間ではよく通る少年の声が聞こえた。
一体誰なのだろうか。
そう思いながら声のする方を振り返ろうとして、彼女の瞳が若干安堵に揺れたことに気付く。
この声の子は、知り合い?
一体、誰?
君の何?
「ミリア、ここに居るのか?そろそろ………っ!」
背後から聞こえる少年の声が、僕が振り返ると同時に強張る。
恐らく彼は、僕が誰だか分かっているのだろう。
そうなると高位貴族の子か?
下位貴族からは認識すらされてないからな。
「これはフィルナンド第七王子様!御前を失礼致します!」
案の定、僕に臣下の礼をとって、少年は青褪めた顔でそう言った。
小さく彼女が息を吞む音が聞こえる。
嗚呼、だから名乗りたくなかったのに。
「………君は?」
「はい!私はヴェルネス子爵の子、ケイネルと申します。」
子爵令息か。
意外だ。
覚えてなくても良い第七王子の存在を、教える子爵が居たのだな。
「そうか。面を上げろ。ついでに発言も許す。」
そうなるとめんどくさい。
わざわざ僕に臣下の礼をとる程の堅物だ。
許してやらないと、いつまでも黙って頭を下げ続けるんだろう。
嗚呼。僕の印象がどんどん悪くなっていく。
「ありがたきお言葉。それで、その………ミリア男爵令嬢が、何か。」
ミリア。
それが彼女の名前か。
男爵なのか。
彼女の口から聞きたかったことが、この男からだと聞いているという事実にイライラしてくる。
そもそもなんでそんなに親しげなんだ?
「いや、僕が驚かせてしまったからね。彼女とはどういう関係?」
「婚約者です。」
さっきまでの態度とは打って変わって、自信満々に答えられて舌を打ちそうになる。
子爵令息と男爵令嬢。
よくある話だ。
政略的な婚約なんだろうと信じたい。
目の前に居る少年は確かに僕と同じくらいか少し年上か位の少年だけれども、それでもすらりとした程良い筋肉が付いた身体つきと、雄々しく太めの眉、そして意志の強そうなきつい目元に、すっと通った鼻筋と形の良い唇は今からでも彼が男前になるだろうことを保証している。
それでいてあんなにも堅物なのだから、例え政略結婚だとしてもそこに恋情は無くとも情だけで彼女を受け入れようとするだろう。
でもそれだけだきっと。
大丈夫。
「そう。悪かったね。知らなかったとはいえ、密室で二人きりになってしまって。ミリア嬢も、怖かったろう。」
「………あっ、その、いいえ。大丈夫、です。こちらこそ、とんだご無礼を………」
礼儀がなっていないと分かっていながらも名前で呼べば、可哀想な位に肩が跳ねる。
でも、ごめんね。
僕が名乗らせる暇を与えなかったせいで、君の家名を知らないんだ。
本当はそんなの言い訳以下だと分かっているけれど、僕は改めようと思わなかった。
「ううん、良いよ。あと………」
「はい。」
「ありがとう、質問に答えてくれて。参考にするよ。じゃあ。」
本当はまだ傍に居たかったけれど、これ以上怯えられたくも嫌われたくもなかったから今日のところはこの場を去ろう。
やりたいこともできた。
確か適当に図書館から持ち出した本の中に、デザイン系の本もあった筈。
あと、市井に放られることだけはなんとしても避けなければいけない。
子爵以上伯爵以下が良い。
彼女に僕のドレスを纏ってもらうためには、なるべく早く、僕の価値を高めなければ。
彼女と彼が政略結婚ならばもしかしたら、もしかしたら………
「………なんて。無理だろうけどね。」
思いついた呑気な思考だが、ありえない未来だと嘲笑してしまう。
去勢をされる時点で、僕は伴侶を迎えることができない。
特に貴族の子ならば、絶対無理な話だ。
夢のまた夢。
それでも、いつかあの冒険譚のお姫様のように、僕がデザインしたドレスを纏ってくれたら。
きっと僕は、それだけで生きている意味を見出せるのだろう。
第七王子という、スペアにもならない存在。
寧ろ変に王族という権力を持ってしまっているから、いずれは跡目争いの邪魔にならないようにひっそりと降ろされる予定だ。
つまりは要らない存在。
兄達も僕を見下しているし、なんなら城勤めの人達からだって軽く見られているんじゃないだろうか。
貴族令息や令嬢達だって、僕と縁を結んだ所でどうにもならないと分かっているから特に深く関わろうともしない。
ま、それで良いんじゃないとも思ってた。
最悪平民に降ろされる可能性だってあるから、王家の秘密すら教えてもらえてないし。
顔の良い陛下と顔の良い王女様のおかげで、僕の顔は自惚れてしまう程には良い。
最終的に去勢はされるらしいけど性行為はちゃんとできるらしいから、基盤ができるまでは身体で稼いでも良いかもしれない。
口さがない連中のおかげですっかりませた僕は、12歳までは本気でそう生きようとした。
でもそれを改めたのは、彼女との出会いだった。
彼女との出会いは、王宮の中で唯一一般開放されている図書館でだった。
一般開放と言っても、貴族か本当に利用できるのは王族と取引のできる商人の一部だけだが。
兎に角、通常よりは少し間口の広い図書館のおかげで、僕は彼女と出会うことができたのだった。
とはいっても、最初は特に気にしてなかった。
カラスみたいに真っ黒な、適当に伸ばして簡単に結ばれただけの髪。
本に隠された顔も、ちょっと覗いてみたけれど別に可愛い訳でも美人な訳でもない。
寧ろ一重で小さい目に低い鼻は、平民に紛れても分からなくなりそうな程には普通だった。
それでも、わざわざ覗き込む程に気になったのは、彼女の鈍さだ。
別に足音を立てた訳でもないのに、本から顔を上げることなく読み進めている。
これが他の貴族ならば不敬罪で殺されてしまうよと思いながらわざと音を立てて椅子を引く。
図書館の静かな空間に耳障りなその音は高らかに響いたのに、それでも彼女は顔を上げることをしなかった。
本当に、気付いていないのだろう。
寧ろこっちが心配してしまう程の鈍さに、僕はそのまま引いた椅子に座って彼女を観察してみる。
恐らくは僕と同じ歳位であろうこの子は、一体どこの子供なのだろうか。
ただ僕達二人の呼吸と彼女が紙を捲る音だけが響く空間で、僕はぼんやりと考えた。
時折楽しそうに弛む瞳に、一体その本にどんな楽しいことが書いているのだろうかとも思う。
手にしている本は小さな子供でも知っている有名な冒険譚。
大人達から聞き過ぎてもはや飽き飽きする程の冒険譚に、彼女は表情だけで驚いたり悲しんだり笑ったりと忙しない。
そんなに楽しいものだったろうか。
確か僕の部屋にも一冊あった筈だから、寝る前にもう一度見てみようか。
そう思っていると、本を閉じる音と彼女の満足げな吐息が聞こえた。
どうやら読み終わったらしい。
未だ目の前に居る僕に気付くことなく、彼女は嬉しそうに本の表紙を優しく撫でている。
「その話、好きなの?」
「………えっ?」
あまりにも気付かないのでなんだかおかしくなってしまって思わず普通に話しかければ、先程時々見せていた驚愕の表情を浮かべた彼女と視線が合う。
誰も居ないと、本気で思い込んでいたんだろうな。
じわじわと赤くなっていく顔が、可愛い。
そう。
凡庸で………どちらかといえばな彼女を、僕は確かに可愛いと思えたのだ。
「あの、もうしわけございません………気付かなかったとはいえ、ご挨拶もできずに………」
彼女の身体が、小刻みに震える。
困ったな。
そんな顔をさせたい訳じゃなかったんだけど………
「ううん、大丈夫。とはいえ、気を付けた方が良いと思うけど。」
フォローのつもりで言った言葉に、彼女の身体が更に強張ってしまう。
しまった、嫌味に聞こえてしまったか。
申し訳ございませんと震えて俯く彼女に、どうやったら笑顔になってもらえるか必死に考える。
僕が黙る時間が長ければ長い程彼女が怯えることは分かっているのに、肝心な言葉が何一つ思い浮かばない。
「あ、あの、その本好き?すごく真剣に読んでたけど、どの場面が好き?」
僕は馬鹿か?
自分でもそう思うが、その時はなんとか彼女に抱いてもらう印象を良くしようと必死だったんだ。
しかも12歳の子供が思いつく口説き文句なんて、限りがある。
そう。
これはまさに、口説き文句だった。
人生初の口説き文句。
「………お姫様、が、ドレスをおくられるところ、です。」
恐怖でほろほろと涙を流しながら、それでも彼女は質問に答えてくれた。
それは冒険譚の中で、主人公の王子が隣国の姫に自らがデザインしたドレスを贈ってプロポーズした場面だ。
恐らく、彼女が一番嬉しそうな表情をしていた場面がそこなのだろう。
「どうして?」
「どうしてって………王子様が、お姫様のこと、すごくいっしょうけんめい考えてたから、です………」
辛そうに、それでも律儀に彼女が小さな声で答える。
多分、僕との会話は苦痛でしかないのだろう。
でも僕はどうしても、彼女の傍に居たいのだと我を通してしまって。
ほろほろと流れる涙は止まらない。
どうしてうまくいかないのだろうか。
ただ、笑って欲しいだけなのに。
「教えてくれてありがとう。ごめんね、怖がらせて。」
本当はもっと聞きたかった。
でも多分、今の印象がマイナスな僕では無理だろう。
そっとハンカチを差し出しても、更に怯えた目を向けられる僕では。
………今名乗れば、彼女はもっと怯えてしまうだろう。
ただでさえ彼女は見ず知らずの貴族を長時間無視する形になったことで、不敬罪で罰せられるかもと怯えているだろうから。
ここで馬鹿正直に王族だと名乗ってしまおうものならば、更に怯えさせてしまう。
どうすればリカバリーできる?
考えろ。
考えろ、僕。
「ミリア。ミリアー。どこに行ったんだ?」
必死に頭を悩ませていると、控えめな、それでも静かな空間ではよく通る少年の声が聞こえた。
一体誰なのだろうか。
そう思いながら声のする方を振り返ろうとして、彼女の瞳が若干安堵に揺れたことに気付く。
この声の子は、知り合い?
一体、誰?
君の何?
「ミリア、ここに居るのか?そろそろ………っ!」
背後から聞こえる少年の声が、僕が振り返ると同時に強張る。
恐らく彼は、僕が誰だか分かっているのだろう。
そうなると高位貴族の子か?
下位貴族からは認識すらされてないからな。
「これはフィルナンド第七王子様!御前を失礼致します!」
案の定、僕に臣下の礼をとって、少年は青褪めた顔でそう言った。
小さく彼女が息を吞む音が聞こえる。
嗚呼、だから名乗りたくなかったのに。
「………君は?」
「はい!私はヴェルネス子爵の子、ケイネルと申します。」
子爵令息か。
意外だ。
覚えてなくても良い第七王子の存在を、教える子爵が居たのだな。
「そうか。面を上げろ。ついでに発言も許す。」
そうなるとめんどくさい。
わざわざ僕に臣下の礼をとる程の堅物だ。
許してやらないと、いつまでも黙って頭を下げ続けるんだろう。
嗚呼。僕の印象がどんどん悪くなっていく。
「ありがたきお言葉。それで、その………ミリア男爵令嬢が、何か。」
ミリア。
それが彼女の名前か。
男爵なのか。
彼女の口から聞きたかったことが、この男からだと聞いているという事実にイライラしてくる。
そもそもなんでそんなに親しげなんだ?
「いや、僕が驚かせてしまったからね。彼女とはどういう関係?」
「婚約者です。」
さっきまでの態度とは打って変わって、自信満々に答えられて舌を打ちそうになる。
子爵令息と男爵令嬢。
よくある話だ。
政略的な婚約なんだろうと信じたい。
目の前に居る少年は確かに僕と同じくらいか少し年上か位の少年だけれども、それでもすらりとした程良い筋肉が付いた身体つきと、雄々しく太めの眉、そして意志の強そうなきつい目元に、すっと通った鼻筋と形の良い唇は今からでも彼が男前になるだろうことを保証している。
それでいてあんなにも堅物なのだから、例え政略結婚だとしてもそこに恋情は無くとも情だけで彼女を受け入れようとするだろう。
でもそれだけだきっと。
大丈夫。
「そう。悪かったね。知らなかったとはいえ、密室で二人きりになってしまって。ミリア嬢も、怖かったろう。」
「………あっ、その、いいえ。大丈夫、です。こちらこそ、とんだご無礼を………」
礼儀がなっていないと分かっていながらも名前で呼べば、可哀想な位に肩が跳ねる。
でも、ごめんね。
僕が名乗らせる暇を与えなかったせいで、君の家名を知らないんだ。
本当はそんなの言い訳以下だと分かっているけれど、僕は改めようと思わなかった。
「ううん、良いよ。あと………」
「はい。」
「ありがとう、質問に答えてくれて。参考にするよ。じゃあ。」
本当はまだ傍に居たかったけれど、これ以上怯えられたくも嫌われたくもなかったから今日のところはこの場を去ろう。
やりたいこともできた。
確か適当に図書館から持ち出した本の中に、デザイン系の本もあった筈。
あと、市井に放られることだけはなんとしても避けなければいけない。
子爵以上伯爵以下が良い。
彼女に僕のドレスを纏ってもらうためには、なるべく早く、僕の価値を高めなければ。
彼女と彼が政略結婚ならばもしかしたら、もしかしたら………
「………なんて。無理だろうけどね。」
思いついた呑気な思考だが、ありえない未来だと嘲笑してしまう。
去勢をされる時点で、僕は伴侶を迎えることができない。
特に貴族の子ならば、絶対無理な話だ。
夢のまた夢。
それでも、いつかあの冒険譚のお姫様のように、僕がデザインしたドレスを纏ってくれたら。
きっと僕は、それだけで生きている意味を見出せるのだろう。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
君が嫌いで…好きでした。
秋月
恋愛
『関わると死んでしまう』
そんな噂のある千菜はいつも1人…
そんな彼女にある冬の日、突然告白したのは、同じクラスの奏叶。
千菜は冷たく突き放すが、奏叶は諦めず…
そんな真っ直ぐな奏叶に次第に惹かれていくが、ある日奏叶が大怪我をしてしまい…
【完結】強制力なんて怖くない!
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のエラリアは、十歳の時に唐突に前世の記憶を取り戻した。
どうやら自分は以前読んだ小説の、第三王子と結婚するも浮気され、妻の座を奪われた挙句、幽閉される「エラリア」に転生してしまったらしい。
そんな人生は真っ平だと、なんとか未来を変えようとするエラリアだが、物語の強制力が邪魔をして思うように行かず……?
強制力がエグい……と思っていたら、実は強制力では無かったお話。
短編です。
完結しました。
なんだか最後が長くなりましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
私の好きなひとは、私の親友と付き合うそうです。失恋ついでにネイルサロンに行ってみたら、生まれ変わったみたいに幸せになりました。
石河 翠
恋愛
長年好きだった片思い相手を、あっさり親友にとられた主人公。
失恋して落ち込んでいた彼女は、偶然の出会いにより、ネイルサロンに足を踏み入れる。
ネイルの力により、前向きになる主人公。さらにイケメン店長とやりとりを重ねるうち、少しずつ自分の気持ちを周囲に伝えていけるようになる。やがて、親友との決別を経て、店長への気持ちを自覚する。
店長との約束を守るためにも、自分の気持ちに正直でありたい。フラれる覚悟で店長に告白をすると、思いがけず甘いキスが返ってきて……。
自分に自信が持てない不器用で真面目なヒロインと、ヒロインに一目惚れしていた、実は執着心の高いヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、エブリスタ及び小説家になろうにも投稿しております。
扉絵はphoto ACさまよりお借りしております。
姉の代わりでしかない私
下菊みこと
恋愛
クソ野郎な旦那様も最終的に幸せになりますので閲覧ご注意を。
リリアーヌは、夫から姉の名前で呼ばれる。姉の代わりにされているのだ。それでも夫との子供が欲しいリリアーヌ。結果的に、子宝には恵まれるが…。
アルファポリス様でも投稿しています。
拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
【完結】復讐に燃える帝国の悪役令嬢とそれに育てられた3人の王子と姫におまけ姫たちの恋愛物語<キャラ文芸筆休め自分用>
書くこと大好きな水銀党員
恋愛
ミェースチ(旧名メアリー)はヒロインのシャルティアを苛め抜き。婚約者から婚約破棄と国外追放を言い渡され親族からも拷問を受けて捨てられる。
しかし、国外追放された地で悪運を味方につけて復讐だけを胸に皇帝寵愛を手に復活を遂げ。シャルティアに復讐するため活躍をする。狂気とまで言われる性格のそんな悪役令嬢の母親に育てられた王子たちと姫の恋愛物語。
病的なマザコン長男の薔薇騎士二番隊長ウリエル。
兄大好きっ子のブラコン好色次男の魔法砲撃一番隊長ラファエル。
緑髪の美少女で弟に異常な愛情を注ぐ病的なブラコンの長女、帝国姫ガブリエル。
赤い髪、赤い目と誰よりも胸に熱い思いを持ち。ウリエル、ラファエル、ガブリエル兄姉の背中を見て兄達で学び途中の若き唯一まともな王子ミカエル。
そんな彼らの弟の恋に悩んだり。女装したりと苦労しながらも息子たちは【悪役令嬢】ミェースチをなだめながら頑張っていく(??)狂気な日常のお話。
~~~~~コンセプト~~~~~
①【絶対悪役令嬢】+【復讐】+【家族】
②【ブラコン×3】+【マザコン×5】
③【恋愛過多】【修羅場】【胸糞】【コメディ色強め】
よくある悪役令嬢が悪役令嬢していない作品が多い中であえて毒者のままで居てもらおうと言うコメディ作品です。 くずのままの人が居ます注意してください。
完結しました。好みが分かれる作品なので毒吐きも歓迎します。
この番組〈復讐に燃える帝国の悪役令嬢とそれに育てられた3人の王子と姫とおまけ姫たちの恋愛物語【完結】〉は、明るい皆の党。水銀党と転プレ大好き委員会。ご覧のスポンサーでお送りしました。
次回のこの時間は!!
ズーン………
帝国に一人男が過去を思い出す。彼は何事も……うまくいっておらずただただ運の悪い前世を思い出した。
「俺は……この力で世界を救う!! 邪魔をするな!!」
そう、彼は転生者。たった一つの能力を授かった転生者である。そんな彼の前に一人の少女のような姿が立ちはだかる。
「……あなたの力……浄化します」
「な、何!!」
「変身!!」
これは女神に頼まれたたった一人の物語である。
【魔法令嬢メアリー☆ヴァルキュリア】○月○日、日曜日夜9:30からスタート!!
輪廻の花〜運命からは逃れられない〜
スズキアカネ
恋愛
私は同じ生を繰り返している。
先に待ち受ける悲劇を食い止めようと頑張っても、待ち構えているのは死。この世は私に非情で優しくない。私はただ、人並みの幸せが欲しかっただけなのに。
──ただこの先に待つのが地獄だと決まっているなら、いっそこの手で。
(全5話)
明治・大正時代の雰囲気で描いています。
■□■
無断転載等は禁止しております。Do not repost.
魔力なしの私と魔術師を目指した少年
鍋
恋愛
私ディアナは転生者。
男爵家の双子の次女として生まれ、記憶を取り戻したのは7才
7才の神殿での魔力診査で、全くの魔力なしと判定された私は、男爵家の中で使用人と一緒に働くことになった。
一方長女のミネルヴァは魔力が多くて、両親に可愛がられていた。
ある日、母親の遣いで買い物に出掛けた私はバルドルと出逢う。
バルドルと過ごす時間は私にとって束の間の安らぎだった。
けれど彼は、ある日魔術師協会にその才能を見出だされ、引き取られた。
『国一番の魔術師になって迎えにくる』
約束の言葉を残して………。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる