その子俺にも似てるから、お前と俺の子供だよな?

かかし

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「連絡がつかないんだ………。」

ウィルフレッドは憔悴していた。
繁忙期な上に出張に次ぐ出張で死にそうだからと言う訳ではない。
否、確かに死にそうな位忙しいが、ウィルフレッドは基本的に仕事が好きだ。
この位苦ではない。

では何故かと言えば、同居に持ち込む程に入れ込んでいた稔とここ数日連絡が取れないのだ。
最初は余裕だった。
同じ会社に居る訳だし、怒られるだろうが以前の様に昼休みにちょっかいを掛けられればそれで良いと思ったのだ。
しかし実際はどうだ。
昼休みは捕まらないし、彼の同僚にそれとなく聞けば仕事も終わり次第慌てて帰ってしまうらしい。
では直接携帯にと思って何度も掛けても繋がらず、嫌な予感がして家に帰ってみれば、もぬけの殻で。

「はあ………。」

そんな話を直帰中のタクシーの中でされて、相馬はどう言う顔をしたら良いのか分からなくなった。
確かに最近体調が悪い様ですが大丈夫ですかとは声を掛けた。
仕事では一切表には出さないが、それでもいつもと調子が違うというのは同僚であり友人だからこそ感じてしまう。
しかし、何故こうも友人の赤裸々な話を聞かなければならないのか。
いや、友人だけならまだ良いが、ウィルフレッドは気付いているのだろうか。
総務課の稔との関係をペロッと話ていると言う事に。
否、気付いてないだろう。
兎に角ウィルフレッドはここ数日の出来事を誰かに話したくなる程に憔悴しきっているらしい。

「取り敢えず、飲みにでも行くか。な?」

すっかり項垂れてしまったウィルフレッドの背を摩る。
幸いにも忙しさのピークは本日の業務を以て過ぎ去り、明日は休みだ。
多少ハメを外した所でどうとなる事はない。
相馬は運転手に適当な場所で車を停めてもらい、若干愚図る素振りを見せるウィルフレッドを引き摺り降ろした。
適当に停めてもらったとは言え、帰宅途中だった為に馴染み深い飲み屋街近くに降りる事が出来た。
忘れる事は出来ないだろうが、気持ちを切り替えれば何か打開策が見付かるかもしれない。
そう言って肩を叩く相馬に、ウィルフレッドは漸く顔を上げて笑った。否、笑おうとした。

「………稔?」
「え?ちょっ、ウィルフレッド!?」

しかし顔を上げた先に見えた姿に、ウィルフレッドは何の躊躇もなく走り出した。
視界の端に映っただけの後ろ姿。
けれどウィルフレッドには自信があった。
あれは稔だと。
確かに稔の同僚の証言通りに慌てている風に見える。

どうしてあそこまで慌てているのだろう?
もしかして遂に“恋人”が出来たのだろうか?
俺を捨ててまで?
ソイツは俺よりも君を大事にするのか?

不安に駆られながら、稔の後を追ってウィルフレッドは走った。
人の気配には敏い人なのに、ウィルフレッドに気付く素振りを見せない。
余程重大な用事なのだろうか?
いっそスピードをあげて距離を詰めようか。
そう思った瞬間、ウィルフレッドは前方に見えた建物で思わず足を止めた。

「保育園………?」
「ウィルフレッドどうしたんですか!急に………」
「しっ!静かにして下さい!」

漸く追いついた相馬の言葉を静止し、稔の動向を探る。
門の前に立っている茶髪の女性となにやら気安くやりとりしているのは分かるが、距離がある為に会話が何一つ聞こえない。
辛うじて分かるのは、いやに可愛らしいエプロンをしたその女性が保育士なのだろうと言う事だけだ。
一体この保育園に何が?
それとも、彼女が恋人なのか?

「ウィルフレッド、あれ、あの子!」
「はい?何ですうるさい………って、え?」

もしやアレが新しい恋人かと思って睨み付けていると、相馬が肩を激しく叩いて視線を促してきた。
鬱陶しいと思いつつも素直に指が指し示す方向を見て、ウィルフレッドは思わず口を開いて驚愕した。
元気良く稔に駆け寄り、抱き上げてもらったその子供の顔が遠目から見ても―――

「シンシア??」
「ですよね………?」

何故姉に良く似た子供を抱き上げているのだろうか?
だがシンシアに似た子供と言う事は、少なくともあの保育士との子供ではないと言う事だ。
いや、しかし………そうぐるぐると思考を回している間に、子供が保育士に手を振っているのが見えた。
恐らくはもう帰路につくのだろう。
真実が知りたい。
が、それ以上の何かに突き動かされる様な形でウィルフレッドは稔へと駆け寄った。

「稔!」
「………ん?ウィルフレッド、どうした?」

震える声を張り上げて名前を呼べば、稔は特に気にした素振りもなく、子供を抱きかかえたままそう言った。
あまりにも自然な様子なものだから、まるで今まで悩んでいたアレコレが幻想だったのではないのかと錯覚してしまいそうだが、実際に起きた事だと首を振って気を取り直す。
一体何が始まるのかと訝しげな保育士の視線と背後の相馬の視線が突き刺さるが、ウィルフレッドは気にする事なく口を開こうとして、気付く。
不安そうな表情の子供の、その目の色に。

「その子俺にも似てるから、貴方と俺の子供だよな?」

―――何言ってんだ、コイツ。
この時、相馬と保育士の女性………夏菜は同じ事を思った。
常識的に考えて男同士で子供が出来る訳がないだろう。
そもそもその発言脈絡が無さすぎじゃないですかね、と至極当然の事を。
だがそう思ったのは二人だけだった様で。

「お前の子供なのは間違いないけど、俺の子じゃねえよ?」
「でもこの子の瞳、貴方と同じで綺麗な焦げ茶ですよ?」

ウィルフレッドと稔は仲良くリアンの顔を覗き込みながら、何とも論点のズレまくった会話をしている。
聞いている此方からしてみれば何とも脳みそのとろけそうな会話だ。
さっきのさっきまでウダウダ悩んでいたのは一体何なのだ。
何だ、似た者夫婦か。
割れ鍋に綴じ蓋か。
心配した此方が馬鹿みたいじゃないですか。
そしてなんなら焦げ茶の瞳なんて、わりとよく居る。

「ではウィルフレッド。解決した様なので私、帰りますね。」
「門前でイチャイチャされても迷惑なんで、取り敢えず帰ってもらえます?」

相馬も夏菜も、呆れ顔を隠す事もなくそう言って傍迷惑な二人にとっとと帰宅する様に促した。
早く帰って眠りたい。
何かいつもの倍以上疲れた気がする。
二人は全く同じ気持ちを抱きながら、そんな事まるで分からないと言わんばかりにきょとんとしているウィルフレッドと稔の顔を見て、溜息を吐いた。
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