貴方に幸せの花束を

かかし

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前編

うつつだからもどれない

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さて、話を戻そうか。
【彼】と【主人】が結婚したことで、【彼】には怒涛の勢いで不幸が押し寄せて来た。
まずは【主人】の本命だと名乗る【彼女】が現れたことだ。
どこにでも居るような、黒髪短髪で特徴らしい特徴なんてそばかす位しかないような【彼】とは違い兎の獣人の【彼女】は大きな目に小さな顔、思わず触れたくなるようなふっくらとした頬。
何もかもが愛らしく、誰も彼もが当然【主人】は【彼女】を選ぶよなと納得した。

それは、【彼】もそうだった。

黒狼の獣人である【主人】はその逞しい身体にキリっとした太い眉とグレーの瞳。
そしてまるで夜の女神の衣のような美しい光沢のある黒髪。
しっかりと通った鼻筋も相俟って、まさに理想の獣人だったのだから。

そんな【主人】に【彼】は相応しくない。
【彼女】と【主人】に憧れていたある一人のメイドが放った無責任で事実無根な噂は、留まることを知らずに屋敷中に伝播していく。

曰く、金と権力で【主人】と【彼女】を引き裂いた卑怯者
曰く、金遣いがとても悪く屋敷の金も湯水のように使うつもりの泥棒猫
曰く、屋敷の金を幾人も居る愛人に使っている最低な人間

どれもこれもが事実無根だ。
そもそも少し考えれば分かる話だ。
この結婚話は元々王命で進められた話であったし、そもそも【彼】は【主人】も知らぬ不幸が原因で屋敷から一歩も出ていないというのに。

それでも山火事と一緒だ。
一度付けられた火は、一瞬で全て飲み込んでいく。
新婚早々出陣を命じられ、不在となった【主人】を置き去りに。
【主人】の為だと大義名分を持ち出して。

まずは【主人】が【彼】に宛てた手紙を奪い、【彼女】が返信をした。
その内容を見れば誰もが噂は事実無根だと気付けたのに、【彼女】が言葉巧みに誘導して中身を見せなかったので誰も気付けなかった。
【主人】が【彼】に向けた愛の言葉は、【彼女】のモノになった。
【彼】が時折【主人】に宛てた助けを乞う言葉や愛の言葉は、全て【彼女】の新派が握り潰したので【主人】には届かない。
【主人】が何も不自由なく【彼】が暮らせるようにと送った金の殆どは、【彼女】や【彼女】の新派が着服していた。

それを全て【主人】が知ったのは、もうどうしようもなくなった後。
つまり、【彼】が死んだ後。
それも屋敷に居た全員を拷問した後だった。

【■しい■】が、自分の所為で死んだ。
それは【■】を大事にする獣人にとっては、耐え難い事実だった。
せめて、せめて自分が傍に居れば―――
そう思った直後、ふと、気付く。

「あの子の家族は、何をしている?」

【主人】の拷問で、息も絶え絶えな執事長にそう聞いた。
【彼】の家族は【彼】をとても愛していた。
【彼】の兄で自分とは違う部隊に所属している先輩騎士は、【彼】を泣かせたら許さないからと言っていた。
そう言えば、戦場で【彼】の兄を見たか?

「………ご存知、ないの、ですか?」
「何が、だ。」

弱い呼吸を繰り返しながら、執事長は【主人】に問うた。
その瞬間、漸く執事長は気付くのだ。
自分達のしたことの、愚かさを。

「お取潰しになりました………あの方の目の前で、みな、処刑されてます………」
「どうしてだ!」

何故かは執事も分からなかった。
ただ、【主人】が出陣した翌日に、【彼】は兵士達に囚われ連れて行かれた。
だから自分達は、【彼女】の噂は真実なのだと誤解してしまったのだ。
しかし執事はそれは告げなかった。
言い訳にしか、ならなかったのだから。

「………王命、です」

それが執事長の最期の言葉だった。
屋敷中に響く、慟哭にも似た遠吠え。
湧き上がる怒りと衝動のまま、【主人】は屋敷の者達を皆殺しにした。

それでも、怒りの炎は消えることは無かった。
殺してやろうと思った。
【彼】を不幸にした存在は全て。
























愚かだよね。
殺したって、どうしようもないのに。
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