僕よりも可哀想な人はいっぱい居る

かかし

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僕よりも可哀想な人はいっぱい居る

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状況が変わったのは、その日から程なくして。
彼が僕のマグカップを割ったことだった。

「ご………ごめんなさい!」
「ケガは無いか!?おい!謝ってるんだから許してやれ!」

わざとらしい涙を浮かべて謝る彼の声も、理由も聞かず彼の心配だけをして僕を罵倒するばかりの兄の声も遠く聞こえる。
お母さんと僕のマグカップ。
この世界でたった一つしかない、唯一無二のマグカップ。
泣いてはいけない、僕よりも可哀想な人はいっぱい居る。
そう思うのに、視界がぼやける。

「ごめんなさい………おかあさん、ごめんなさい………」

かき集めた破片が、僕の指を傷付ける。
きっと、マグカップを大切にできなかった僕をお母さんが怒っているんだと思った。
頬の腫れはまだひいてなくて、鏡の中にお母さんが現れることはない。
もしかしたら、もうお母さんは僕のことを許してくれないかもしれない。
そう思うと、悲しくなった。

『世界には、貧困に苦しみ死んでいく子供達がいます』

背後でTVCMが流れている声だけが、僕の耳にハッキリと聞こえた。
僕よりも可哀想な人はいっぱい居る。
だから僕は可哀想じゃない。
けれども、僕だって悲しいと感じることはある。

「お、おい!どこに行くんだ!」

兄の声がぼんやりと聞こえる。
もしかしたら、マグカップを更に壊したいのかもしれない。
でもこれ以上壊されたらもう二度とお母さんは僕に会ってくれないかもしれない。
どこかに隠そう、そうしよう。
これ以上マグカップが壊れないようにすれば、お母さんは僕を許してくれるかもしれない。

でも、どこに隠そうか。
どこで守ろうか。
分からない。
どこが安全なんだろうか。

僕は可哀想な人達よりもずっと安全な場所な居たのに、安全な場所を知らなかった。
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