7 / 91
タール村編
クリスの奮闘
しおりを挟む
(はぁ、はぁ、はぁ、どうして、どうしてこんなことに……)
アリアはそう思いながら村に向かって走っていた。
なぜこうなったのか? その原因は数時間前にさかのぼる―――
◆◆◆◆
―――数時間前、山菜狩り、もとい山遊びに来た子供たちはエマやクリス監督のもと、元気に遊んでいた。
「エマお姉ちゃん見て見て、変な形のキノコ!」
「ほんとだ! 変な形のキノコ、どこでみつけたの、ノエル君?」
「うんそこの茂みに生えてた! ねえエマお姉ちゃん、これ食べれる?」
「う~ん。たぶん無理だと思うな……」
「えぇ~なんでなんで? せっかく見つけたのに……」
「うん、たぶんこれを食べるとすっごいお熱が出るけどそれでもいい?」
「そっか~ならしょうがないね、お熱は嫌だもん!」
子供達とそんなやり取りをしながら、しっかりと監督役を果たすエマ。
またあるところでは、
「アリス、アリス~」
「はい、何ですか? クリス君」
「これあげるよ。ハイッ」
そう言ってクリスがにこやかに笑って後ろから出したのはタランチュラのような見た目をしたクモであった。
八本足がうねうねとおぞましく動いている。
それを見たアリスの顔は一気に真っ青になった。
「ひゃっ!? くっクモぉぉ! ちっち近づけないでぇぇぇーー!!」
と叫びながらアリスはみっともなく逃げて行く。
しかしそれで逃がすようでは村一番のいたずらっ子とは言われない。
クリスは当然のようにクモを持ったまましてやったりと言うかのような顔をしながらアリスを追いかける。
「ハハ、まてまてぇ~何で逃げるんだよア・リ・ス~」
「ひぃーー!! それを持ったまま来るなですっ、クリス君ッ!!」
ここだけ見るともはやクリスは立派な変態である。
好きな子にちょっかい出すのも限度がある気がするが唯一それを注意できそうなエマが他の子供たちにかかりっきりだったため、それを注意できる者は残念ながら誰もいなかった……。
とにもかくにも他の子供たちも思い思いの遊びや採集をしているといつの間にか日が落ち始めていたので、エマが皆を連れて村に引き返そうとした時だった。
「ん、あれは……ッ」
遠くの方からガラの悪そうな感じの大人達、ざっと10数人位がアリスやエマ達の方にに向かってくるのが見えた。
この辺では見ない人たちだとエマ達は不思議に思って、少し男達の会話を耳を澄まして聞いてみる。
「おい、こっちの方に近くの村のガキたちがよくガキだけで遊びに来てるってのは本当なのか?」
「ああ、まちがいねーよ。
この間もばれないようにここを見に来てみたがせいぜい来たとしてもちょっと大きいガキが一人いる程度だった」
「ならここでそいつら捕まえたら俺達大手柄じゃねーか。
こりゃ幹部も夢じゃねーな」
「俺達子供専門の盗賊団ハーメルンもなかなかに稼いできてそっちの世界では名も売れてきたからな。
ここで幹部になれれば豪遊できるんじゃねーか?」
「まぁ俺はそんなことよりガキで遊べりゃあ何でもいいがな」
「何だよお前ロリコンかよ、いい趣味してんなぁ~」
「おまえもにたようなもんだろうーが」
「ハハハ、違ぇねぇ」
それを聞いたエマ達は顔を青くする。
しかし男達はもうすぐそこまで来ていたので監督役のエマは急いで判断をする必要があった。
この時のエマ達には知る由もないが、この男達は最近王都で子供を攫ってはそういう趣味の者達に高値でその子たちを売りさばくという悪質な人身売買をしている盗賊団“ハーメルン”の構成員で、王都での犯行を繰り返し過ぎて騒ぎが大きくなってきたためにここの森の中にある洞窟を拠点にして騒ぎのほとぼりが冷めるのを待っていた。
そんな時に、ここにタール村の子が子供だけでよく来ているのを偶然知った一人が手柄を上げるために仲間を連れてやってきたのだった。
「皆、もう逃げても間に合わないからできるだけ音をたてないように急いであそこの草むらに隠れよう!」
とエマは自分達から見て右手の方にある草むらを指さしながら、できるだけ小声で皆に指示するとみんなでそこに隠れる。
一人女の子が転んで逃げ遅れかけたが、何とか間に合った。
そしてその直後、さっきまでエマ達のいた場所にそいつらはやってきた。
「おい、いねぇじゃねーか」
「おっかしーな、確かこの辺だと思ったんだが……」
「欲求不満すぎて幻覚でも見たんじゃねーか? このロリコン」
「おまえにいわれたくねーよ、おっかしーな。今日は来てねーのか?」
聞こえてくる話からどうやらやはり自分達を狙ってきたらしいと確信するエマ。
子供達は全員怯え、叫ぶのを必死に我慢していた。
(お願いこのまま帰って!)
そう心の中で願うエマ。ここにいる全員がエマと同じことを願っていた。
するとエマ達の願いが届いたのか……
「今日は来てねーんじゃねーか?」
「チッ、そうみてーだな。日を改めるか」
「ていうか人数集めるのに時間かかって来たのも遅れちまったしな」
「次はもっと早く来てみるか」
(やった! このまま帰ってくれれば逃げられる。
それでパパとママにこのことを伝えればきっとなんとかしてくれるはず……)
そうエマが喜んだその時だ。
盗賊の内の一人があるものを発見した。いや、してしまった。
「おい、あれ見て見ろよ」
そう言いながら盗賊の内の一人が指さした先には、子供が遊ぶような人形が転がっていた。
それはさっきの女の子が転んだ拍子に落としたものだった。
「ありゃ子供用の人形じゃねーか。 何であんなとこに……そうか、なるほどな」
盗賊は子供が自分たちが来るのに気付いてこの周辺に隠れたのだろうと予想する。
(うぅ~どうしよう、このままじゃ……)
そう思ったエマは周りの子達の怯えて泣きそうになっている顔を見て少し考える。
みんなの表情は絶望に彩られ、男達の足音が一歩、また一歩と近づくごとに震えが止まらなくなっていた。
このままではみんな捕まる。
でも、ここで自分が囮になれば……皆は村まで無事戻れるかもしれない。
そうすれば、例えここで自分が捕まっても、きっと誰かが助けに来てくれる。
―――正直、すごく怖い。
今だって自分だけでも逃げ出したいとすら思ってしまう。
だが、自分はこの中での最年長だ。
なら、自分には責任がある。
他のまだ幼い子供達を村まで無事に送り届ける、その責任がある。
怖いのはみんな同じだ。
であれば、この役目を担うのは最年長の自分しかいない。
なにしろ、もしもここでここに居る全員が捕まってしまえば、それこそ一巻の終わりなのだ。
その先はせいぜいどこかの知らない誰かに好きなように弄ばれて捨てられるのが落ちだろう。
……時間は無い、エマには即座に決断する必要があった。
「……皆、エマが囮になって時間を稼ぐからその間に逃げて?」
エマは……自らが囮となることを選択したのだ。
自分の身を絶望へと追いやることで、僅かな希望を生み出す道を選択したのである。
「何言ってんだよエマ!」
「エマちゃんだけ置いていけないよ!」
しかし、皆はその意見に反対して、なかなか“うん”と言ってくれない。
エマ達がそうしている間にも盗賊達は辺りの捜索をし始める。
タイムリミットはすぐそこまで迫っていた。
「ごめんね。もう時間が無いみたいなんだ。クリス君、皆のことよろしくね?」
それが、最後。
エマはそれだけ言うと、盗賊達のもとに飛び出して行ってしまった。
「お! いるじゃねーかガキ」
「なかなか可愛いな、こりゃ高く売れるぜ」
「でも一人だけか?」
「まあ収穫が有るだけましだろ」
「とりあえず縛って連れてくか」
「いや、なんなの!? あなた達誰!? 放してよ!!」
見つかって尚、あたかもここに居たのは自分一人で、偶々見つかってしまったかのような演技をするエマの声が残されたクリス達の耳に届く。
クリスは絶対に助けを呼んで戻ってこようと決意し、エマが盗賊達の注意を引いているこの間にそこから距離を取り、村へと急ぐ。
だが、直後、クリスの前を急いで移動していた子の足元からボキッという音が響いた。
「ん、なんだ今の……おい! あれ村のガキどもじゃねーか?」
「さてはコイツ囮になって逃がそうとしてやがったな!」
「よし、今日は大量だ。全員村に帰る前に捕まえるぞ。誰一人逃がすなよ」
「へっへっへ、今日はお楽しみだな」
「相変わらずの変態だな……おまえ、ま、俺もだけど!」
エマが犠牲になった。
その事実が子供達を焦らせ、皮肉にもそれが災いしたらしい。
焦った子が一人木の枝を踏み折り、その音で盗賊達に気付かれてしまった。
「チッ見つかっちまった! 皆、村まで走れッ!!」
そんなクリスの言葉で子供達は一斉に村に向かって走り出す。
幸い、エマのおかげで距離を稼げているのですぐには捕まらなかったものの、相手は大人だ。
身体能力の差は埋められず、一人、また一人と逃げるのについていけなかった小さい子達から次々と捕まっていってしまう。
そして気づくといつの間にか残っていたのはエマを除くと最年長のクリスとアリスの二人だけ……。
しかし、二人が追い付かれ、捕まってしまうのも時間の問題だった。
「はぁ、はぁ、どっどうするですか、クリス君、おいつかれちゃうです」
そうクリスに走りながら声をかけるアリス。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
(クソッ、みんな捕まっちまった。
俺はエマに皆を託されたのに誰も守れなかった……。
せめて…せめてアリスだけは……)
しかし、ここで自分がエマのように囮に残ると言ってもアリスは絶対に反対するだろう。
そうしている間にも俺らは追いつかれちまうかもしれないと考え、クリスはアリスの反対が少ないような作戦を考える。
――――――そして一つの案を思いついた。
しかしその案では追っ手を減らすことはできても完全に無くすことはできそうになかったが故に、他の案を考えようとする。
だが、それ以上考えていれば二人とも捕まってしまいそうだった。
既に時間は無い。結局、クリスは考えた末に最初の案に賭けることにした。
「アリス、二手に分かれよう。
そうすればどちらかは逃げ切れるかもしれない」
「やだよクリス君、怖いのですよぉ……」
「だがこのまま二人共捕まったら誰も助けを呼べなくなる。
そうなったら本当の終わりなんだ。頼むアリス、わかってくれ」
「……絶対です。絶対二人とも村にたどり着くのですよ? 約束なのですよ?」
「……ああ、もちろん。……約束だ」
そして二人は道を二手に別れた。走り去っていくアリス。
―――しかしクリスはアリスが見えなくなったのを確認すると意を決したかのように立ち止まった。
そしてアリスが行ったであろう方向を一瞥すると、苦笑しながら言う。
「ごめんなアリス。ちょっと約束は守れそうにないや……あとは、頼んだよ」
そう謝るように告げると、クリスは来た道を戻り、途中に落ちていた長めの木の棒を武器代わりに持つと、二手に別れた内のどちらを追うか迷っていた盗賊の男にたった一人で立ち向かって行った。
アリアはそう思いながら村に向かって走っていた。
なぜこうなったのか? その原因は数時間前にさかのぼる―――
◆◆◆◆
―――数時間前、山菜狩り、もとい山遊びに来た子供たちはエマやクリス監督のもと、元気に遊んでいた。
「エマお姉ちゃん見て見て、変な形のキノコ!」
「ほんとだ! 変な形のキノコ、どこでみつけたの、ノエル君?」
「うんそこの茂みに生えてた! ねえエマお姉ちゃん、これ食べれる?」
「う~ん。たぶん無理だと思うな……」
「えぇ~なんでなんで? せっかく見つけたのに……」
「うん、たぶんこれを食べるとすっごいお熱が出るけどそれでもいい?」
「そっか~ならしょうがないね、お熱は嫌だもん!」
子供達とそんなやり取りをしながら、しっかりと監督役を果たすエマ。
またあるところでは、
「アリス、アリス~」
「はい、何ですか? クリス君」
「これあげるよ。ハイッ」
そう言ってクリスがにこやかに笑って後ろから出したのはタランチュラのような見た目をしたクモであった。
八本足がうねうねとおぞましく動いている。
それを見たアリスの顔は一気に真っ青になった。
「ひゃっ!? くっクモぉぉ! ちっち近づけないでぇぇぇーー!!」
と叫びながらアリスはみっともなく逃げて行く。
しかしそれで逃がすようでは村一番のいたずらっ子とは言われない。
クリスは当然のようにクモを持ったまましてやったりと言うかのような顔をしながらアリスを追いかける。
「ハハ、まてまてぇ~何で逃げるんだよア・リ・ス~」
「ひぃーー!! それを持ったまま来るなですっ、クリス君ッ!!」
ここだけ見るともはやクリスは立派な変態である。
好きな子にちょっかい出すのも限度がある気がするが唯一それを注意できそうなエマが他の子供たちにかかりっきりだったため、それを注意できる者は残念ながら誰もいなかった……。
とにもかくにも他の子供たちも思い思いの遊びや採集をしているといつの間にか日が落ち始めていたので、エマが皆を連れて村に引き返そうとした時だった。
「ん、あれは……ッ」
遠くの方からガラの悪そうな感じの大人達、ざっと10数人位がアリスやエマ達の方にに向かってくるのが見えた。
この辺では見ない人たちだとエマ達は不思議に思って、少し男達の会話を耳を澄まして聞いてみる。
「おい、こっちの方に近くの村のガキたちがよくガキだけで遊びに来てるってのは本当なのか?」
「ああ、まちがいねーよ。
この間もばれないようにここを見に来てみたがせいぜい来たとしてもちょっと大きいガキが一人いる程度だった」
「ならここでそいつら捕まえたら俺達大手柄じゃねーか。
こりゃ幹部も夢じゃねーな」
「俺達子供専門の盗賊団ハーメルンもなかなかに稼いできてそっちの世界では名も売れてきたからな。
ここで幹部になれれば豪遊できるんじゃねーか?」
「まぁ俺はそんなことよりガキで遊べりゃあ何でもいいがな」
「何だよお前ロリコンかよ、いい趣味してんなぁ~」
「おまえもにたようなもんだろうーが」
「ハハハ、違ぇねぇ」
それを聞いたエマ達は顔を青くする。
しかし男達はもうすぐそこまで来ていたので監督役のエマは急いで判断をする必要があった。
この時のエマ達には知る由もないが、この男達は最近王都で子供を攫ってはそういう趣味の者達に高値でその子たちを売りさばくという悪質な人身売買をしている盗賊団“ハーメルン”の構成員で、王都での犯行を繰り返し過ぎて騒ぎが大きくなってきたためにここの森の中にある洞窟を拠点にして騒ぎのほとぼりが冷めるのを待っていた。
そんな時に、ここにタール村の子が子供だけでよく来ているのを偶然知った一人が手柄を上げるために仲間を連れてやってきたのだった。
「皆、もう逃げても間に合わないからできるだけ音をたてないように急いであそこの草むらに隠れよう!」
とエマは自分達から見て右手の方にある草むらを指さしながら、できるだけ小声で皆に指示するとみんなでそこに隠れる。
一人女の子が転んで逃げ遅れかけたが、何とか間に合った。
そしてその直後、さっきまでエマ達のいた場所にそいつらはやってきた。
「おい、いねぇじゃねーか」
「おっかしーな、確かこの辺だと思ったんだが……」
「欲求不満すぎて幻覚でも見たんじゃねーか? このロリコン」
「おまえにいわれたくねーよ、おっかしーな。今日は来てねーのか?」
聞こえてくる話からどうやらやはり自分達を狙ってきたらしいと確信するエマ。
子供達は全員怯え、叫ぶのを必死に我慢していた。
(お願いこのまま帰って!)
そう心の中で願うエマ。ここにいる全員がエマと同じことを願っていた。
するとエマ達の願いが届いたのか……
「今日は来てねーんじゃねーか?」
「チッ、そうみてーだな。日を改めるか」
「ていうか人数集めるのに時間かかって来たのも遅れちまったしな」
「次はもっと早く来てみるか」
(やった! このまま帰ってくれれば逃げられる。
それでパパとママにこのことを伝えればきっとなんとかしてくれるはず……)
そうエマが喜んだその時だ。
盗賊の内の一人があるものを発見した。いや、してしまった。
「おい、あれ見て見ろよ」
そう言いながら盗賊の内の一人が指さした先には、子供が遊ぶような人形が転がっていた。
それはさっきの女の子が転んだ拍子に落としたものだった。
「ありゃ子供用の人形じゃねーか。 何であんなとこに……そうか、なるほどな」
盗賊は子供が自分たちが来るのに気付いてこの周辺に隠れたのだろうと予想する。
(うぅ~どうしよう、このままじゃ……)
そう思ったエマは周りの子達の怯えて泣きそうになっている顔を見て少し考える。
みんなの表情は絶望に彩られ、男達の足音が一歩、また一歩と近づくごとに震えが止まらなくなっていた。
このままではみんな捕まる。
でも、ここで自分が囮になれば……皆は村まで無事戻れるかもしれない。
そうすれば、例えここで自分が捕まっても、きっと誰かが助けに来てくれる。
―――正直、すごく怖い。
今だって自分だけでも逃げ出したいとすら思ってしまう。
だが、自分はこの中での最年長だ。
なら、自分には責任がある。
他のまだ幼い子供達を村まで無事に送り届ける、その責任がある。
怖いのはみんな同じだ。
であれば、この役目を担うのは最年長の自分しかいない。
なにしろ、もしもここでここに居る全員が捕まってしまえば、それこそ一巻の終わりなのだ。
その先はせいぜいどこかの知らない誰かに好きなように弄ばれて捨てられるのが落ちだろう。
……時間は無い、エマには即座に決断する必要があった。
「……皆、エマが囮になって時間を稼ぐからその間に逃げて?」
エマは……自らが囮となることを選択したのだ。
自分の身を絶望へと追いやることで、僅かな希望を生み出す道を選択したのである。
「何言ってんだよエマ!」
「エマちゃんだけ置いていけないよ!」
しかし、皆はその意見に反対して、なかなか“うん”と言ってくれない。
エマ達がそうしている間にも盗賊達は辺りの捜索をし始める。
タイムリミットはすぐそこまで迫っていた。
「ごめんね。もう時間が無いみたいなんだ。クリス君、皆のことよろしくね?」
それが、最後。
エマはそれだけ言うと、盗賊達のもとに飛び出して行ってしまった。
「お! いるじゃねーかガキ」
「なかなか可愛いな、こりゃ高く売れるぜ」
「でも一人だけか?」
「まあ収穫が有るだけましだろ」
「とりあえず縛って連れてくか」
「いや、なんなの!? あなた達誰!? 放してよ!!」
見つかって尚、あたかもここに居たのは自分一人で、偶々見つかってしまったかのような演技をするエマの声が残されたクリス達の耳に届く。
クリスは絶対に助けを呼んで戻ってこようと決意し、エマが盗賊達の注意を引いているこの間にそこから距離を取り、村へと急ぐ。
だが、直後、クリスの前を急いで移動していた子の足元からボキッという音が響いた。
「ん、なんだ今の……おい! あれ村のガキどもじゃねーか?」
「さてはコイツ囮になって逃がそうとしてやがったな!」
「よし、今日は大量だ。全員村に帰る前に捕まえるぞ。誰一人逃がすなよ」
「へっへっへ、今日はお楽しみだな」
「相変わらずの変態だな……おまえ、ま、俺もだけど!」
エマが犠牲になった。
その事実が子供達を焦らせ、皮肉にもそれが災いしたらしい。
焦った子が一人木の枝を踏み折り、その音で盗賊達に気付かれてしまった。
「チッ見つかっちまった! 皆、村まで走れッ!!」
そんなクリスの言葉で子供達は一斉に村に向かって走り出す。
幸い、エマのおかげで距離を稼げているのですぐには捕まらなかったものの、相手は大人だ。
身体能力の差は埋められず、一人、また一人と逃げるのについていけなかった小さい子達から次々と捕まっていってしまう。
そして気づくといつの間にか残っていたのはエマを除くと最年長のクリスとアリスの二人だけ……。
しかし、二人が追い付かれ、捕まってしまうのも時間の問題だった。
「はぁ、はぁ、どっどうするですか、クリス君、おいつかれちゃうです」
そうクリスに走りながら声をかけるアリス。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
(クソッ、みんな捕まっちまった。
俺はエマに皆を託されたのに誰も守れなかった……。
せめて…せめてアリスだけは……)
しかし、ここで自分がエマのように囮に残ると言ってもアリスは絶対に反対するだろう。
そうしている間にも俺らは追いつかれちまうかもしれないと考え、クリスはアリスの反対が少ないような作戦を考える。
――――――そして一つの案を思いついた。
しかしその案では追っ手を減らすことはできても完全に無くすことはできそうになかったが故に、他の案を考えようとする。
だが、それ以上考えていれば二人とも捕まってしまいそうだった。
既に時間は無い。結局、クリスは考えた末に最初の案に賭けることにした。
「アリス、二手に分かれよう。
そうすればどちらかは逃げ切れるかもしれない」
「やだよクリス君、怖いのですよぉ……」
「だがこのまま二人共捕まったら誰も助けを呼べなくなる。
そうなったら本当の終わりなんだ。頼むアリス、わかってくれ」
「……絶対です。絶対二人とも村にたどり着くのですよ? 約束なのですよ?」
「……ああ、もちろん。……約束だ」
そして二人は道を二手に別れた。走り去っていくアリス。
―――しかしクリスはアリスが見えなくなったのを確認すると意を決したかのように立ち止まった。
そしてアリスが行ったであろう方向を一瞥すると、苦笑しながら言う。
「ごめんなアリス。ちょっと約束は守れそうにないや……あとは、頼んだよ」
そう謝るように告げると、クリスは来た道を戻り、途中に落ちていた長めの木の棒を武器代わりに持つと、二手に別れた内のどちらを追うか迷っていた盗賊の男にたった一人で立ち向かって行った。
0
お気に入りに追加
605
あなたにおすすめの小説
異世界転移したロボ娘が、バッテリーが尽きるまでの一ヶ月で世界を救っちゃう物語
京衛武百十
ファンタジー
<メイトギア>と呼ばれる人型ホームヘルパーロボット<タリアP55SI>は、旧式化したことでオーナーが最新の後継機に買い換えたため、データのすべてを新しい機体に引継ぎ、役目を終え、再資源化を迎えるだけになっていた。
なのに、彼女が次に起動した時にいたのは、まったく記憶にない中世ヨーロッパを思わせる世界だった。
要人警護にも使われるタリアP55SIは、その世界において、ありとあらゆるものを凌駕するスーパーパワーの持ち主。<魔法>と呼ばれる超常の力さえ、それが発動する前に動けて、生物には非常に強力な影響を与えるスタンすらロボットであるがゆえに効果がなく、彼女の前にはただ面倒臭いだけの大道芸に過ぎなかった。
<ロボット>というものを知らないその世界の人々は彼女を<救世主>を崇め、自分達を脅かす<魔物の王>の討伐を願うのであった。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
かの世界この世界
武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
人生のミス、ちょっとしたミスや、とんでもないミス、でも、人類全体、あるいは、地球的規模で見ると、どうでもいい些細な事。それを修正しようとすると異世界にぶっ飛んで、宇宙的規模で世界をひっくり返すことになるかもしれない。
チート狩り
京谷 榊
ファンタジー
世界、宇宙そのほとんどが解明されていないこの世の中で。魔術、魔法、特殊能力、人外種族、異世界その全てが詰まった広大な宇宙に、ある信念を持った謎だらけの主人公が仲間を連れて行き着く先とは…。
それは、この宇宙にある全ての謎が解き明かされるアドベンチャー物語。
特典付きの錬金術師は異世界で無双したい。
TEFt
ファンタジー
しがないボッチの高校生の元に届いた謎のメール。それは訳のわからないアンケートであった。内容は記載されている職業を選ぶこと。思いつきでついついクリックしてしまった彼に訪れたのは死。そこから、彼のSecond life が今始まる___。
【完結】ねこの国のサム
榊咲
ファンタジー
ねこのくにに住んでいるサムはお母さんと兄妹と一緒に暮らしています。サムと兄妹のブチ、ニセイ、チビの何げない日常。
初めての投稿です。ゆるゆるな設定です。
2021.5.19 登場人物を追加しました。
2021.5.26 登場人物を変更しました。
2021.5.31 まだ色々エピソードを入れたいので短編から長編に変更しました。
第14回ファンタジー大賞エントリーしました。
呪われ姫の絶唱
朝露ココア
ファンタジー
――呪われ姫には近づくな。
伯爵令嬢のエレオノーラは、他人を恐怖させてしまう呪いを持っている。
『呪われ姫』と呼ばれて恐れられる彼女は、屋敷の離れでひっそりと人目につかないように暮らしていた。
ある日、エレオノーラのもとに一人の客人が訪れる。
なぜか呪いが効かない公爵令息と出会い、エレオノーラは呪いを抑える方法を発見。
そして彼に導かれ、屋敷の外へ飛び出す。
自らの呪いを解明するため、エレオノーラは貴族が通う学園へと入学するのだった。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる