47 / 51
後編
現実が崩れていく
しおりを挟む
「ごめんなさい………本当に、本当にごめんなさい………」
しゃがみ込んだまま、最後に小さくドミニク様は子供のような口調でそう言った。
その言葉は、何に対してなのだろうか。
少なくとも、今の僕も以前の僕も、そんな言葉は欲しくなかった。
「少し、冷静にならせてください………」
「ルイ………」
縋るように伸ばされた手を避け、僕はそれだけを告げた。
拾った手紙を持ったまま踵を返してその場を離れた。
少なくとも、今の僕にその手を取る資格も立場もない。
………何もかも。きっと最初から、僕らは間違えていたんだ。
でもそれに気付いたからって、もうどうしようもない。
僕は死んだ。
そして今、本来交わる筈のない人生を僕は自ら望んで歩いてしまっている。
もうこれ以上、ifはないんだ。
先に進まないといけない。
僕も、ドミニク様も。
返事を書くのは、もう終わりにしよう。
匿名希望さんは、匿名ではなくなった。
僕と彼とのおままごとは、ほんの少しの間に見る夢みたいなモノ。
夢はいつか、覚めてしまう。
覚める切欠が、匿名さんが匿名じゃなくなることだっただけ。
じんわりと、また眦に涙が溜まる。
今日一日、泣いてばかりだ。
少し部屋に戻って落ち着こう。
授業をサボることになるけれど、まぁ、今更だ。
そう、今更。
………アレ?そういえば、今は何時だ?
思えば僕は、時計を見たことがあっただろうか?
以前の僕も、今の僕も。
そう気付いた瞬間、また耳の奥で砂嵐みたいな音が聞こえ始める。
ザーザー、ザーザー
この音は嫌いだ。
この音が聞こえる時は、高確率で嫌なことが起きる。
しかも脳みそが掻き回されてるみたいな、そんな感覚もして上手く歩くことが出来ない。
眩暈がして、足も動かなくて。
でも寮に帰らないといけない気がして、引き摺りながら必死に動かしていく。
くるくる、ぐるぐる。
吐き気する。
でも、帰らなきゃ。
それはどうして?
あの子達が、待ってるから。
誰が?
誰も居ないのに?
僕の頭の中で、僕じゃない人の声が聞こえる。
彼女の声に似ていて不快で、クスクスと嘲笑うような音がすごく耳障りだ。
嗚呼、でも、あの人を今世では見てないな。
どこに行ったんだろう。
でもそもそも、彼女はどんな顔だった?
名前は何だった?
ザザッ、ザーザー
現実が崩れていく。
美しかったことは覚えているけれど、獣人だったか人間だったかもあやふやだ。
兎の獣人だった気がする。
本当に?
喉が渇く。
何かが分かりそうになる度に、砂嵐の音が大きくなる。
『王として生きるならば、自分以外から全てを奪え。』
『奪え。お前は王になる者なのだから、その権利はある。』
何かの【映像】が、浮かんでは消える。
【映像】って何だ?
そう言えば、あの場所に居たのは本当に王だった?
否、王は確かに居た。
だけどもそれは、本当にレオナルド様だった?
『そんな権利なんて、ある訳ないだろうが!!!』
階段を一段上る毎に、疑問が浮かんでは消える。
誰かの声が聞こえる。
護らなきゃいけないと、僕は思ったんだ。
だって、だってきっと僕の所為で二人は―――
誰かが僕を担ぐように持ち上げた。
誰が?
その人はもう一人誰かを担いでいる。
誰を?
『起きるさ!起きて生きていてくれる!幸せな記憶があれば!それさえダウンロード出来れば!』
『作られただけのそれは記憶じゃないし、記録ですらないよ。それに、そんな【嘘】はいずれ矛盾を生み破綻する。』
誰かが泣きながら叫んでいる。
そんな誰かを、何かが必死に止めている。
嗚呼、泣かないで、二人共。
『………それに、パパは嘘が嫌いだよ。お母さんも、嘘はダメだって言ってた。』
そうだよ。
嘘はいけない。
ドミニク様は嘘が嫌いだし、僕は嘘を吐くのは悪いことだと教えたね。
覚えていて、偉いね。
『嘘じゃない、本当のことにすれば、それは嘘じゃなくなる!』
そんなあの子に、あの人は喰って掛るようにそう言った。
歌うように高らかに、慟哭するように。
でも、それは詭弁だよ。
埋めようのない亀裂が出来てしまう。
小さなそれはやがて大きくなり、そうして崩壊するしかなくなる。
今まさに、この瞬間のように。
『二人を幸せにする記憶を作って、辿らせるんだ!そうすれば確かな記憶になる!俺とお前なら出来る!!』
『お父さん………』
『なぁ、ヘクター!頼む、二人にもう一度、笑って欲しいだろう!?二人は幸せになるべきなんだから!』
獅子が吼える。
でもそれは、ただのお人形遊びにしかならないんだよ。
現実にはならない。
だって―――
「レオ………夢はいつか、覚めるんだよ………」
名前を呼んだ瞬間、身体から全ての力が抜ける。
ゆっくりと後ろに倒れる感覚。
以前の僕も味わった感覚で、ボキャブラリーが無いなぁとちょっと笑ってしまった。
エラー、エラー
しゃがみ込んだまま、最後に小さくドミニク様は子供のような口調でそう言った。
その言葉は、何に対してなのだろうか。
少なくとも、今の僕も以前の僕も、そんな言葉は欲しくなかった。
「少し、冷静にならせてください………」
「ルイ………」
縋るように伸ばされた手を避け、僕はそれだけを告げた。
拾った手紙を持ったまま踵を返してその場を離れた。
少なくとも、今の僕にその手を取る資格も立場もない。
………何もかも。きっと最初から、僕らは間違えていたんだ。
でもそれに気付いたからって、もうどうしようもない。
僕は死んだ。
そして今、本来交わる筈のない人生を僕は自ら望んで歩いてしまっている。
もうこれ以上、ifはないんだ。
先に進まないといけない。
僕も、ドミニク様も。
返事を書くのは、もう終わりにしよう。
匿名希望さんは、匿名ではなくなった。
僕と彼とのおままごとは、ほんの少しの間に見る夢みたいなモノ。
夢はいつか、覚めてしまう。
覚める切欠が、匿名さんが匿名じゃなくなることだっただけ。
じんわりと、また眦に涙が溜まる。
今日一日、泣いてばかりだ。
少し部屋に戻って落ち着こう。
授業をサボることになるけれど、まぁ、今更だ。
そう、今更。
………アレ?そういえば、今は何時だ?
思えば僕は、時計を見たことがあっただろうか?
以前の僕も、今の僕も。
そう気付いた瞬間、また耳の奥で砂嵐みたいな音が聞こえ始める。
ザーザー、ザーザー
この音は嫌いだ。
この音が聞こえる時は、高確率で嫌なことが起きる。
しかも脳みそが掻き回されてるみたいな、そんな感覚もして上手く歩くことが出来ない。
眩暈がして、足も動かなくて。
でも寮に帰らないといけない気がして、引き摺りながら必死に動かしていく。
くるくる、ぐるぐる。
吐き気する。
でも、帰らなきゃ。
それはどうして?
あの子達が、待ってるから。
誰が?
誰も居ないのに?
僕の頭の中で、僕じゃない人の声が聞こえる。
彼女の声に似ていて不快で、クスクスと嘲笑うような音がすごく耳障りだ。
嗚呼、でも、あの人を今世では見てないな。
どこに行ったんだろう。
でもそもそも、彼女はどんな顔だった?
名前は何だった?
ザザッ、ザーザー
現実が崩れていく。
美しかったことは覚えているけれど、獣人だったか人間だったかもあやふやだ。
兎の獣人だった気がする。
本当に?
喉が渇く。
何かが分かりそうになる度に、砂嵐の音が大きくなる。
『王として生きるならば、自分以外から全てを奪え。』
『奪え。お前は王になる者なのだから、その権利はある。』
何かの【映像】が、浮かんでは消える。
【映像】って何だ?
そう言えば、あの場所に居たのは本当に王だった?
否、王は確かに居た。
だけどもそれは、本当にレオナルド様だった?
『そんな権利なんて、ある訳ないだろうが!!!』
階段を一段上る毎に、疑問が浮かんでは消える。
誰かの声が聞こえる。
護らなきゃいけないと、僕は思ったんだ。
だって、だってきっと僕の所為で二人は―――
誰かが僕を担ぐように持ち上げた。
誰が?
その人はもう一人誰かを担いでいる。
誰を?
『起きるさ!起きて生きていてくれる!幸せな記憶があれば!それさえダウンロード出来れば!』
『作られただけのそれは記憶じゃないし、記録ですらないよ。それに、そんな【嘘】はいずれ矛盾を生み破綻する。』
誰かが泣きながら叫んでいる。
そんな誰かを、何かが必死に止めている。
嗚呼、泣かないで、二人共。
『………それに、パパは嘘が嫌いだよ。お母さんも、嘘はダメだって言ってた。』
そうだよ。
嘘はいけない。
ドミニク様は嘘が嫌いだし、僕は嘘を吐くのは悪いことだと教えたね。
覚えていて、偉いね。
『嘘じゃない、本当のことにすれば、それは嘘じゃなくなる!』
そんなあの子に、あの人は喰って掛るようにそう言った。
歌うように高らかに、慟哭するように。
でも、それは詭弁だよ。
埋めようのない亀裂が出来てしまう。
小さなそれはやがて大きくなり、そうして崩壊するしかなくなる。
今まさに、この瞬間のように。
『二人を幸せにする記憶を作って、辿らせるんだ!そうすれば確かな記憶になる!俺とお前なら出来る!!』
『お父さん………』
『なぁ、ヘクター!頼む、二人にもう一度、笑って欲しいだろう!?二人は幸せになるべきなんだから!』
獅子が吼える。
でもそれは、ただのお人形遊びにしかならないんだよ。
現実にはならない。
だって―――
「レオ………夢はいつか、覚めるんだよ………」
名前を呼んだ瞬間、身体から全ての力が抜ける。
ゆっくりと後ろに倒れる感覚。
以前の僕も味わった感覚で、ボキャブラリーが無いなぁとちょっと笑ってしまった。
エラー、エラー
38
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる