すれ違い夫婦の不幸な結婚

かかし

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本編

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引っ張られて連れてこられたのは、駐車場だった。
車の種類なんて詳しくないからよく分からないけれど、左ハンドルだから所謂外車だということは分かる。
彼の物なのだろうか?
結婚式の準備に参加してはいけないと両親にキツく言われたから、ドレスのサイズ合わせ以外は私は打ち合わせにすら出ていない。
だから彼がどんな車に乗ってるのか………そもそも車に乗ってるのかすら知らなかった。

「乗って。」
「………え?」
「早く、乗りなさい。」

助手席側のドアを開けて、彼は短くそう言った。
乗ってって、こんな高級な車に?
思わず後込みしてしまう私に、彼は威圧を混ぜた声色でそう命じた。
怖い。
私、そんなに怒られるようなことしてしまったんだ………

「は、はい………。」

震える足を無理矢理に動かして、助手席に乗り込む。
助手席に乗せたということは、どこかに連れて行かれるんだろう。
シートベルトしないとと思って手を動かすけど、震えて上手くハマらない。

「………落ち着いて。貸してごらん。」
「あっ………」

カチャカチャと音を立てながら苦戦する私の手からそっとシートベルトを外させると、彼はあっさりと嵌め込んでくれた。
手間を、取らせてしまった。
私なんかに、触らせてしまった。
匂いが移ったらどうしよう。
あの人が不快な思いをするんじゃないだろうか。

「違う、本当に………ごめんね、そんなつもりじゃなかったんだ………」
「………?」

ぽつりと言われた意味がよく分からなくて、首を傾げる。
そんなつもりとは、どういう意味だろうか?
私の方こそ、不快にさせたくなかったから早く帰るつもりだったのに………。

「ごめんなさい………。」
「違う、違うんだよ。とにかく、帰ろう?」

帰るって、どこにだろう?
理解が追いつかないまま、彼は慣れた手つきで車を発進させてしまう。
違うとしか言ってくれないけど、私には何が違うのかが分からない。
どうして私はこんなにも馬鹿なのだろうか。

「君の両親が用意したっていう所なんだけど………」
「は、はい!」

そう思っていると、彼が急に話し掛けてきた。
今日はいっぱい話し掛けてくれる。
自分の馬鹿さ加減に泣きそうなのに、ただそれだけのことに嬉しくなってしまう。
喜んではダメだ。
だって、のだから。


「そこには行かないで欲しい。ご両親には、俺から言っておくから。」
「でも………」

のに。
そう言おうと口を開くも、彼が冷たい目で私を見るから何も言えなくなった。
そんな目で見るなら、どうして私を車に乗せたんだろう。
胃がチクチクする。

そうこうしている内に、車はすごく背が高い立派なマンションに着いた。
どこだろう、ここ。
駐車場も立派で、警備員の人も立ってる。
彼は当たり前のように車を停めると、手早く降りて助手席のドアを開けた。
あまりにもスムーズで手早くてびっくりしている間に彼は私とダッシュボードの間に身体を通してシートベルトを外してくれた。
当たり前だけど、距離が近い。
匂いもダイレクトに感じてドキドキする。
初めて会った時から好きだった、匂い。

「おいで、降りるよ。」

伸ばされた手を、言われるがままに取って車から降りる。
しんと静まり返った駐車場を慣れた足取りで進んで行くから、私は着いて行くので精一杯だった。
きっとここは彼が住んでいるマンションなんだろう。
裏口の鍵を開けてエレベーターに乗って、当たり前のようにボタンを押すから、多分、そう。
でもどうしてそんな所に私を連れて来るんだろうか?

車を降りてからは、ずっと無言だった。
ただ私が手を振り解こうとしないようにからか、しっかりと手は繋がれたまま。
やがてエレベーターが止まったかと思ったら、扉が開くと同時にまた手を引いて歩き出す。
一番奥の、角部屋。
日当たりが良さそうなその場所で彼は漸く足を止めると、私の手を握ったまま開錠すると扉を開けた。

「おいで。」

カードキーだ、すごい。
そう思ってると彼は私の手を離し、扉が閉まらないように押さえながらそう言った。
ここから先は、私自身の意思だということなのだろうか。
怖い。
どうせならば最後まで手を引いていて欲しかったと思った。

「お、お邪魔します………」

そろそろと、中に入る。
部屋にはまだ明かりが付いてなくて、真っ暗だ。
どこまで進んで良いんだろうか?
分からなくて、取り敢えず土間で足を止める。

「“お邪魔します”じゃなくて、。」

聞いたことない程に低い声。
怖い、怒ってるんだ、怒られるんだ。
私がダメな子だから。
嗚呼、嫌だ。

「わ、私、帰ります!」

まだ彼は扉を開けたままにしていたから、失礼だと分かっててもそのまま出て行こうと思った。
けれどそうしようとした瞬間にはもう、目の前に彼の大きな身体が立ちはだかっていて………

「君の帰る場所は、ここだ。」

ゆっくりと、扉が閉まる。
廊下の明かりが扉の隙間から入っていたけれど、扉の動きに合わせて徐々に細くなっていく。
怖い。
思わず伸ばした手は再び彼に取られ、引き寄せられる。

「汐里。」

顎を取られ、上に向かされる。
重々しい音を立ててドアは閉まってしまったから、もう部屋の中は真っ暗だ。
それなのに、彼のチョコレート色の瞳は何故かハッキリと見えて―――

「ごめんね。」

その瞬間、目の前が真っ赤になった。
最後に覚えているのは身体中に駆け巡る異常な熱と、彼が呟いたその一言だけだった。
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