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幕間~王都騒乱~
王都にて
しおりを挟む話は溯り、彰がアドラメレクと交戦するよりも少し前。
その頃、王都では魔人の出現に怯えた王の取った方針により、門を閉ざし、外部の者の一切を受け入れない立てこもりの方策が行なわれていた。
しかし、そうした行動は安全圏に居るという安心感を与えるのと引き換えに、民衆の不安をかえって増大させる結果となり、城下では動揺、困惑、不安、疑念が渦を巻き、重苦しい雰囲気に包まれていた。
されど、本来そうした民衆達の心を支えなければならないはずの王は自らの部屋に引きこもり、顔すら出さない始末。
今まさに王都は未曽有の危機の中にあった。
王の為に用意されし個室。
その豪華に装飾された一室の中には守衛や、使用人の気配はない。
人気の無く、煌びやかに施された装飾だけが空しく輝く部屋の中で、ただ一人。
王都を統べる王、アルバート=エドワードは布団の上で蹲り、震えていた。
「ああ、ああ、魔人……魔人だと……無理だ。無理だ。無理だ。そんな化物に襲われれば、われ等ひとたまりも無いではないか……いったい、我はどうすればよいのだ……」
悲痛に満ちた声を漏らす王。
保身を第一とする彼には最早民衆の事など頭には無い。
どうすれば自分が事なきを得られるか、それだけが彼の頭を埋め尽くしていた。
誰も答える事の出来ないはずの問い。
しかし、その問いに答える声が一つ。
「陛下、安心なされよ。あなたはこの王都に閉じこもっているだけでいい。それだけで、統べては上手くいくのです」
声の主は人気のなかった部屋の中からどこからともなく現れた男のものだ。
黒を基調とした軍服のような服に身を包み、どことなく不気味な雰囲気を持つこの男の名はモーリス、王都の政治において、宰相を務める男だ。
彼は王妃エイダ=エドワードが無くなり、王が不安定になった時期に現れた男で、それ以来、ずっと宰相として王に助言を加えてきた男である。
それ故に、王自身も、何かあればこのモーリスを頼るようになっていた。
「おお、モーリスよ。しかし、このままでは魔人がここまでやってきてしまう。そうなる前に、王都から勇者達を派遣して、魔人の対処をするべきなのではないのか……?」
「いいえ陛下。ここで主戦力をこの王都から離れさせてしまうのは得策ではないでしょう。
もしも魔人が彼らを欺く移動手段を保持していた場合、防衛策を持たない王都は一方的にやられるだけになってしまいます。そうならないためにも、今は王都に戦力を集め、防衛手段を確固たるものとしたうえで、魔人を待ち受ける姿勢が必要なのです。いくら魔人といえども、十全に準備を為された戦場で勇者を相手にすれば、ひとたまりもないでしょう」
「おお、そうか、そうか! だが、モーリスよ。それでも私は心配なのだ。もしも、防衛線が突破されたら、もしも勇者が敗北したら……そうして考えれば考えるほど、私は不安で堪らなくなってしまうのだ……」
「それはそれはおいたわしいことです。でしたら、こちらの薬をお飲み下さい、陛下」
「これは……?」
モーリスが差し出したのは、豆粒ほどの黒い塊だった。
一見すると何なのかは分からない代物をモーリスは薬だと、そう言って王へと差し出す。
これにはさすがに王も疑念を持ったのか、モーリスに質問を返したが、それに対し、モーリスは逡巡もなく応えた。
「陛下、これは飲むだけで不安の和らぐ妙薬でございます。こちらをお飲みいただければ、陛下の不安もたちまち取り除かれることでしょう」
「おお、そうか、そうか! ではありがたくもらうとしよう」
王はその簡単な説明に、疑問を抱くこともなく、薬を“ごくん”と一飲みにする。
すると、本当に不安が無くなったのか、王は機嫌の良い顔でモーリスへと答えた。
「おお、おおッ!! これはッ!! これは素晴らしい!! 胸に蹲っていた不安が跡形もなく消え去ったぞッ!! がはははははははッ!! 褒めてつかわすぞモーリスよッ!!」
「……ええ、ええ、そうでしょうとも―――ありがたきお言葉です、陛下」
ご機嫌といった様子で、はしゃぐ王に対し、慇懃に応えるモーリス。
しかし、その口元は目論見通りとでも言うかの如く、愉悦に歪んでいた。
◆◆◆◆
「どうして俺はこんな場所でのんきに茶など飲んでいるんだ……?」
「……? どうか為されたのですか勇者様?」
「いや、お前には俺の気持ちがわかっているだろうが」
「ふふ、そこだけ聞くとなんだか恋人同士のようですね、勇者様?」
「……うるさい。ふざけたことをぬかすな」
「ふふ、まったく勇者様は素直じゃないですね」
俺の眼の前ではナタリーが何がそんなに楽しいのかにこやかにほほ笑んでいる。
王都が魔人の出現により混乱の最中にあるこの状況で、勇者である俺は何故かこの能天気姫のお茶に付き合わされていた。
とはいえ、確かに俺に今できる事はないのも事実だ。
俺は魔人出現の報と同時に、魔人を討つために出現場所へと向かおうとしたのだが、それを王に止められてしまったのだ。
なんでも、魔人はこの王都まで引きつけて、総戦力で一網打尽にするという事らしい。
流石の俺も、召喚者であり、今の俺の居場所を保証してもらっている王に無闇に反抗するわけにはいかない。
ということで、魔人がやってくるまで、途方に暮れていたところ、俺の元へナタリーの使いがやってきて、今に至る。
そういうわけで、俺は今、ナタリーの部屋で二人でお茶を飲んで、暇を持て余しているというわけだ。
「俺はこんなところでこんな呑気にしていて本当に大丈夫なのか?」
俺は手にしたカップの紅茶を口に含みながら頭に浮かんだ疑問を口にする。
あっ、この紅茶旨いな。
さらりとした甘みと程よい渋みが口の中で溶け合っていい感じの旨みにを出してる。
俺が思いがけない紅茶の美味しさに感動していると、ナタリーから先の質問の答えが返ってきた。
「大丈夫も何も、お父様からは王都を出ずに敵を待てと言われてしまったのでしょう?」
「いや、まぁ、それはそうだが……」
「だがも何もないのです! それが全て、今は楽しくお茶でもして、時を待ちましょう。ほらほら勇者様、カップが空ですよ、お代わり入ります?」
「ぇ? ……ああ、頼む」
「はい、喜んで」
そう元気良く答えると、まるで見えているかのように紅茶の入ったティーポットを手に取ると、空になった俺のカップに中身を注ぐ。
そのまま、ちょうどいいくらいの量を注ぐと、丁寧にティーポットを机の上に置いた。
「ナタリー、お前は本当に目が見えていないのか?」
「はい、見えていませんよ。突然どうなされたのですか、勇者様?」
「いや、それにしてはまるで見えてるみたいな動きをするよな、と思ってな」
今の動きはとても目に障害を抱えるもののそれには見えなかった。
普通なら机の上のティーポットを手に取るだけでも苦労するはずだ。
しかし、俺のその疑問をナタリーは笑って受け流した。
「ふふ、勇者様は私によくその質問をなさいますよね。
私は目が見えなくなったからか、その影響として他の感覚が通常よりもかなり鋭敏になっています。
風の流れ、音の強弱、そして臭い。それらの異なる感覚が私に周囲の状況を伝えてくれます。
だから、」
ナタリーはそこで言葉を切ると、突然身を乗り出して顔を近づけてくると、俺の頬に右手を優しく添えてきた。
「こんな風にあなたに触れることもできるのですよ?」
正直、少し、いや、かなり鼓動が高鳴った。
ナタリーは控えめに言ってもかなりの美少女だ。
その彼女の顔が今目と鼻の先にある。
いや、彼女の言いたいことはわかる。
目も見えないものが他者にここまで優しく触れることは不可能ではないが、難しい事だろう。
それをあっさりとやってのけるあたりからも、彼女の能力を知ることは出来る。
だが、とは言っても、わざわざこんな方法で伝える必要はないと思うのだ。
これはちょっと……心臓に悪い。
「わかった。もういい。疑った俺が悪かったから、少し離れてくれ……」
「あらあら、勇者様、私はもう少しこのままでもいいのですよ?」
「ナタリーっ、おまえまた心を読んだな? くそっわかってるなら離れてくれ」
「読んだのではなく聞こえてしまうのですよ。ふふ、仕方がありませんね、まったく勇者様は見かけによらず初心な方なのですから」
ナタリーはくすくすと笑顔を浮かべながら、元の席に戻る。
それに連動して俺の鼓動も落ち着きを取り戻した。
まったく、油断も隙もあったもんじゃないな……。
俺は心なしか疲れを覚えながら再び紅茶に口をつけようとして、
―――異変に気付いた。
状況が状況なために、重くるしい雰囲気に包まれ、静けさが漂っていたはずの場内が何やら騒がしい。
城下で何かあったか? いや、それとも、もう魔人が……?
「勇者様……」
「ナタリーも気づいたか、何やら外が騒がしい。城下で何かあったか……?」
俺はそう思い至ると立ちあがり、部屋の窓の方へと近づく。
窓からは城下の光景が見下ろせる。
少し遠目からではあるが勇者の装備を身につけてからは俺の身体能力は全体的に上昇している。そして、それは視力も例外ではない。
多少距離があるとはいえ、この距離からでも十分に様子の確認はできるだろう。
俺はそのまま窓に近づくと、窓を開け、城下を見下ろす。
城下では何やら人々が慌ただしく駆けまわっていた。
この時点で何かが起こっているのは明白だ。
となれば、原因は直近の情報と照らし合わせれば魔人という線が妥当だろう。
だが、それにしては少し早い気もするが……?
そして、そのことを俺が疑問に思った直後、
「―――なッ!?」
「勇者様、これは……」
複数の爆音が轟く。
直後、瞬く間に城下のあちこちから火の手が上がり、混乱の渦に包まれてしまった。
「……なんだ、いったい何が起こっているっていうんだ……?」
俺はその場で動揺するナタリーを背に、事態の把握努めるべく、城下の様子を見続けていた。
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