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魔人襲来編
彰vs魔人
しおりを挟む「お前ら、俺の家族に何してやがる? 覚悟はできているんだろうな?」
彰はエマを地面に下ろし、危なくないよう後ろに下がって隠れているように言うと、アドラメレクへと冷徹に告げる。だが、言葉の冷たさとは裏腹に体内にはアドラメレクに対する激しい激情が渦巻いていた。
奴らはやってはならないことをした。自身の大切とする者を傷つけ、蹂躙し、あまつさえ貶めようとすらした。
許さない、否、許すわけにはいかない。だが、その為にはただこの激情を発散するだけではだめだ。
今にも暴発してしまいそうなこの激情、この全てを収束し、奴に、アドラメレクに、余すことなく向けなくてはならない。
故に彰は必死に今にも怒り狂って暴れてしまいそうな自身の心をコントロールし、それをアドラメレクの絶殺にのみ向けるよう集中する。
それは彼の今までの偽りの殺意とは違う。
これは明確な殺意、本気で対象を撃滅し、滅殺し、葬り去ろうという、真なる殺意だ。
アドラメレクは彰の逆鱗に触れた。そして、それこそが、今まで誰かを害することはした。魔物などの生き物を殺すことはした。本気と言ってもいいほど怒ったこともある。されど、本気で、人を殺す気でその手で誰かの命を奪ったことはなかった彰を初めて躊躇なく殺意を抱かせるほど本気にさせてしまったのだ。
彰は再び告げる。
その言葉に、明確な殺意をこめて、冷徹なる激情をこめて。
「―――――もう一度言うぞ? 覚悟はできてんのかって聞いてんだよ」
「覚悟、だと……?」
「ああ、いいか、これから俺はお前をぶっ潰す、手加減はしない、容赦もしない。俺は唯お前らを殺るだけだ。お前らにその覚悟はできているのかと、そう聞いてるんだよ」
「な、んだと……」
困惑するアドラメレク。当然だ。彼はこれまで、人間に対し、ずっと支配者の立場だった。下等で、下賤で、非力で、自分達魔族に遥かに劣る人類はずっと自身の玩具でしかなく、弄ぶのみの存在だと、そう思い続け、そして事実、そうあり続けてきたのだ。
故に、これは彼にとってはありえないはずの事態。確かに、今までも刃向かってくる者はいた。しかし、彼らの内の多くは初めから負ける気で掛かってくるものばかりであったし、先の二人にしても自身たちの方が実力は下であると、そう理解していながら、それでも無謀な戦いを挑むような、そんな者達だったのだ。
だが、彰は違う。彰は負ける可能性。自身の実力への劣等感。無謀な戦いを挑む覚悟。その一切を持っていない。今、彰は圧倒的な怒りで、アドラメレク達をいかに叩き潰すかのみを考えており、それはその視線の内に、殺気の中にありありとこめられている。
今、アドラメレクが感じているのは、殺気を伴った怒り。それは時間を稼ぐためでもない、逃げるためでもない、ましてや自棄になったわけでもない。ただ純粋に、アドラメレクを害することが自分にはできると、そう確信した上での本物の殺意。
(ありえない、この我が、奴の殺気に気圧されているなどッ! あり得るはずがない……ッ)
アドラメレクは浮かぶ思いを必死に叩き潰し、自分に暗示をかけるように、高笑いを伴って告げる。
「……フ、フハハ、フハハハハッ!! 手加減だと? ぶっ潰すだと? 下等な人類である貴様が?
―――分をわきまえろ人間。貴様ら人類は所詮、我らの#玩具__おもちゃ__#にすぎん。我らの退屈を少しでも紛らわせるための、そんな遊び道具にすぎんのだ。そんな分際で、この我を害するだと? 不愉快だ、実に不愉快だ。久方ぶりに面白い奴が現れたかと思ったが、興が覚めたな。もういい、目障りだ。―――消えろ」
アドラメレクが“消えろ”と、そう告げた瞬間。その場にいた数千を超える死の軍勢が彰へと群がっていく。
それは本来であれば死を運ぶ使者。対象者の思いも、決意も、覚悟も、その全てを踏みにじり、蹂躙し、確定された死という未来を与えるだけ。
「アキラッ!!」
「アキラ君ッ!!」
「アキラお兄ちゃんッ!!」
マリナ、エリック、エマの悲痛な叫びが暗い森に響き渡る。
三人の脳裏に自分達のためにここまで駆けつけてくれた彰が魔物によって無残に食い散らかされる、そんな光景がよぎる。
そんな光景は見たくないと、三人は思わずその目を瞑りそうになり、しかし、そうしようとした直前―――――紫色の、雷光を見た。
―――――紫電が爆ぜた。
それは彰が≪瞬間雷化≫を使ったが故の残滓。
いくら彰といえど、ここまでの移動に使った消耗は激しい。故に彼は既に≪雷化≫を解いている。
そしてそれ故に、彰は極力消耗の少ない付与術の併用による戦闘を余儀なくされていた。
しかし、それでも、今の彰にとって、この程度の障害は障害にすらなりえなかった。
雷光はあくまで彰の≪瞬間雷化≫の残滓にすぎない。
故に、それが周囲の目に届く時には既に、彼は最も近くにいた魔物の懐へと潜り込んでいる。
(特性付与―――≪怪力化≫)
瞬間、彰は付与を切り替える。
付与したのは≪怪力化≫。対象者の膂力を底上げする付与術。
「はぁぁぁぁ―――――ッ!!」
蹴りぬく。強化された膂力。その怪力を全力で使った右足による回し蹴りを魔物へと叩きこむ。
その一撃をまともに受けた魔物、ジャイアントオークはその巨体をくの字に曲げて、その周囲ににいた魔物を巻き込みながら吹き飛んでいく。
しかし、彼のその尋常ではない力で繰り出された蹴りは彼の目前の一体を葬るに留まらない。
彰はそのまま蹴り足を振りぬくと、そのまま彼の回し蹴りの射程圏内まで入り込んでいた魔物数匹を一度に蹴り飛ばす。
それは正に破壊の一撃。
その蹴りを受けたジャイアントオークは最初の個体と同じように周囲を巻き込みながら吹き飛び、ワーウルフはその体躯を上下に両断され、ビックボアはその身を爆散させられた。
常識を遥かに外れた唯の回し蹴り。
このような結果を作り出した技が、魔法でも、特別な技術でもなく、唯の回し蹴りという事実、そして、そんな取るに足らないはずの技が生み出した惨状を前にしながらもしかし、魔物は怯まず、数に任せて向かって行く。
直後、技を出したその後の隙を狙い、ブラックタイガーがその鋭利な爪牙を持って彰を切り裂きにかかる。だが、
「―――遅い」
「ッ!? まずい、アキラ君ッ! 飛んではいけないッ!!」
彰はそれを上空に飛び上がることで軽々と躱す。しかし、エリックの声の通り、それこそがブラックタイガーの狙い。
ブラックタイガーは自分も続くように飛び上がり、空中で身動きの取れない彰を今度こそは殺しにかかり、同時に周囲の魔物も彰の落下地点へと即座に密集し、逃げ場を無くす。
「アキラお兄ちゃんッ!!」
空中と地面、その両方を抑えられた彰はしかし、微塵も焦ってはいなかった。
彰は冷静にブラックタイガーの攻撃の線を分析する。
狙いは腹部、あらゆる手段で回避を行うであろう相手に対し、最も回避の難しい正中線の中心近く。
なるほど、確かに回避は難しい。しかし、対応できないことはないッ!!
(特性付与―――≪硬質化≫)
直後、ブラックタイガーの爪撃が彰の腹部を襲う。しかし、その攻撃はありえないはずの拮抗と金属音の後に火花を散らしながら弾かれ、逸らされる。
≪硬質化≫、それは対象部位を鋼のごとく硬化させる術、腹部対獣爪、そんな異常な拮抗は両者の引き分けによってその邂逅を終える。
だが、魔物の攻撃は終わっていない。確かに空中の脅威は交わした。しかし、まだ地に待ち構えた魔物が彰を仕留めんと待ち構えている。
それでも、彰にとっては物の数ではない。待ち構えられているのであれば、迎え撃てばいいだけのこと。
(特性付与―――≪重量化≫)
流れるように術を切り替える。続いて心中で唱えた術は≪重量化≫。
その重量を大きくかさ増しさせるだけの術。しかし、この術が空中にて使用された場合、対象は一瞬にして超重量の脅威と化すッ!!
『グギャッ!?』
「食らいやがれぇッ!!」
彰は中空から超重量による落下の加速を利用し、かかと落としを繰り出す。直後、着弾。
叩きつけるように振り下ろされた彰の一撃はその下にいた数十の魔物を一瞬にして肉塊へと変貌させながら、地面に蜘蛛の巣状の破砕後を残す。
「うそ……なんて出鱈目よ……」
「アキラ君……強いとは思っていたが、まさかここまでとは……いや、これならば、あるいは……」
初めて自分の目で見る彰の実力に対し、驚きを隠すことができないマリナとエリック。
だが、同時に、二人の眼の中に希望の光が再び芽生え始める。
それもそのはずだ。あれほど強大な脅威として存在していたはずの数千の魔物の軍勢。それがまるで赤子の手を捻るかのごとく軽々と蹂躙されていく。
今や立場は逆転し、圧倒的な数的優位にあるはずの魔物の方がただ無慈悲に蹂躙される側へと変わっていた。
それは異常な光景だ。本来ならここにいる魔物の内の数体を討伐するのですら、人間の冒険者は苦労する。しかし、彰はその尽くを一瞬にして滅殺して行く。
彼が一度拳撃を振るえば数体の魔物同時に撃滅され、彼が一度その脚撃を振るえば数十体の魔物が同時に滅殺される。果てや一瞬にして葬られ、数を減らしていく同胞の姿に魔物達の方が彼を畏怖し、二の足を踏む始末。
数千を超える魔物の軍勢。本来なら恐怖を与える側であるはずの彼らがたった一人の男に恐怖覚え、あまつさえ後ずさりもしているという異常。それはここまでこの場において圧倒的支配者として君臨し、高みの見物を決め込んでいたはずのアドラメレクを更に困惑させた。
「なんだ……これは一体何なんだ……いったい、何が起こっているッ!?」
ありえない、こんなことがありえてはならない。魔族は頂点だ。あらゆる種族、そのもっとも頂き、あるいはその頂きの程近い場所に君臨する種族のはず。その頂点足る魔族が、下等で、非力で、矮小な人間にこうも蹂躙されていいはずがない。
故に、アドラメレクは自身の頭の中で否定する。こんなはずはないと、ひたすらに眼前の光景は何かの間違いなのだと、ありとあらゆる概念を持ち出し否定し続ける。だが、
―――――現実の状況がそれを許してはくれなかった。
「―――おい、戦場で余所見とはずいぶんな余裕だな?」
「ばかなッ!?」
つい先ほどまで前線で魔物達を蹂躙していたはずの男。その男がどういうわけか、目の前で拳を振りかぶっている。
(なんだ、なんなんだこいつはッ!? お前はつい数瞬前まで、あそこにいたはずだろう!! そのはずなのに、一体どうしてこいつは既に俺の眼の前に存在しているんだッ!? だが、恐れる事はない。敵は生身の人間。魔物共をいくら容易く屠ることができようとも、身体強化の魔法すら打ち消す、強靭なる魔人の肉体に素手でダメージを与えられる道理はないはずだ)
アドラメレクはそう結論付けると、一転して余裕すら伴った態度で彰の拳を迎え入れようとする。
瞬間。体を捻り、拳を引き、力を収束させる彰。直後、解き放たれるように彰の全身に蓄えられたエネルギーが爆発する。
(なるほど、お前がそういう態度で来るならいいだろう。目に物を見せてやる!! 特性付与―――≪怪力化≫)
同時、怪力の付与を発動。蓄えられて爆発したエネルギーはさらに巨大な力の本流となりて、彰の拳を繰り出させる。
そして、次の瞬間。空気が爆ぜる。
「―――なっ!?」
「はぁぁぁああぁぁ―――――ッ!!」
―――メリメリとそんな幻聴が聞こえてくるかの如く、まるで吸い込まれるようにアドラメレクの腹部へとめり込んでいく彰の拳。ここに来て、アドメレクは再び驚愕を露わにする。
そして、直後。空気を切り裂き、周囲の木々を巻き込みながらまるで砲弾が打ち出されるかのように吹き飛んでいくアドラメレク。
だが、アドラメレクも魔人だ。並みの者ならば立ち上がることはおろか、その命すらも脅かされるであろう一撃に対し、彼は足を地にかけ、大地をとっかかりとしてブレーキと為す。結果、数十メートルほど大地に直線状の破砕後を残しながらも、なんとかその勢いを殺しきった。
だが、その間に彰はエリックとマリナを抑えつけていた魔物を滅殺し、エマともに安全圏まで避難させると、再びアドラメレクへと向き直る。彼も初めからあれで倒せるとは思っていない。あれはあくまで二人を救出する時間を稼ぐ、その為の一撃。よって、倒せなかったことに驚きはない。
彰は怒りを持って、しかし、激情に身を任せるのではなく、収束し、コントロールしながらアドラメレクへと油断なく意識を集中する。
対するアドラメレクは酷い混乱の最中にいた。
確かにこれまでもあり得ないことは存在した。だが、これはそれよりも遥かにあり得るはずの無いことだ。
(なんだ、何が起きた? 我の肌は魔法に対して絶対の力を持っているはず、否、確かに絶対とは言い切れない。先のあの女の魔法のように圧倒的魔力をこめた一撃なら微かに通らぬことはないかもしれん。だが、奴のあの一撃の前には何の魔力も感じなかった。であれば、唯の尋常ならざる膂力によって放たれ拳という事になる。だが、それこそありえない、刃物すら弾く我が肉体にめり込むほどの拳を、唯の力のみで放つことができるなどと、そんなことがあるはずがない。であれば、あれは魔法という事になるが……おのれ……なんだ、奴は一体なんなのだッ!?)
アドラメレクの頭の中をあらゆる仮説が浮かんでは直ぐに消え、また浮かんではまた直ぐに消えるというループを起こす。しかし、いくら考えても答えは出ない。だが、それもそのはず。そもそも、彼の力はこの世界には存在しないはずのものなのだから……。
「―――ほらどうした? 来いよ魔人。まさか、これで終わりなんてことはないだろ?」
「……貴様……なぜだ、なぜ魔法も、鋼の刃すらも通さぬはずの我が肉体に素手でこのような一撃を放つことができるのだ……お前は一体何をしたのだッ!?」
「そんなことをお前に言う必要はないだろ? だが、まあ、あえて言うんだったらこの世界に来てから何度も言ってる気がするけど、この力が魔法じゃないってだけの事だよ」
「この世界……? 魔法ではない……? ―――ッ!? まさか、貴様が異界の勇者かッ!? であれば、ますます生かしておくわけにはいかないッ!! 貴様はこの場で、我が領土への手土産となってもらうぞ、人間ッ!!」
そう、叫ぶと、アドラメレクは彰が続けて言葉を続けて放とうとするのを気にも留めず、彰へ向かって片腕を向け、手を翳すと、魔法を放つ。
「焼き尽くせ、食らい尽くせ、我が敵を蹂躙せよ―――≪黒炎龍波≫」
直後、権現するのは二対の龍。その体躯を構成するものは灼熱の黒炎。本来赤く燃え上がるはずの炎は魔人の邪悪を性質とした魔力により黒く染まっている。二対の龍はそのまま道中にある全てを蹂躪しながら彰へと向かってくる。
対する彰は厳密には違うんだけど、別に訂正する必要もないか? などと思いながら余裕を持って黒炎龍を見つめる。
目には目を、歯には歯を、炎には炎を。
彰は灼熱の黒炎龍に対し、同じく灼熱の炎を伴った一撃で対応する。
「属性付与―――≪火炎≫」
瞬間、彰の体が赤く燃え上がる烈火の炎を纏う。それは全身を炎一色に染めることで、唯の≪炎≫の付与よりも一つ段階の違う威力を持つ≪火炎≫の付与。
「小賢しいわッ!! 我が≪黒炎龍波≫の前に、その程度の炎など児戯に等しい。その炎ごと食らい尽くしてくれるわッ!!」
自身の魔法に絶対の自信を持っているのか、先ほどまでの困惑はどこへやら、高笑いすらしているアドラメレクに対し、彰はただ黙って迫りくる灼熱を見つめる。
迫る黒炎龍、しかし、彰は臆することなく、迎撃するように技を繰り出す。
「属性拳闘術、焔ノ型―――≪紅蓮双撃≫」
静かな発声。それとは対照的に激しさを伴って繰り出された彰の紅蓮の炎を伴った二段回し蹴りは容易く黒炎龍を蹴散らした。
「―――な、ばかなっ!? 魔法を蹴るだとッ!?」
動揺し、動きの止まるアドラメレク。そして、それはこの場において致命的な隙だ。
彰は攻撃の直後、地に降り立つと同時に≪瞬間雷化≫により急加速。一足でアドラメレクとの距離を縮めると、そのままの勢いで右の正拳突きを放つ。
「お、おのれえええッ!! なめるなッ!!」
超人的な速度でアドラメレクの顔面へと振るわれた彰の拳。しかし、アドラメレクはそれをぎりぎりのタイミングで躱すと、そのまま流れるように手の平を彰の顔の前へと持っていくと、即座に魔法を行使する。
「甘いぞ人間ッ!! ―――≪黒爆≫」
直後、黒色の魔力が収束、爆散する。
詠唱を伴わない、正に魔族にのみ許された反則じみた魔法。その展開速度、威力。供に凄まじい。
それは一度行使されたが最後、対象とされたものは確実に消し炭になる。そんな必殺の魔法だ。
「フハハハ、どうだ、流石にこれで―――」
「―――どこを見てやがる?」
「―――なっ!?」
だがしかし、その必殺の魔法を目の前で受けたはずの彰は五体満足などころか、無傷でアドラメレクの背後へと回りこんでいた。
一見して不可解に思えるこの事態は言ってしまえば簡単な事。ただ単純に、アドラメレクの魔法が行使される速度よりも―――彰の速度の方が遥かに速かった。唯それだけの話。
「行くぜ―――≪属性連撃≫」
「ぬうぉぉぉぉぉ―――ッ!!」
必死に背後の彰へと対応しようとするがしかし、立ち位置に利のある彰がそれよりも一歩先を行く。
「まずは一撃目ッ!!」
彰は両腕に≪水≫の属性を部分付与、そのまま両腕による張り手をアドラメレクの背後に突き立てる。
「―――がッ」
想像を絶する衝撃がアドラメレクの体内を暴れまわる。
まるで体を内側から殴られるかのような、そんな衝撃がアドラメレクを襲った。
それは日本の武術において、浸透勁と呼ばれる一撃。発勁により、対象の体内に衝撃を行きわたらせ、体を内側から攻撃する技だ。
だがそんな技術は異世界には存在しない。アドラメレクにとっては未知の攻撃。
その未だかつて経験したことのない衝撃をその身に受け、アドラメレクは声にならない声を漏らす。
だが、彰の攻撃は終わらない。初撃の動作はそのまま次の攻撃の動作へと繋がっている。
故に彰は半身になり、そこからさらにそのまま左足をもう一歩、アドラメレクの懐へ潜り込むように踏み込むと付与を≪雷≫左肘に付与、そのまま斜め上へと指向性を持たせた左肘による一撃を叩きこむ。
「~~~~~ッ!」
最早声すら出せないアドラメレク。電撃による痺れと、体内を駆け巡る衝撃の嵐。いくら強固な肉体を持っていようとも、その内部から攻撃されてしまったのでは意味がない。
既にアドラメレクのダメージは尋常ではない。だが、彰は追撃の手を緩めず、次の技へ移る。
直後、彰の右腕に≪炎≫が、右足に≪風≫が付与される。
「くらいやがれッ!!」
そのまま、浮き上がり、身動きの取れない体、その頭部に炎を纏った右正拳突きをお見舞いすると、直後跳躍。
空中にて一回転すると空中で正拳突きを頭部にくらったことで、体勢が地と平行になり、無防備に背中をさらけ出していたアドラメレクの背中へ回転による遠心力をを利用し、剛風を伴った右かかと落としを叩きこむ。
為す術もなくその一撃を受けたアドラメレクはそのまま地面へと叩きつけられた。
「―――グハッ!!」
地に横たわる魔人。最早そこには彰が来る前に存在していた絶対者としての風格は既に無い。そんな魔人の惨めな姿を見下ろしながら、彰は嗜虐的に告げる。
「どうだよ魔人様、初めて地べたを這いつくばった感想は?」
「ぐ、が、がはッ……おのれ……おのれおのれおのれおのれおのれおのれぇぇぇえええ―――――ッ!!
ふざけるな、ふざけるなよ? こんな、こんなことがあってたまるものかぁぁぁッ!! 許さぬ、許さぬぞ。貴様は我が全力を持ってして肉片すら残らぬよう消し飛ばしやるッ!!」
アドラメレクは傷だらけの体をゆっくりと起こしながら、彰へと剥き出しの憤怒を向ける。
放たれる威圧。しかし、彰はそれを意にも介さず受け流す。その姿がますますアドラメレクの怒りを倍増させていく。
「ふん、そんな余裕でいられるのも今のうちだ。勝目せよ、ここから見せるは我の真なる力。行くぞ―――魔装、解放!!」
アドラメレクが“魔装、解放”と、そう叫んだ途端、アドラメレクの体を漆黒の魔力が覆っていく。やがて魔力がアドラメレクを覆い尽くすと、直後、漆黒の魔力が霧散し、その中から赤黒く、禍々しい様相の鎧を身に纏ったアドラメレクが姿を現す。瞬間、辺り一帯がアドラメレクの放つ凶悪な魔力が支配された。
「これは……」
「フハハハ、まさか我をこの姿をさせるとは……誇っていいぞ人間、そして同時に覚悟しろ。ここからは戦闘ではない。一方的な、支配者による蹂躪である。さあ、我が凱旋の前に、ひれ伏すがいい、人間よッ!!」
押されていたはずの姿が一転、余裕すら窺わせるふるまいを見せるアドラメレク。
なるほど、確かにこの姿でのアドラメレクの力は絶対的な自信を裏付けるに十分な力を備えているのだろう。
―――――だが、忘れてはいけない。アドラメレクが凄まじい奥の手を隠していたのと同様に、彰も未だ強力な一手を隠し持っているという事を……。
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